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今年はブログを再開します。

番外篇 美濃を歩く

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22日芭蕉踊を見に行った時、名鉄笠松駅から円城寺まで歩いていったが、iPhoneの地図機能を使っていると神社の表示もあって、途中「白鬚神社」を見つけた。
 
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境内は広く、立派な社殿が、木曽川の堤に面して南向きに建つ。
 
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岐阜県神社庁のHPによると、祭神は、 猿田毘古神(さだびこのかみ)。
 
その由緒は、
 
「創祀不詳なれども徳川初代頃と推定され、伊勢猿田彦神社の御分霊を勧請して鎮護の神となしたると伝ふ。」
 
岐阜県と三重県の神社庁のHPは、祭神もちゃんと記載されていてうれしい。
しかし、私の地元の愛知県の神社庁のHPは神社名のみの記載でつまらない。
 
舞殿のような拝殿の屋根瓦には神紋はなく「白鬚」の文字。
 
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幣殿の向こうに、流れ造りの本殿が建つ。
 
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拝殿、本殿には「龍」の飾りがつく。
 
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社殿の左側の森の中に、ロープで立ち入り禁止と囲まれた内に、何か木が祀られているように見えた。
 
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ここから東へちょっとで芭蕉踊の秋葉神社にたどりつく。
 

笠松円城寺の芭蕉踊

8月22日夜、岐阜県笠松円城寺の秋葉神社で県の重要無形民俗文化財「芭蕉踊(ばしょうおどり)」がある、ということで見に行った。
 
秋葉神社は、名鉄笠松駅から東へ30分ばかり歩いた木曽川堤のうぐ内側にある。
 
私が神社に着いたのは18時前で、秋葉神社の小さな社は東南東向きで、ちょうど真後ろに太陽があった。
 
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その前方左右に、お稲荷さんと「鍬山神宮」の社もある。
 
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鳥居のそばに、「木曽川円城寺渡船場跡」の石燈篭も立ち、その標識には、
 
「昔は、南の堤もなく、川岸にこの常夜灯があった。3kmほど離れた所に道標ができ、昭和15年渡場はなくなった。」
 
 
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夕暮れがせまると、「御神燈」がワッショイ・ワッショイと運ばれてくる。
 
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御神燈には、川柳や漫画のキャラクターなどがかかれている。
 
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日が暮れると小学校低学年の子供たちの盆踊りが始まった。
 
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盆踊りが盛り上がってきた20時、いよいよ小学校高学年により保存されている「芭蕉踊」の一団がやってきた。
 
 
 
この芭蕉踊については、岐阜県のHPによると、
 
「芭蕉踊は毎年、8月22日の秋葉神社の祭礼に奉納される風流踊りである。この踊りの芭蕉は、青竹で作り、太さ7寸(21cm)、長さ12尺(363cm)で、子供用は260cm、その上部を1年の月数の12で割り、雨乞祈願には白紙、お礼参りには5色(金銀赤青黒)の色紙を用いる。
 道行は、紋を付けた高張提灯持ちを先頭に、弓張提灯を持つ町内会長(もとは庄屋)がつづき、歌方・笛方、続いて鐘方・踊り方が交互に8人(又は16人)がつづいて、これに警護役(1人か2人で踊り方に事故のとき交代する後見的な役)とつづき、最後に全般の世話方が従う。
 この行列は、道行の曲に合わせて境内に練り込み、円陣を作って踊る。まず、「かけ踊り」から始まって「拍子踊り」「ひねり踊り」の順で3つの踊りが奉納される。
 この踊りの創始は不明で、一説には鎌倉時代とするが確証がなく、手力雄神社の奉納額にみえる天保3年(1832)とされている。しかし、大正12年(1923)を最後に中絶して半世紀、ようやく昭和47年(1972)古老の衆知を集めて復活され、翌年保存会規約が定められたが、成人会員の確保が困難となり、同56年(1981)からは、小学生上級生が練習に励んでいる。」
 
先頭の高張提灯には「丸八」の紋がついていて、この紋は名古屋市のマークと同じなので、何でか、と気になった。
 
インターネットで「鍬山神社」について検索していて、京都の鍬山神社について、
 
「大己貴命の招集した八神、丹波康頼が献上した八田、天岡山に降臨した八幡神など八が当社のキーワードになっているようで興味深い。」
 
という記述をみつけ、どうもこの「丸八」の紋は、鍬山神社に関係があるらしい。
 
この芭蕉踊は、雨乞いの踊りだそうで、農業に関係があり、火の神の秋葉神社で何故雨乞い踊りだろう、と不思議に思ったが、どうも鍬山神社に奉納される踊りのように思われた。
 

