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当ブログでは、現在たけなわの安保法制議論について5/28に  
"「暴力装置」呼ばわりをした民主党が「自衛隊の命にかかわる」などというのは欺瞞だ! "  を出稿したが、6/1付産経ニュ-スでも野口裕之記者が  "「自衛官のリスク」を仮想する政治の偽善"と題する記事を掲載した。

自衛隊の生命を恰も気遣うような民主党の欺瞞を暴いた視点は、期せずして一致していたようである。

後に触れる共同通信の世論調査によれば、残念ながら集団的自衛権に対する国民の理解度は極めて低い。「説明不十分」が80%を超える結果となった。
そもそも安保法制法案は11にも上っており、この本質を浸透させるのは容易なことではない。

ましてや、専門知識に乏しい一般国民にいきなり集団的自衛権について質問すればこのような結果になるのは当然のことである。

なぜならば、肝心なことは安保法制の本質論、大局論であるにもかかわらず「戦争へのリスク」「自衛隊員の生命のリスク」だけがやたら誇大化、喧伝化され危機感と恐怖感だけが一般国民の印象として受け止められているからである。

冒頭の当ブログと産経ニュ-スの指摘は、最初から法案を潰したい安保法制反対勢力による本質の挿げ替え…リスクばかりを喧伝し国民の恐怖心を煽る姑息な戦略に対する糾弾である。

そこで今回は、安保法制議論が本質論中心の論議に転換させるために、議員資質についてメスを入れることが必要であるとの動機から考察して見た。

6/1産経ニュ-ス「自衛官のリスク」を仮想する政治の偽善
5/28当ブログ「暴力装置」呼ばわりをした民主党が「自衛隊の命にかかわる」などというのは欺瞞だ!

安保法制議論たけなわである。
安保法制特別委員会の質疑を見ていると、見事なまでに国会議員の政治資質が浮きぼりにされる。

今回は国会議員の資質について考察する。

例えば辻元清美。

「中東で機雷掃海をすれば日本がテロリストに狙われたり、自衛隊員に死傷者が出たりしないか。」

辻元は、いつから日本人や自衛隊の生命を心配するようになったのか。
在日や韓国朝鮮人のためなら、日本人を貶めることに躍起となる極左議員であることは誰もが知っていることである。

「自衛隊に死傷者が出たりしないか」などとと辻元に言われても「はあ?」と首をかしげたくなる。
日頃から自衛隊を敵視している辻元の口から、自衛隊の生命の危険などを気遣うような欺瞞的発言をされると、憤りを感じるとともに気遣われた方も甚だ迷惑であろう。

彼女は毎度のことながら、生産性のない低次元の下らない質問に時間を費やすことはつとに有名であるが、登場するたびに顰蹙を買う。
安倍総理ならずとも、「早く質問しろよ」と云いたくなる。
とにかく辻元は「ソ−リ」「ソ−リ」と連呼する悪癖があるが、元々安保理論の知識が乏しいため、安倍総理への揚げ足取りしか議論できない典型的なタイプである。

質問時間の全てを誹謗中傷に充てられれば、安倍総理が辟易するのも理解できる。ここは国会…厳粛な論戦の舞台である。
隣近所の井戸端会議ではない。
辻元のように安保理論も十分に身についていない議員が質問に立てば、議論の質が著しく低下する。
対案もなく、批判するだけならだれでもできる。このような国会議員資質を著しく欠いたものを国会に送り込むことは、国民にとって甚だ迷惑である。

ある民主党議員は「辻元が質問するたびに支持率が低下する」と嘆いていたという。


後藤祐一。
揚げ足取りに徹し、質問は全て二択で迫り言質を引き出しながら失言を誘う魂胆が丸見えである。
20日の党首会談で「ポツダム宣言は世界征服の戦争であったことを認めるのか、認めないのか」と執拗に二択質問に徹した共産党・志位と同じ次元である。

およそ重要法案の審議において、白か黒かなどと短絡的な議論はありえない。
様々な視点から議論を尽くすための審議である。
彼らは「審議が行き届いていない」「強行採決」などと後になって批判するが、その元凶が自分自身にあることに気付くべきである。

6/1の委員会でも質問に立ち、岸田外相の言質をとって質問時間の大半をこれに費やした。
無名の議員が質問権を与えられ、テレビ放映になると俄然張り切り始め、下らない枝葉末節の議論に時間を割いて自己アピ-ルをしたいようだが、国民には甚だ迷惑である。

資質が欠落した議員の質問は、しばしば本質論を逸脱し議論の質の低下を招くことになる。これは国民にとって弊害である。

こうした低次元の質問は、時間と税金の無駄遣いである。
議員資質に欠ける議員の質問によって、法案の本質が歪められることは由々しき問題である。

"日本の戦争について世界征服のための戦争であったと明瞭に判定している。総理はこのポツダム宣言の認識を認めないのか」と質問。首相は直接答えず、「その部分をつまびらかに読んでいないので、直ちに論評することは差し控えたい。先の大戦の痛切な反省によって今日の歩みがある」と述べていた。"
ポツダム宣言「本当に読んでないようだ」 志位氏が皮肉

今回の世論調査結果の原因は、法案の大局論、本質論が逸脱され枝葉末節のくだらない議論があたかも論議の中心であるかのように国民を煽動する質問議員の議員資質の欠如にある。

