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(静岡県沼津市東熊堂)
JR沼津駅から車で北へ10分ほどのところに高尾山古墳がある。全長62㍍の前方後方墳である。道路工事がきっかけになり調査、出土品などの貴重さから、保存への取り組みがなされつつあるようだ。現状は写真のような状態である。いずれ古墳公園のような形になれば幸いである。
副葬品から古墳時代初期のもののようだ。古墳築造は西暦230年、埋葬は250年ころと考えられている。調査によると後方部の舟形木棺周辺から破砕鏡(上方作系浮彫式獣帯鏡=写真下)1面、勾玉、鉄槍、槍鉋、鉄鏃など出土。畿内で王権が成立する前後にここ駿河湾地域に大きな地方権力があった。それをかたるものがこの高尾山古墳ではないか。
この古墳が長い間どうして破壊されずに現在まで存在しえたか。それは、前方部に熊野神社、後方部に高尾山穂見神社が鎮座していたからだ。両社がいつまつられたかは不明。昔の人は神社を破壊しようなんて考える人はいなかったに違いない。
伊豆半島のつけねあたり、『和名抄』には、茨城という地名がある、そして大北横穴群から「若舎人」と刻んだ石櫃が見つかっている。常陸国防人に若舎人部広足がいる。
伊豆半島と茨城がどうつながっているのか、知りたいものだ。
なお、これらの古墳からの出土品は沼津市文化財センターで見学できる。
*写真㊤手前南側が前方部、奥が北側後方部にあたる。現在は工事中のようだ
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