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今年はブログを再開します。

番外篇 伊勢を歩く

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神宮最古の別宮、瀧原宮(たきはらのみや)は、深い杉の巨木の森の中にある。
 
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神社でいただいた栞によると、
 
「御鎮座の地は、宮川をさかのぼること約四十キロ、その支流大内山川が深い漢谷をなして流れる山間にあります。「瀧原」という名は、大小たくさんの滝があるところから出た名です。」
 
「第十一代垂仁天皇の皇女倭姫命が、御杖代(御使い)として天照坐皇大御神を奉戴して、宮川下流の磯宮をお発ちになり、上流の方に御鎮座の地を求めてお進みになると、砂をも流す急流の瀬があり困っておられたので、真奈胡神(まなごのかみ)がお出迎えをしてお渡し申し上げた。そこで命はそのところに真奈胡神をまつる御瀬社をお定めになったのが、今の皇大神宮摂社、多岐原神社です。瀧原宮の下流約六キロ、大紀町三瀬川の宮川に臨む断崖の上に鎮座されています。近年までここに熊野街道の「三瀬の渡し」がありました。
 倭姫命はさらに真奈胡神の案内でお進みになると、「大河の瀧原の国」という美わしい土地があったので、この地に草木を刈り払って新宮を建てられたのが、瀧原宮の起源です。そののち皇大御神の御神意によって、再び伊勢の方へ向われたので、瀧原に御滞留の期間はさほど長くはなかったと思われます。この御由緒によって御遷幸後もかわることなく、皇大御神を奉斎して今日に至っています。なお、両宮とも皇大御神の御魂を奉斎しているのは、皇大神宮に皇大御神を奉祀し、同別宮荒祭宮に皇大御神の荒御魂を奉斎する姿の古い形と考えられます。」
 
筑紫申真著、「アマテラスの誕生」によれば、
 
「大宮町にある滝原宮は、皇大神宮の別宮で遥宮(とおのみや)とよばれています。本宮につぐ高い格式の神社で、伊勢神宮の神杜群のなかでも、内宮・外宮につづく第三位の実力をもって重要視された神社です。ことに、その社域の広大なことはおどろくべきで、43町8反(一町=約一万平方メートル)の欝蒼たる森は、優に内宮・外宮に匹敵する偉容をそなえています。社殿は、小さいけれども、いかにもむかしの多気大神宮の社地とみなすのにふさわしいすばらしい樹林です。この滝原宮のカミは、正式にはアマテラスだとされていますけれども、実はこのカミは水戸(みなと)神であるという、古くからのつたえがあるのです。水戸神とは、雨水をつかさどる"川のカミ"のことです。この現存している滝原宮が、宇治へ引越していった多気大神宮のなごりであるとみなしてよいと思います。なぜなら、多気大神宮はまた別の名を滝原神宮とよばれていた、といわなければならないからです。『伊勢国風土記』の逸文は、「倭姫命、船に乗りて度会の上河に上りまして、滝原神宮を定めたまひき」と書きしるしています(いまも滝原宮のそぱにある寺は、その名を滝原大神宮寺ととなえているくらいです)。しかも、『倭姫命世記』のしるすところによれば、アマテラスは倭姫に奉戴されながら住みよいところをさがし求めて転々とすみかをかえ、北伊勢から南伊勢の海岸へやってきて宮川をさかのぽり、数年、滝原宮に住んでいましたが、どうも住みごこちがわるいというので、いまの皇大神宮(宇治)へ引越していったというのです。このようなわけで、『続日本紀』・「風土記」逸文・『倭姫命世記』の三つの史料をかさねあわせてみますと、多気大神宮が滝原神宮であること、その大神宮がいまの滝原宮から宇治へ移っていったものであることは疑う余地がありません。」
 