6/1の朝刊各紙は共同通信の世論調査結果について、安全保障関連法案への安倍政権の姿勢に関し「十分に説明しているとは思わない」との回答が81・4%に上り、「自衛隊が戦争に巻き込まれるリスクが「高くなる」は68・0%と報じた。

共同通信社が30、31両日に実施した全国電話世論調査によると、集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案への安倍政権の姿勢に関し「十分に説明しているとは思わない」との回答が81・4%に上った。「十分に説明」は14・2%だった。法案成立後、自衛隊が戦争に巻き込まれるリスクが「高くなる」は68・0%で、「変わらない」26・1%、「低くなる」2・6%を上回った。安倍晋三首相はリスク増を認めていないが、国民の根強い懸念を裏付けた形だ。
 安倍内閣の支持率は49・9%で、4月の前回調査に比べて2・8ポイント減った。不支持率は38・0%(前回34・9%)。
安保法案、「説明不足」81% 共同通信世論調査

だがこのような結果が出るのも当然といえば当然である。
そもそもなぜ安保法制の整備が必要なのか、という大局論、本質論が国会議論の中心となるべきであるが、くだらない質問によって本旨が挿げ替えられてしまうからだ。

安保法制は日本人の生活と安全を守るためのものである。
最も深めるべき議論は、野党が盛んにまくしたてる「戦争のリスク」の前に、現在置かれている国防、安全保障に対する国際環境の変化に対応するための本質論を論ずるべきである。

例えば、南沙における中國の人口島建設について、中国軍幹部が公に軍事目的に言及したと報じられたが、この島から12カイリ領海を拡張し、防空識別圏を設定する目論みである。
その結果、中東からの石油資源に依存している我が国にとってシ-レ-ンに支障をきたした場合、一挙に経済危機に陥ることにもなりかねない。

「戦争のリスク」の前に、中国の覇権主義に歯止めをかけることが先決であることは言うまでもない。
民主党はじめ野党は、このような事態に対してどのような認識を持っているのか。
安保法制の本質とは、日米、アセアンが連携してこうした中国の横暴な海洋進出を阻止することが問題の本質であり、大局である。

彼らの論点がどこにあるかと云えば、今更通用しない「一国平和主義」であり、かすり傷も負わないのが安全保障だといわんばかりである。
だから何もしないことが一番いい、という安保法制反対論に結び付けたいのであろう。

今から25.6年前の湾岸戦争に当たり、わが国は130億ドルもの資金支援を行ったが、国際社会からは非難された。
その後、同時多発テロに対抗する米国の軍事報復行動に対して、先進各国の支援・協力体制が広がった。
その際、知日派でもある米国のアーミテージ国務副長官が柳井駐米大使(当時)に「ショー・ザ・フラッグ(日の丸を見せろ)」と発言したことは記憶に新しい。

あれから四半世紀余りも経過した現在、漸くわが国は普通の国家に生まれ変わろうとしている。
安保法制の本質から逃げ、大局的見地から物事が判断できない彼らの脳細胞はカビの生えた骨董品のような存在である。

ショ−・ザ・フラッグ

中国「埋め立て、軍事目的」 軍幹部明言 防空圏設定否定せず

だが、漸く民主党にも法制の本質に触れる生産的な議論をする議員が現れてきた。

5/28に質問に立った長島昭久氏である。
彼は、党内きっての国防・安保分野の専門家であり、集団的自衛権や改憲に前向きである。
冒頭先ず安倍総理の立場に理解を示す発言に始まり、本論の中では政府案に対する対案を提示した。
辻元や後藤の時には騒然となる野次は全く聞かれず、場内は真剣な眼差しで議論に聞き入っていた姿が印象的であった。
与野党とも同じ土俵の上で国家の生産性ある議論に終始したのである。

国会審議の在り方とはこのような議論である。
国家のために、党派を超えて前向きな議論を積み重ねて法案を作り上げていく姿に共鳴した。

それに触発されたのか、6/1に質問に立った前原誠司氏と玄葉光一郎氏。
いづれも民主党政権時代の外相経験者である。
この日の議論もいつになく秀逸だった。
民主党政権自体は見るも無残な体たらくの連続であったが、両氏は一度は国家を背負う立場に立った経験者である。

安倍総理とのやり取りの中に「そこはわかっているぜ」という雰囲気が伝わってきた。
最初から反対ありきの議員とは、一枚も二枚も格の違いが際立っていたのである。

このような議論を積み重ねることが肝要である。
いたずらに、リスク、リスクと発狂する国会風景は見苦しい。
民主党が二度と再び政権に就くことはありえないであろうが、党内には与党と共闘して充実した法案を作り上げようとする議員が少数ではあっても存在していることは救いである。
身内から「質問するたびに支持率が低下する」と嘆かれた議員とは大違いである。

私は、長島昭久、前原誠司、玄葉光一郎三氏の議論スタイルを見て、安保法制可決を確信した。

大局的見地から本質的議論を展開する生産的な議論こそ、「説明不十分80%超」の世論を覆す起爆剤となることを期待してやまない。

民主揚げ足とり一変? 抑止力の“限界”指摘相次ぐ

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