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天香久山を南へ下ると南浦の集落になり、その山側中央に「天岩戸神社」がある。
拝殿は竹林の中にある。
天岩戸神社ということで、本殿はなく、御神体の岩穴が祀られている。
拝殿の内には、天照大神が岩戸から出てきたときの絵が奉納されている。
拝殿の床には誰がおいたのか、「HIMIKO」の絵があった。
大浦の集落のお屋敷の門に、唐辛子の魔よけが掛けられていた。
中国では縫いぐるみの唐辛子の縁起物の飾り物をよくみるが、日本でもこうして魔よけに使われていることを知った。
民家の屋根には、因幡の白兎の飾り瓦を発見。
集落を抜けるところに、搾りたて牛乳の店があり、おいしいソフトクリームで一休みした。
ここから西へ、近鉄の橿原神宮前駅まで歩き、そこから近鉄で御所へ向かい、午後は葛城の道を歩いた。 |
番外篇 大和を歩く
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天香山神社から頂上へ向かう道があり、勾配のきびしい山道を上る。
頂上は広場になっていて、国常立神社(くにとこたちじんじゃ)と高龗神神社(たかおおかみじんじゃ)の社が並んで南向きに建つ。
高龗神の前に四角にカバーをかけられたところがあったが、ここには雨乞いの壺が埋められているそうだ。
頂上は木々に覆われていて眺めはそんなによくないが、西方向きの木々の切れ目から、この日は黄砂が飛来しているとかで、どんよりかすんで、畝傍山と葛城山を望むことができた。
頂上のベンチで休んでから、南の道を天岩戸神社へ向けて下山した。
途中、国常立神社の末社の伊奘冊尊命を祀る伊奘諸神社があった。
東の山腹に伊奘諾神社もあるそうだが、そちらへの道もよくわからないので、そのまま南へ下山した。
道のあちこちにクネギやナラの類のドングリが落ちていた。
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畝尾都多本神社からまた南へすぐ、奈良文化財研究所があり、展示室もあるらしいが日曜日で閉まっていた。
それでさらに南へ歩くと、天香久山の全体が見えるようになり、案内板やトイレなどがある休憩所があり、そこから山のほうへ道が続く。
山を少し登ると、頂上への道と、天香山神社、天岩戸神社への分かれ道に行き当たり、ここに天香久山についての説明板がある。
大和三山の他の二つの畝傍山と耳成山は平野の中にひょっこりといい形で立っているが、それらは死火山であること、またこれら三山の中心には持統天皇の藤原宮があったことを知る。 そこで少し休んで、まずは天香山神社への道を行く。
天香山神社は、山の北側の懐の森の中にある。
本殿は、春日造りで、西向きに建つ。
祭神は、櫛真神。
尾張氏の祖、「天香山命」の名は見られない。
本殿屋根や蟇股には、ここも「三つ巴」の神紋。
拝殿の内には、ここにも木額が奉納されている。
境内に、古代、鹿の骨を焼いて占いをする時にその皮を燃やしたという「波波迦の木」がある。
土器を焼く赤い土を採ったという「赤埴聖地」の石塚も立っていた。
期待していた、尾張氏との関係の事物の発見はできなかったが、深い森の中のいい雰囲気のじんじゃであった。
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畝尾坐健土安神社からまた表通りに戻り、南へ行くとすぐ畝尾都多本神社(うねおつたもとじんじゃ)の森が見えてくる。
道路から森の奥のほうに参道と社が見えるが、鳥居も道もないので、おかしいなあ、と思ったらそのすぐ先に、ちゃんと鳥居の立つ参道があった。
鳥居は西向きにあり、参道を進んで左に折れると、畝尾都多本神社の拝殿が南面して建つ。
中心に、三つ巴の神紋が描かれている。
その後方に本殿はなく、井戸が御神体として祀られている。
瑞垣の隙間からヨシズが置かれているのが見えるので、その下に井戸があるのだろう。
祭神の泣澤女(なきさわめ)の神は、水の神様であるらしい。
拝殿後ろの建物の屋根には、獅子の鬼瓦が載る。
最初に森の奥に見えた社殿は、八幡宮であった。
八幡宮は、西向きに建ち、八幡大神(応神天皇)、比売大神(天照大神の姫)、気長足姫大神(神宮皇后)が祀られている。
本殿は丹塗りの流れ造りで、千木・鰹木が載る。
境内にはお稲荷さんや神名の書かれてない小さな社、石塚も立っていた。
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11月14日、午後は葛城の道を歩いたが、午前中は大和三山の一つ、天香久山を散策した。
尾張氏の祖、天火明命(あめのほあかりのみこと)の子の二代目が天香山命で、尾張氏にかかわるものが発見できないかと訪ねた次第。
前日、橿原市の近鉄八木駅近くのビジネスホテルに泊まり、朝食後8時くらいに出発して、東南に位置する天香久山へ向かった。
国道165号を左手に耳成山を見ながらずっと東へ歩き、右手は商店や民家が立ち並び天香久山の姿は見えなかったが、やっと姿が見えてから、わき道にそれ、集落を抜けると田園の向こうに天香久山の全体像を望むことができた。
高さは152mでそんなに高い山ではない。
天香久山のふもとの集落にたどりつくと、早速、道路沿いのお屋敷の塀の屋根の上に載る大黒・恵比寿の飾り瓦が迎えてくれた。
この集落の東側裏手に「畝尾坐健土安神社(うねびにますたけはにやすじんじゃ)」がこんもりとした森の中にある。
祭神は、健土安比売命と天児屋根命。
健土安比売命(はにやすびめのみこと)は、火の神(火之迦具土神)を生んで陰部に火傷をして苦しんでいた伊邪那美命が大便をして、それから化生した神様(土の神)であるそうだ。
神武天皇が大和に達するとき、夢に天神が現れて「天香具山の社の中の土をとって、平瓦80枚をつくり、同じくお神酒を入れる瓶をつくり、天神地祇をお祀りせよ。また身を清めて行う呪詛をせよ。このようにすれば敵は自然に降伏するだろう」と教えてくれたので、そのとおりにして敵をうちまかした、という伝説があり、その「土」を採った所であるらしい。
鳥居は拝殿のすぐ前に立つ。
本殿は南向き、流れ造りで、千木・鰹木が載る。
拝殿の内には、武者絵と宝船の木額が奉納されている。
本殿の蟇股の飾りは、水流か、雲か。
境内には、庚申さまと愛宕神社の石塚が立つ。
神社のすぐ東側に「八釣山地蔵尊」のお寺があり、その本堂の蟇股には立派な龍の飾りがあった。
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