奥武蔵 古代史ノート

武蔵国や常陸国・霞ヶ浦周辺の古墳や史蹟めぐり

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(さいたま市緑区二丁目)
 女体というなまめかしい名前に引き寄せられて訪ねた。祭神は奇稲田姫命(くしいなだひめ)である。このあたり見沼に縁のある神様で、祭がおもしろそうだ。
 江戸時代は御船祭として隔年9月8日、神社からみこしを船で「四本竹」の地、見沼の中程へいって御神酒をささげたという。どういう船であったか、御座船をあつらえたか、どう飾ったか、興味をひく。つい先日、鹿島神宮のお船祭りを目にしただけに想像は一層つのる。この見沼は江戸中期に埋め立てられ、田んぼに変身した、見沼田んぼだ。祭礼ができなくなると、神社のふもとに用水をひき、中央に柄鏡式というか、前方後円墳形に神事するところを設け磐船祭として再開したそうだ。享保14年(1729)のことだ。現在は祭祀遺跡公園(写真下)として、市民のいこいの場になっている。
 祭礼は現在、5月4日に竜神祭として、竜神の張りぼてに近くの女性が巫女役で神楽を奏し祭神をなぐさめるという。竜神は奇稲田姫命のおつかいであったかな。伝統の祭で、大事に伝えていってほしい。

                         ※

 氷川神社(須佐之男命)氷川女体神社(奇稲田姫命)、その中間に位置する中山神社(氷川両神の子、簸王子をまつる)、この三社を一体と考えられてきたという。女体神社の額に一宮とあるのはそのためだそうだ。筑波山も男神、女神をまつるが、氷川神社はご丁寧に子の神までもうけてあるのはおどろきだ。家族のつながりを示すものであろうか。イメージ 2

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