とあり、本来は、「水戸(みなと)神」を祀る社であったらしい。
 
元祖、皇大神宮ということで、内宮の社域の造りと似ていて、木橋を渡って少し行くと社務所があり。その手前に御手洗場のある「頓登川(とんどかわ)」へ下る道がある。
 
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内宮の五十鈴川でのように、自然の清流で手を洗い清める。
 
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社務所の向かいには御饌を揃えるところだろうか、屋根に空気抜きのような小屋根がついた建物がある。
 
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社務所からまた参道を進むと森が開けて、社が並ぶ地にでる。
 
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南向きに、真ん中に「瀧原宮(たきはらのみや)」、向かって左に「瀧原竝宮(たきはらならびのみや)」、右側の一段高いところに瀧原宮所管社の「若宮神社」と「御船倉」が並び、そして西向きに「長由介神社(ながゆけじんじゃ)」が建つ。
 
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瀧原宮と瀧原竝宮は、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおかみのみたま)を祀り、前者は和御魂を、後者は荒御魂を祀っている、というのが通説であるそうだ。
 
若宮神社は、若宮神(わかみやのかみ)ということだが、水分神(みくまりのかみ)ともいわれているそうだ。
 
長由介神社は、瀧原宮の御饌を司るといわれている長由介神(ながゆけのかみ)を祀り、川島神(かわしまのかみ)を祀る「川島神社」もいっしょに祀られている。
 
これら4つの社は参拝する順序が決まっている。
 
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静かな大きな森の中で身が新たまるのを感じる。
 
しかし、神社入口に「マムシに御注意下さい」とあり、マムシは水辺に多いと聞いていたので、御手洗い場へ下りるときは緊張した。
 
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多岐原神社からまた街道に戻り下流のほうへいくとすぐ、「熊野古道 三瀬坂峠」の道標がある。
 
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ここから一山越えて滝原宮へ向かう。
 
道端の様々なシダ類の緑が美しい。
 
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けっこう険しい道もあり、息を切らせて峠にたどりつく。
 
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古墳のような石塚のなかにお地蔵さんが祀られていて、石塚のかたわらに「俗名平田要助」ときざまれた墓石もある。
 
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峠を下るとため池があり、それを囲む森の新緑が美しい。
 
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峠の道を下りきったところに小さな社があった。
 
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国道42号を渡って旧街道を行き、集落を抜けてまた国道42号を渡って進むと、滝原宮の大きな森にたどりつき、その森の端に石に足跡のような窪みがある「足神」が祀られている。
 
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この石のかたわらの巨木の新緑も美しい。
 
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道の駅で一休みしてから宮川のほとりに建つ「多岐原(たきはらじんじゃ)」へ向かう。
 
三瀬谷の集落の西のはずれに宮川にかかる「舟木橋」があり、その橋を渡って対岸の熊野街道にでる。
 
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ガイドブックによると、写真の旧舟木橋は、明治38年(1905)竣工当時のレンガ造りの橋脚が残っていて、国の有形文化財に指定されているそうだ。
 
橋を渡ると「船木」という村になり、海人が船をつくるための材木を求めてこの地に落ち着いたのだろうか。
 
熊野街道を宮川の下流の方へ歩き、三瀬川の集落へ入るその入口の宮川のほとりにに小さな社がある。
 
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社の造りはお伊勢さんの神社群と同じようだが、屋根に千木・鰹木はない。
 
集落の中に入っていくと、多岐原神社への道しるべがあった。
 
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内宮摂社の多岐原神社は宮川のほとりの大きな森の中に南向きに建つ。
 
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祭神は、真奈胡神(まなこのかみ)。
土地の神で、この神様が急流の瀬に渡りあぐねていた倭姫命を助けたことから命が社を定めたと伝えられているそうだ。
 
「禁殺生」の石標も立つ。
 
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社の前の道を進むと宮川の河原にでると、対岸に「三瀬の渡し場跡」の看板がある。
 
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この日は流れは急流ではなかったが、ウグイスの声を聞きながらしばし休憩。
 
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5月15日の新緑の頃、伊勢から熊野街道に入った山の中、宮川上流の滝原にあるお伊勢さんの7社を中心に寄り道をしながらをめぐり歩いた。
 