鵜沼を歩く その5

石亀神社からまた旧中山道へ戻り、西へ歩く。
 
この道は、小高いところを通っていて家並みがきれると見晴らしがいい。
 
空安寺というお寺の東側に「衣裳塚古墳」があった。
 
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教育委員会の説明板によると、
 
「衣裳塚古渡は、各務原台地の北東辺部に位置する県下最大の円墳です。墳丘の大きさは直径が52m、高さが7mあり、周囲は開墾のためやや削平を受けていますが、北側はよく原形を留めています。また、墳丘表面には葺石や埴輪は認められません。衣裳塚古墳は、円墳としては県下最大規模の古墳ですが、ここより南西約300mのところに、県下第2位の規模を有する前方後円墳の坊の塚古墳が所在することや、本古墳の墳丘西側がやや突出する形態を示していることから、本古墳も本来前方後円墳であったものが、後世に前方部が削平されて、後円部が円墳状に獲された可能性もあります。衣裳塚古墳の築造年代については、本古墳の埋葬施設や年代が推定できる出土遺物が知られていないため、正確な判定はできませんが、およそ古墳時代の前期から中期にかけて(4世紀末から5世紀前半)の時期に坊の塚古墳に先行して築造されたと考えられます。」
 
登ることができて、頂上には、五輪塔が並んでいたり、お墓が無造作に点在する。
 
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このあたりは見晴らしがよくて、犬山方面の山々が見張らせる。
 
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写真の山々は、右から、犬山城、本宮山、尾張富士、頂上に東之宮古墳のある白山平山。
 
ここからまた西へ歩くと、南に大きな坊の塚古墳がみえたが、夕方も迫ってきたので古墳には寄らずに、西へ、
津島神社へ向かった。
 
津島神社は、信号のある交差点にあった。
 
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鳥居をくぐってすぐに、「市指定重要有形文化財、皆楽座付津島神社藩塀」が立つ。
 
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そのすぐ後ろに、大きな拝殿だなあ、と思った建物は、「皆楽座」という村芝居で使われたという舞台だった。
 
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説明板によれば、
 
「客席を持たない舞台のみの農村舞台ながら、廻り舞台、奈落、セリ、太夫座などを備える。公演時は台前面にむしろを敷いて見物席とし、花道は仮設で設けられた。明治24年の濃尾震災により倒壊したが、明治32年に再建された。」
 
この舞台前は大きな広場になっていて、舞台に対面して、小高いところに津島神社の社殿が南向きに建つ。
 
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本殿は桧皮葺きの流造りで、鬼瓦のところには「三つ巴」の紋が、梁には、三つ巴と桐の紋が見られる。
 
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この地、羽場町の年間の神事スケジュールも掲示されていて、7月27日に坊の塚古墳にある秋葉神社で例祭があることを知る。
 
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この日は16時までには帰りたかったので、ここまでにして、神社の南方にある名鉄の羽場駅」から帰った。
 
 

鵜沼を歩く その4

二ノ宮神社の北西、中山道を少し西へ行ってから北へ少し上ったところに小高い丘があり、その上に「石亀神社」がある。
 
鳥居がなく、入口がわからなかったが、駐車場の奥に、丘の上に続く細い山道があったのでそれを登って行くと、神社の拝殿に行き当たった。
 
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お正月で、氏子の当番の人が3人いて、みたらし団子を焼いてくれてゴチになった。
 
拝殿正面に、「石亀様」の大石が祀られている。
 
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この山は昔は神社で使う石を切り出していたそうで、ずっと昔は古墳用にも切り出されていたんだろうと思う。
 
本殿は、神明造りで、前面に、亀の置物が奉納されている。
 
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絵馬も亀様だが、中央の頭から尾に続く脊椎が蛇のようにも見える。
 
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山の頂上には、山神様などの石塚も祀られている。
 
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山の中のまだ若い木に注連縄がかけられていたが、これが御神木だろうか。
 
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山の中腹に「水神様」が祀られていて、そこから下りたところに湧き水の湧く小さな池があるが、赤錆が沈殿していて、このあたりは鉄分が多いことがわかる。
 
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鵜沼を歩く その3

赤坂神社から坂を下り、中山道に出て、その道を西へ歩く。
国道21号線の広い道路を渡ると、街道沿いは、古い町並みが保存されている。
 
脇陣屋の西隣に、二ノ宮神社の鳥居と社標がたち、参道の石段が小高いところの社殿まで続く。
 
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社殿はさらに小高いとことに建ち、そこは古墳の上とのこと。
 
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拝殿屋根には、三つ巴の紋。
 
社殿の一段低いところに、古墳の石室の口が開いている。
 
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由緒書がないので、祭神などはわからないが、当然、この古墳の主が祀られているんだろう。
 
拝殿前には、石室の天井の巨岩が露出している。
 
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拝殿の蟇股の飾りは、龍に鶴・亀。
 
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本殿は、神明造り。
 
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境内社が並ぶなかに、石塚が2つ、文字がかすれてしまっていて、「山神」とは読めなかった。
 
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社域、中断の広場に、文化庁登録有形文化財と札が掛けられているおおきな舞殿があった。
 
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