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夏休みの課題で戦争を題材にした本を読んで感想文を書かなければならない三女(小6)が、 「どんな本がいいのかさっぱりわからない・・っていうか興味ない」というので一緒に図書館へ。 児童書のコーナーで偶然見つけた一冊。
『ハルモニの風』 堀内純子 ポプラ社「心にのこる文学 39」(1999年刊)
1945年8月9日、満州ーーーソ連軍の侵攻によってヘジャ(日本名は恵子)の華やかな少女時代は終わりを告げた。 日本軍の協力者であった父の失踪、親友の死、そして、大好きな人々との永遠の別れ・・・。 ソ連兵から身を隠し、祖国・朝鮮への逃亡生活を続けること約8ヶ月。 過酷な運命にさらされた少女が、国境のむこうにみたものとは・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今日の午前中に借りて 途中、昼食準備などしつつ一気に読み終えました。 児童書なので文字が大きいせいもあるけど・・・14歳の少女の目を通して語られる 刻々と変化する状況・緊迫した時間の流れにハラハラしっぱなしでした。 今まで満州から日本へ帰国する話はいろいろ聞いたり読んだりしてますが・・ この本では朝鮮人でありながら日本人として成長した少女が、終戦によって それまで信じてきた日本という国への失望・・朝鮮人としての戸惑い・・ 国籍には関係なくどこの国にもいい人も悪い(怖い)ひとがいるという事・・ 過酷な状況の中でのほのかな恋心もあり・・ 親日派の父の仕事のおかげで戦時下にありながら不自由ない生活をしていた 少女が過酷な現実を受け止めながら精神的に成長していく姿に心打たれました。 作者の友人アンナ・キム(在米)さんの体験をもとにした作品で大半は創作だそうですが、 当時の満州や朝鮮情勢をほとんど知らない自分にとっては驚くようなことばかり。 金日成もチラっと出てきて・・現在の北朝鮮のことを思うと当時彼を信じていた若い人たちは 今はどうなってるの?とかいろいろ考えさせられたり・・ <一番涙した箇所> ヘジャの隣の家に住んでいた(初恋の)慎二兄ちゃん(日本人)が 瀕死の状態でヘジャたちが隠れ住んでいる農場に逃げてきて、 皆に看病されて動けるくらいに回復してから独り出立した時の置手紙ーーーーー 「どんな言葉でもいいつくせないほど感謝しています。みなさんが私にしてくださったことは、 すべての人間がその仲間のひとりにしたこととして誇りに思うべきだと思います。 これから先、私はどんなことがあっても、人間を信じつづけることができるでしょう。 あなたがた朝鮮人が日本人のひとりであるこの私になにをしてくださったか、それを 日本のみんなに知らせたい。生き延びてそれをすることが私の使命だと思っています。 (中略) 尊敬する、そして、なつかしいみなさん。こんなにりっぱな人たちの住む朝鮮が、 世界一しあわせな国にならないはずはありません。私はいつもどこにいても、 それを信じ続けています。・・・・」 ・・・・・・・・・・・・・・・ <38度線の封鎖破り・・・11月の礼成江(イエソンガン)を歩いて渡るシーン> ついに封鎖破りの時がやってきた。 (略) 一行のなかに、一歳のぼうやをつれた若いお母さんがいた。 ぼうやはもうずっと旅をしてきたために疲れはて、ひっきりなしにぴいぴい泣きつづけている。 みんなは同行をいやがった。泣き声を見張りにききつけられたら全員がとらえられるのだ。 それでもその若いお母さんはつれていってくれと涙をながしてたのむのだった。 「そのときに、もしもぼうやがほんのちょっとでも声を立てるようなことがあれば、 すぐに首をしめます。この子はもうとてもよわっているからすぐに息絶えます」 そういって、かぼそいその首にひもをかけました。 オモニは私の口をおさえて、しきりに目配せをしていた。私のことだから、 つれていこうよ、私おんぶしていく、などと言いだすにきまっているからだ。 けれど、私がオモニの手をぬけだす前にひとりのおばあさんが口をひらいた。 「なんでその子を犠牲にして自分が助かりたいものかね。そんなことをして生きつづけて ごらん、後生がわるくてかなわないだろうよ。なぁみんな」 それできまった。 ・・・・・・・・・・・・・・・ ヨンジュンssiを知るまでは 近くて遠い国・・・として敬遠していた韓国・北朝鮮。 時代や国が違ってもそこに住む人たちはそれぞれ皆一生懸命生きていた。 命は繋がっている・・・・としみじみ思えた一冊。 |

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