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高牟神社から北西へ、リニモの「はなみずき通駅」近くに、式内社の「和尓良神社」の候補の一つの「景行天皇社」がある。
社殿は小高い丘の上に、南東向きに建つ。
由緒書の石碑があり、
祭神は、大帯日子淤斯呂和氣命(おおたらしひこおしろわけのみこと)(景行天皇)
「承和4年(837)齋藤氏が天皇御事蹟の長湫根ノ神に創建し、その後大久手祜乎良(こおら)岐と移り長久手合戦後の慶長9年(1604)城主の支援を得て此の地に御遷座したと伝えられている。
天正年間には徳川家康が戦勝を祈願、葵紋太刀三振を寄進し、伝統行事として、氏子による警固祭、棒の手の奉納がある。」
このように、「式内社の和尓良神社である」とは主張していない。
拝殿正面には、「橘」の紋。
拝殿正面の蟇股の飾りは、獅子頭だろうか?
本殿は、流造りで、千木・鰹木が載る。
立派な神楽殿があり、その蟇股には、正面には「馬」で、ぐるりと干支の飾りがつく。
境内社には、神明社、津島社、白山社があり、そのほかに山神だろうか、小さな石の祠もあった。
絵馬は、「馬塔」。
「棒ノ手之碑」という石碑も立っていた。 |
番外篇 尾張を歩く
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牟都志神社から少し西へ、住宅街の中に式内社の「訓原神社」に比定されているうちの一つの「訓原神社」がある。
鳥居をくぐると正面に、木製の蕃塀が立つ。
由緒書は無かったが、「式内社調査報告8」によると、
祭神は、少彦名命。
「井瀬木村の当社を式内訓原神社と称しはじめたのは江戸時代に入ってからであり、それ以前あるいは江戸時代も、一般には栗原天神又は天神白山の祠と呼ばれてをり、正式に訓原神社とされたのは、明治時代に入ってからである。」
社殿は、東南東向きに建つ。
拝殿の鬼瓦には「郷社」の文字。
拝殿正面には、龍の飾りがつく。
向こう正面にも龍の飾りがつく。
祭文殿、本殿は、神明造り。
石造のポストのような賽銭箱がある。
石燈籠には「×」の印がついている。
始めにくぐった鳥居は二の鳥居で、正面の道を少し行ったところに一の鳥居があった。
この日はここまでで名古屋へ帰った。 |
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坂庭神社から途中八剣社にも寄って南西へ、式内社の「牟都志神社」へ向った。
鳥居をくぐると木製の蕃塀があり、社殿は、南南東向きに建つ。
由緒書の石碑があり、
祭神は、菊理姫神命。
「当社は白雉2年8月18日(651年)の創建になる延喜式内社で菊理姫神命を奉斎し縁結び夫婦和合、家庭円満の守護神である。」
拝殿屋根には、「九曜紋」のような紋がつく。
祭文殿、本殿と続く。
祭文殿屋根の鬼瓦には「牟」の文字。
本殿は、神明造り
境内社は、愛宕神社、津島社。
「山之神」の石塚もある。
愛宕社には、円空作の神立像があり、師勝町文化財に指定されているそうだ。
「六ツ師の地名について」という説明板もあった。
「六ツ師の地名の起源には諸説あるが大正12年刊「西春日井郡史」昭和36年刊「師勝史」によると「昔、当字に六ツの石あり、この六石(むついし)より六ツ師の字名起これりという。現在其の一つは牟都志神社の社標の台石となりおれり。又一つは観音寺前の松林中に埋没せりと言い伝ふ。その他は明らかならず」とあるが近年牟都志神社の手水舎の御手洗石もその一つであることが証され、永く子々孫々に語り嗣がれることであろう。」
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多氣神社の少し東、高速道路の高架下の国道41号に面して、式内社の「坂庭神社」がある。
鳥居をくぐると正面に石造の蕃塀がある。
蕃塀には飾りの彫刻はない。
社殿はコンクリート造りで、南向きに建つ。
由緒書の石碑があり、
祭神は、國常立命、國狹槌命、天照皇大神。
「本神社は創建の年代は不詳であるが延喜式神名帳所載(第60代醍醐天皇の延喜5年制定)の国幣社であり古くは三明神とも言われ國常立命、國狹槌命、天照皇大神の三神を祀る。又相殿には津島社、十二柱社、稲荷社の神々を祀る。
この度国道41号線の拡幅により社殿等の改築をはじめ工作物一切の移築が行われ平成元年11月19日竣工奉祝祭を斎行す。」
拝殿屋根の鬼には、矢じりのような紋がつく。
本殿は流造りで、千木・鰹木が載る。
本殿屋根には、「五七桐」の紋。
手水舎の水桶は船の形をしていて、これは初見。
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生田神社から東へ、高速小牧線の手前、多気中町の集落の北はずれの大きな森が、式内社の「多氣神社」であった。
大きな森の参道が続き、木々でトンネルのようになっているのが印象的だ。
拝殿前には石造の蕃塀があるが、飾りの彫刻はない。
由緒書はなかったが、これも「式内社調査報告8」によると、
祭神は、伊邪那岐命、伊邪那美命、天照皇大神(大正2年合祀)。
社殿は、南向きに建つ。
拝殿の鬼瓦には「菊」の紋。
拝殿正面の蟇股の飾りはシンプルなものだ。
一段高く、祭文殿と本殿が建つ。
本殿は神明造りだが、千木はない。
石造の境内社が、山神様が真ん中にあり、向って右は「白山社」と札があったが、左はわからない。 森の大きな神社はすがすがしい。
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