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(東京大学総合
研究博物館)
火星人が霞ヶ浦に飛来か〜。三角頭のこの土偶はそんな雰囲気をただよわせている。緊迫感はない。おちょぼぐちの表情はユーモラスでもある。友好的な宇宙人か。だいぶ昔、星形の宇宙人が地球を襲った映画があった。ゴジラが世の中をかき回した時代だ。いろんなことを連想させる土偶である。(茨城県稲敷市、福田遺跡、写真左上)
右の土偶は、いわゆるミミズク型土偶と呼ばれるものだ。まるで、縄文時代のキティーちゃんではないか。丸い目、口もと、人気アニメにでてきそうだ。ほんと、かわいいね。(同遺跡)このような土偶をだれがつくっていたか、それが知りたいね。一説では女性が主に制作していたという。あそこなら貝がいっぱいとれるよとか、井戸端会議をしながら、ほらこんなもんできたよとか、その情景をおもってみるだけでも楽しいね。
注口土器はなんともモダンな、それでいてすっきりしたデザインだ。これが2000年前の
双口土器は上部、下部が切断されているようで、全容は想像するしかない。縄文文様、土器独特の曲線があくまで力つよく、われわれに迫ってくる。美浦村・陸平遺跡のシンボルだ。(茨城県美浦村、陸平遺跡、写真下)
いずれの土器も、縄文時代後期の霞ヶ浦周
陸平(おかだいら)遺跡は、東京・大森貝塚を調査したES・モースの弟子、東大学生の佐々木忠二郎、飯島魁によって1879(明治12)年、国内でははじめて学術調査された遺跡だ。美浦村の霞ヶ浦湖畔の台地に、8000年から2500年前の住居や貝塚があきらかになっている。縄文人のふるさとといっていい。最近整備もすすみ、文化財センターもできて出土品を見学できるようになった。1998(平成10)年、国指定史跡。
福田貝塚は稲敷市福田にある。案内板などはない。ここからはすばらしい土偶や土器がでていることはわかっているが、地元ではあまりわかっていない。やみで流通しているのか。県外に分散してしまっているからだ。ここの福田古墳群はむかしから知られていた。台地のへりに30㍍ほどの小型前方後円墳、円墳が藪のなかに点在する。南には水田がひろがり、利根川をこえると下総の台地だ。ここも古墳や玉造遺跡が集積するところ。
稲敷市椎塚にある椎塚貝塚も、東大グループが先鞭をつけている。この博物館にも加曾利式土器が展示してあった。
近くまできたついでに寄った東京大学総合研究博物館(東京都文京区本郷)、ふるさとの遺物に会えて感動ひとしお、同時に複雑な心境でもあった。
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2012年08月20日
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