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今年はブログを再開します。

番外篇 伊勢を歩く

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猪毛利谷神社から旧街道を進み員弁川を渡ると、藤原町になった。
 
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信号のある交差点があり、その角に「春日神社」がある。
 
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藤原岳のふもとの藤原町、藤原氏ゆかりの春日神社があるのは当然か。
 
しかし、その祭神は、「少彦名命・大山祇神・火産靈神」ということで、春日大社の祭神は祀られていない。
 
社殿は南南西向きに建つ。
 
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拝殿屋根には、藤原氏の「上がり藤」の紋がつく。
 
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拝殿正面の蟇股などの飾りはシンプルだ。
 
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本殿は、春日造りではなく、ここも神明造り。
 
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例祭の日にちはわからないが、そのまつりでは「狂乱牡丹の舞」という獅子舞が舞われるそうで、これも見てみたいなあ。。。
 
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春日神社から旧道を進み、国道を渡ると県道107号になり、それを進んで「川合」の集落に入る。
 
ちょうどバス停があって、少々疲れたしこの先はバスにしよう、と時間をみると、13:39があって、その時が25分ごろだったので、屋根つきのバス停のベンチに座って待つことにした。
 
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しかし、40分を過ぎてもバスは来ないので、もういちど時間表示をよく見ると、日曜日は運休。
アジャー、とまた歩き始めた。
阿下喜の集落を過ぎて、旧街道、員弁川の支流鎌田川にかかる橋を渡ると、「猪毛利谷神社」がある。
 
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三重県神社庁のHPによると、祭神は、素盞嗚尊・伊香我色男命・大山祇神。
伊香我色男命がまつられているので、この神社も猪名部氏にかかわるものらしい。
 
社殿は東向きに建つ。
 
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拝殿の内に「木瓜」の紋がみえ、左右の提灯には武人が描かれている。
 
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拝殿の蟇股にはシンプルな飾りがつく。
 
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本殿は、ここも神明造り。
 
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幣殿前の狛犬は年季を感じる。
 
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大きな木々に囲まれて、静かないい雰囲気の神社だで、ゆっくり休んでから、また歩き始めた。
員弁川の上流にもう一つ猪名部神社があるので、まずは、北勢線の東員から、終点の阿下喜(あげき)まで行く。
 
駅の近くに日帰り温泉があったので、そこで昼食にする。
 
一息入れて、旧街道と思われる道を、猪名部神社まで往復15kmほどを歩き始める。
 
阿下喜の街道を歩いていると、正面に鈴鹿山脈の「藤原岳」の美しい姿が正面にある。
 
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阿下喜の街並のはずれ近くに、「大西神社」があった。
 
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鳥居は街道に面して東向きだが、社殿は南向きに建つ。
 
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由緒書板があり、信長のころの創建らしく、明治になって多くの神社が合祀されて、多くの祭神の名が並ぶ。
 
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拝殿屋根には、「梶の葉」の紋。
 
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拝殿の内は、シンプルな美しさがある。
 
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ここも本殿は神明造り。
 
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御神木は、榧(かや)の木。
 
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収蔵庫に立派なお御輿が2基置かれていたが、7月に行われるお祭りで「あばれみこし」として有名であるとのことで、これも見に来たいなあ。。。
 
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神社近くの民家に、これまで見たことのない形の注連飾りがあった。
 
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阿下喜の街はずれ、美田の向こうに藤原岳がそびえ、その麓に大きなセメント工場が見える。
 
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地図を見ると、猪名部神社の東方に式内社の「鳥取山田神社」というのがあるので向った。
 
猪名部神社や鳥取山田神社は、員弁川の河岸段丘のエッジ部にあり、鳥取山田神社の一の鳥居は、段丘からの降り口に立っている。
 
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民家の建ち並ぶ参道を行くと、二の鳥居があり、神社の石標が立つ。
 
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由緒の石碑があるが、祭神の名が並ぶのみ。
 
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主神の角凝魂命(つのこりたまのみこと)は鳥取氏の祖神。
 
社殿は、南西向きに建ち、その右横に樹齢千年以上といわれる大きな御神木の楠がある。
 
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拝殿屋根には、主要3神の神紋がつく。
 
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拝殿の内には絵額が奉納されている。
 
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拝殿正面には「唐獅子牡丹」の側面には「松にコウノトリ」の木彫りの飾りがつく。
 
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本殿は、ここも神明造り。
 
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御神木の楠の東側に、「毘沙門堂」がある。
 
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初めは鳥取山田神社に収めてあったという「毘沙門天」の像が祀られている。
 
毘沙門天がご本尊ということだが、堂の中心にはお釈迦様と思われる像があり、向って右に毘沙門天、左に不動明王が脇を固めている。
 
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9時47分の電車に間に合いそうもなかったので、次の10時47分に乗ることにして、ちょうど駅へ向う途中に町営の図書館があったので、そこで雑誌類を読んで一休みした。
 
8月28日、近郊にこれといったお祭がなかったので、養老山脈と鈴鹿山脈にはさまれた員弁を歩いた。
 
JRで桑名まで行き、一旦駅の外にでて、すぐ隣にある三岐鉄道の「西桑名駅」で、「1日乗り放題パス」を買ってまずは、「猪名部神社」のある「東員」へ向った。
 
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「員弁(いなべ)」というのは、もともとは「猪名部」であったものが、和銅年間の「好字二字」という地名変更によって、「員弁」となったんだそうだ。
 
東員駅を下りると、北西に森が見えて、そこが「猪名部神社」であった。
 
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社殿は、東南東向きに建つ。
 
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由緒書板によると、
 
「延喜式内社。祭神は猪名部造の祖・伊香我色男命を主神とし須佐之男命・天照皇大神をはじめ代々の祖神を祀る。
 北側の御本殿は境内社で瑞穂神社と唱え明治41年春各地に鎮座した諸神を合祀された社である。
 高塚大神と記された古墳は猪名部氏のお墓で大社の地名の如く昔は広大な境内中に散在した17基の古墳の最大のものである。
 猪名部氏族の中からは春澄善縄朝臣を始めとして歴史に残る多くの偉人を輩出している。鎌倉の御代に入って建久3年員弁大領であった郡司員弁三郎行綱が青少年の士気を鼓舞するため追野原で奉納した流鏑馬の神事が以来780有余念伝統を誇る郷土の奇祭として4月の第1土日曜の両日賑々しく厳修される。
 尤も猪名部氏の発生は兵庫県の猪名部川周辺から奈良に移り名高い東大寺大仏殿建立の総指揮を司った豪族で、ために当神社は1200有余年の昔より日本の正史に明記される建築技術・学問・器用さを与える神として熱誠溢れる氏子崇拝者の信仰心と共に将来益々神徳燦然と輝くであろう。」
 
金達寿著「日本の中の朝鮮文化4」によると、猪名部氏というのは、新羅系渡来氏族で、木工・造船などに従事していたらしい。
 
本殿は、神明造り。
 
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境内に「高塚六角古墳」がある。
 
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六角形の石垣の古墳で、「高塚大神」の石標がたつ。
 
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神社の由緒書にかいてあったが、猪名部氏の誰かのお墓とのこと。
 
比較的新しい建物の「神楽殿」と神馬像が境内の北側に建つ。
 
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神楽殿の屋根には、「木瓜」の紋がつく。
 
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古墳の北裏に、「閻魔堂」と「薬師堂」があり、
 
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閻魔堂に「三つ巴」紋がついていた。
 
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絵馬は、素朴な感じでいい。
 
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4月の第1土日曜に、「馬上げ神事」があるとのことで、来年は見に来たいものだ。

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