JRの松阪行き急行を伊勢市行き普通に乗り換えて「多気(たき)」まで行き、そこでまた紀勢線に乗り換えて「三瀬谷(みせだに)」で降りて歩き始めた。
 
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三瀬谷の集落を歩き始めてすぐ、三瀬谷神社の例祭の張り紙があって、ちょうど5月15日が例祭の日になっていて、どこに神社があるんだろうと商店街を歩いていくと、山よりに鳥居と日章旗がみえたので、オッ、あそこかな、と行ってみると、まさに例祭が始まるところだった。
 
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山懐の森の中に社殿が南東向きに建つ。
 
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本殿は、春日造りのような形だが、千木・鰹木はない。
 
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由緒書は無かったが、この村の産土神だろう。
ここも明治時代に合祀されたのだろうか、沢山の祭神の名が並ぶ。
 
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祭神の田心姫命(たごりひめのみこと)は、宗像三女神の沖ノ島に鎮座する女神様で、宗像海人が宮川をさかのぼってこの地に根をおろしたんだろうか。。。
 
ちょうど例祭が始まるところだったので、その模様を見学した。
 
 
 
皇學館の学生さんが応援にきているのだそうで、神主さん以外の3人がその学生さんだろうか。。。
 
可愛い巫女さんの神楽の奉納もあったが、小学校4年生の女の子であるとのこと。
 
拝殿の正面には、由緒ありげな神馬の木額が掲げられていて、拝殿の内にも神馬の額がかかっている。
 
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集落のはずれ、国道42号線沿いに「道の駅」があるので、そこで昼食にしようと向かう。
 
途中集落の中で、特徴のある注連縄を見つけた。
 
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道の駅では、なにか土地のものを食べようと、酢飯を高菜の漬物でくるんだ「めはりずし」と地酒にした。
 
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JR宮川駅から小俣の市街地を抜け外城田川沿いに県道37号まで歩く。
 
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37号にでるとめし屋があったので昼食にした。
 
ビールを飲んでリフレッシュ、小俣の西のはずれにある内宮摂社の「湯田神社(ゆたじんじゃ)」へ向かう。
 
途中、「千引神社(ちびきじんじゃ)」に行き当たる。
 
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祭神は、三重県神社庁のHPによると、「千引岩」で、伊奘諾命が黄泉の国から逃げ出すときにその入口を塞いだという岩が御神体であるようだ。
 
拝所には、千羽鶴や石が奉納されている。
 
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千引神社の手前には、2体の石仏も祀られていた。
 
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千引き神社の西にある森の入口には山神様も祀られている。
 
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その南向かいには、「不ニ池大権現(藤池堂)」という小さな神社があり、痔をなおしてくれる神様だそうで、私もなをりますようにと参拝した。
 
「この社は古くから痔病が治る事で有名です。又安産を始めもろもろのお願いがかなう霊験あらたかな事でもよく知れわたっております。」
 
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ここからもう少し西へ行くと、湯田神社の森が田んぼの向こうに見えてくる。
 
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祭神は、大歳御祖命(おおとしのみおやのみこと)と御前神(みまえのかみ)。
 
ガイドブックによれば、
 
「湯田とは斎田(ゆた;神田の意)からきており、かつてはこのあたりは神宮の神田だったといいます。祭神はこの土地の農耕守護の神」
 
ここまでで、お伊勢さん、小俣めぐりの10社をまわって、ガイドブックに小俣の市街地にスーパー銭湯の「離宮の湯」というのがあるので、ひと風呂あびることにして来た道を戻る。
 
14時開店ということで、20分ばかり外で待って、入店、1時間ばかりのんびりと湯につかり、サウナで汗を流した。
 
銭湯を出て、近くの酒屋でビールを買い、駅へ向かう途中「豚捨」という肉屋でコロッケを仕入れて、JR宮川駅で味わいながら帰宅の電車を待った。

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