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北杜夫が亡くなった。
かれは旧制中学の二年先輩で、医局の二年先輩で、文芸首都では五年か六年先輩だった。ぼくは五輪の書の「万事において、われに師匠なし」で通し、先輩後輩という人間関係を認めなかったが、かれだけは例外で、いつまでたっても、かわいがってくれる先輩であったが、決して反発したことがなかった。彼には、反発させるものが、そもそもなかったのだ。大声で「バカ」とか「バカモン」と叫んでも、叫ばれたものに反発させないのだ。怒るより、笑っちゃうのだ。
かれも、ぼくも、笑わせる文章を書いたが、かれの笑いは天性のもので、ドイツ語の「フモール」に当たる笑いだ。体質から自然に滲み出してくる笑いで、つまりユーモアで、かれはそばにいる人間を、なんとなしに笑わせてしまう雰囲気を言動のまわりに持っていた。ぼくのは作って笑わせる、エスプリで、言葉が面白いだけだった。
ぼくは、かれを乗り越えようとする対抗意識をもたず、ぼくがぼくであることを求めるようになる。そうして、対話で思想を語り、直接的に社会問題と向き合う姿勢をとるようになる。ま、どちらかというと七面倒なものにとりくむ。それをなんとかやさしい言葉で語ることに、自分の道を見つけるのだ。
同人誌と医局時代の雰囲気を知りたかったら、「しおれし花飾りのごとく」を、図書館で探して読むとわかると思う。南はもちろん北杜夫がモデルだ。「しおれし花飾りのごとく」は、わが打ち捨てられし青春よ」で始まるアポリネールの詩の二行目で、青春時代の終わりを書いたものだ。
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