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長岳寺境内には印象的な石塔・石仏も多い。
本道横にかなり風化が進んだようにみえる石塔があった。
本道の東側が山側で、その登り口に不動明王だろうか、炎に包まれた石仏が立つ。
山の上のほうに続く石段を登った先に「弥勒大石棺仏」が立つ。
これは古墳の石棺の石材を利用したもので、鎌倉時代の作だそうだ。
石段を降りて斜面中ほどの広場には、鎌倉時代のものとされる十三重石塔などの石塔が立つ
ここからまた山の辺の道本道へ戻る。
山門を出て集落へ入ってすぐ、道の脇に石仏が並んでいたが、一番奥のものはペアの仏様が刻まれているが、これは道祖神なんだろう。
お寺というのは仏像があることで、ぐっと見所がおおくなるものだなあ、、、、と思う。 |
番外篇 大和を歩く
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櫛山古墳から北へ歩くと「トレイル青垣」という無料休憩所があり、そこで休憩。
そのすぐ裏が長岳寺の山門になる。
山門前に注連縄が張られていて、それには「鬼の目」が付けられていた。
「鬼の目」というのは、鳥越憲三郎著「古代中国と倭族」で、中国雲南省やタイの少数民族でも注連縄にこの鬼の目を付ける風習があることが紹介されていて、その起源は古代長江文明にあるようだ。
山門の屋根には、迫力ある鬼瓦が載る。
山門をくぐり、本道のほうへ向かう。
このお寺は、824年、弘法大師の開基だそうだ。
参観料の受付のところが、国の重要文化財の「地蔵院」で、静かな美しい建物だ。
建物の中に入り庭を眺めて少し休憩。
床の間に、NHKの「平成古寺巡礼」という番組で、宮沢りえ様がこのお寺を訪れたときのスナップ写真が飾ってあって、その写真を見たら、このお寺のありがた味がぐっと増した。
そこから少し登ると「楼門」がある。 これも美しい。 境内も静かで美しい。
本堂の中には、国の重要文化財の仏像が並ぶ。
本堂の蟇股の飾りは「龍」や波模様。
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黒塚古墳からまた行燈山古墳のほうへ戻り、行燈山古墳の東側後方の山の辺の道の本道へ向かう。
本道にはいるとすぐ、行燈山古墳の東側の「櫛山古墳」に行き当たる。
この櫛山古墳というのは、「双方中円墳」という特異な形をしているそうだが、森に覆われた姿からは実感できない。
案内板に航空写真もあり、それからすると古墳の形は「ダンベル」のような形であるようだ。
航空写真に見える古墳右下の池の中央に、巣を作ったカイツブリがいた。
ここから山の辺の道を北へ少し進むとやっと、巨大な行燈山古墳の全体像を見渡すことができた。
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天神山古墳と国道を挟んで北東すぐに行燈山古墳(崇神天皇陵)がある。
駐車場から正面に周濠の堤を登る石段があるが、堤はかなり高さがある。
全長242mで、景行天皇陵よりは小さいが、これも巨大な古墳だ。
崇神天皇の宮跡は三輪山にあったが、なぜその陵は三輪に築かれず、ここ柳本なんだろう、と疑問に思う。
周濠は深々と水をたたえていて、こういう周濠は農業用の溜池としての用もなしていたのかなあ、とも思う。
行燈山古墳正面の左右に陪塚がある。
南側が「南アンド山」、
北側が「アンド山」
また国道を渡って、行燈山古墳の西へちょっと行くと「黒塚古墳」がある。
ここは、公園になっていて、「天理市黒塚古墳展示館」があり、発掘された石室の再現展示や鏡のレプリカがてんじされている。
棺のなかには「画文帯神獣鏡」は1面、棺の外側に三角縁神獣鏡が33面置かれていたそうで、画文帯神獣鏡のほうが価値が高いようだ。
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上の山古墳から国道沿いに北へ、行燈山古墳(崇神天皇陵)へ向かう。
途中、こんもりした森が前方にあり、これも古墳かな、ととりあえず写真に撮り進むと、やはり、そこは「大和天神山古墳」であった。
全長103m、前方後円墳としては最古のグループに入るものだそうだ。
この古墳を境内にもつ「伊射奈岐神社」がある。
伊奘諸尊、伊奘冊尊を祀る。
伊勢神宮とほぼ同じ時期に創建された古い神社だそうで、日本武尊が東征に出陣するにさいして、ここで戦勝祈願をしたのだそうだ。
拝殿など目だった木彫りの飾りはなかったが、拝殿正面の蟇股の飾りは、蔓草模様であった。
本殿は大きく、千木・鰹木がのる。
本殿屋根には、「三つ巴」の神紋。
本殿の左右に小さな社があり、左側は、春日神社・若宮神社・秋葉神社が、右側には、厳島神社・大山咋神社・八社神社が祀られていて、少し離れて古墳の中腹に稲荷神社が祀られている。
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