奥武蔵 古代史ノート

武蔵国や常陸国・霞ヶ浦周辺の古墳や史蹟めぐり

古代遺跡

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 カモシカは偶蹄目ウシ科、本州、四国、九州の山地、岩場などに生息。日本特産で、天然記念物。辞書をひくと、このようにある。山岳に住んでいることは知っていた。それが、わが散歩道にひょっこり顔をみせてくれたのでびっくり。住宅団地の裾の公園付近を歩いていると、雑木林のやぶからなにやらこちらをのぞきこむように見ているものがいる。それがカモシカであった。しばらくこちらを眺めていて、逃げようともしないので、携帯をとりだし撮影したのがこの写真である。付近には住宅もあり、人跡未踏などといったところではない。どうしてこんなところに出現したのか。じっとこちらをみつめている姿は、なにか訴えるようでもあった。口元がもそもそ、なにか言ってるようだ。
 
 
 
おら、あぶくまの山の生まれだ。あの死の灰騒ぎで村のひとはいなくなるし、山や川、里がなんだか変なんで知り合いのいる信州にでもいってみんべかと思っただ。ところが、埼玉・飯能の里にでるなんて、道にまよった み ていだな。上州の山こえて、ずいぶん歩いたもんだ。死の灰かぶった草や木々の皮をくってきたので、体調もなんだか変だ。平衡感覚がくるって、なんどもころび傷だらけよ。おれたちゃ年寄りはまだしも、若者はどうなるものやら。足のないカモシカなんか生まれないかと、恐ろしい世の中だな。おめーら人間だっておんなじだっぺ。気をつけろや! さて、武甲のすそをまわって信州へいってみんべか。
 
 
 福島のひとびとは土地を追われて苦労していることでしょう。同じく、森にすんでいた獣、鳥はどうなったか気にかかるところです。
 

陸平貝塚と周辺遺跡

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                                         (茨城県美浦村土浦)
 
 陸平(おかだいら)貝塚は霞ヶ浦西側、半島状に突き出た森の中に縄文時代の貝塚8カ所と住居跡が確認されている。およそ7000年から3500年前の遺跡だそうだ。平成10年(1998)国の指定史跡になっている。
 ハマグリ、シジミ、サルボウ、アカニシなどの貝殻が重層、その中に土器や石器、魚や獣の骨などがみられ、縄文人の生活を垣間見ることができる。
 明治12年(1879)、東大生の佐々木忠二郎、飯島魁によって、はじめて学術調査された貴重な遺跡である。ちなみに、両氏は大森貝塚を調査したモースの弟子だという。
 訪ねたのは9月中旬、夏草におおわれた遺跡は、虫の声ばかりがやかましい。奥まったところに竪穴住居がある。これは近くの住民が貝塚内の住居跡を調査、それをもとに復元したものだという。草刈りや遺跡の保存、管理などすべて村民の自主活動によって維持されているようだ。
 
 美浦村は日本競馬会の美浦トレセンで知られたところ。最近、発掘調査によって古代常陸国信太郡がどんなところだったか明らかになりつつあるという。美浦トレセン近くの大作台遺跡、信太入子ノ台遺跡がおもしろい。
 大作台遺跡は、弥生から平安時代までの住居跡があきらかになり、志太という墨書土器や、役人のベルト、銅製巡方、丸鞆などが出土している。入子ノ台からは、愛知県の猿投窯で焼かれたとおもわれる骨臓器のふたに「大伴」と書かれていた。地元の考古学者・川井正一氏によると、法隆寺文書に「常陸国信太郡中家郷戸主大伴部羊調貢布」とあるので、この大伴部が霞ヶ浦の入り江を拠点に海産物を献上したりしていたのではないか、
水産や海運にかかわりをもった有力者ではなかったか、という。
 大伴部は大伴氏の私有民、部曲(かきべ)であったという。大伴部がどれほど権力、権限をもっていたのであろうか、不明なところも多い。それにしても、猿投の壺、現在でも骨董としても貴重なもの、どうやって霞ヶ浦まではこんだか、興味はつきない。イメージ 2
 大伴とは大きな伴造の意で、有力氏族をたばね、物部とともに軍事を預かる家系であったという。大伴旅人、家持など歌人も輩出している。「常陸国風土記」には、物部河内、物部会津が筑波郡、茨城郡をさいて信太郡を置いたとある。この信太郡の地で物部氏と大伴氏の関係はどうだったか、これからの調査を待ちたいものだ。                                                                                                                                  *写真上は陸平貝塚の碑
         右は村民手作りの竪穴住居
 埴輪はおもに造り出しと呼ばれた地域に集中して飾られたようだ。馬型埴輪ばかりでなく、円筒埴輪や形象埴輪、人や物、多彩である。120センチを超える朝顔型埴輪、80センチの大型円筒埴輪、これらが650本も古墳をとりまいていた。特に、円筒埴輪には6本のタガが巻きつけられ、統一した企画性が認められるという。その源流は畿内にあるというのだ。いまのところ、河内の工人たちが使っていた技術で、かれらが全国にひろめたというのだ。また、玉里舟塚古墳は、最近、継体天皇陵説が浮上している大阪府高槻市にある今城塚古墳(全長190メートル、前方後円墳)の5分の2の相似墳であるという説も提起されている。隣接して、茨木市がある。舟塚古墳の被葬者の背後に、畿内、大和の影がみえかくれしているのである。
 この埴輪を製作した茨城町の小幡北山遺跡は、埴輪窯跡57を数える国内有数の史跡である。ほぼ6世紀以降、さかんに生産活動していたようだ。この地域に「土師」という地名が残っている。土師氏、河内の工人、さてどうむすびつくのであろうか。
 出土品には、太刀頭の金銅双竜環頭、黒漆塗り鞍金具など、王にふさわしい豪華なものがしられているが、実際は想像をこえたものが副葬されていたのではないか、盗掘がくやまれる。
 
 古墳調査から40数年、どういうかたちであれ、われわれに新しい知見をあたえてくれたことはありがたいことである。
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                                        (埼玉県富士見市水子)
 海なし県の埼玉にも、むかし海があった・・・、こんなことが実感できる遺跡であった。富士見市は埼玉県内陸部といってもやや東京より、首都圏に通勤する人も多い、東武東上線沿線に発達した町である。
 みずほ台駅から1.5キロ、20分ほど歩くと、畑と民家の間からこんもりした森がみえてくる。ここが水子貝塚である。直系150メートルの円形の遺跡の中に、60数か所の貝塚が点在している。7000年から5000年前の縄文前期前半の遺跡だそうだ。このころは氷河時代のあとのころで、東京湾から荒川沿いに上尾、川越あたりまで海面がひろがっていたらしい。ヤマトシジミ、カキ、ハマグリがここで採れていたというのだ。いまでは、想像できないことである。
 昭和12年に貝塚遺跡が明らかになり、東大や地元の教育委員会の何度もの調査で、縄文生活の一端を資料館で知ることができる。なかでも、15号住居跡から発掘された、屈葬された30代の女性遺骨は衝撃であった。頭骨から頭部が復元されている。われわれ現代人と変わらない、普通のおばさんといった感じだ。現代にさらされ、彼女はどう思っているのだろうか。彼女から3㍍ほどのところから雄犬の骨が見つかった。彼女が飼っていたかどうかまではわからないが、ほのぼのした人と犬のかかわりを感じさせる遺跡である。
 遺跡の周りをシモツケ、ガマズミ、クリ、クヌギなど、当時利用されていたと思われる樹木が植栽されている。その中に、4,5軒の竪穴住居が復元されている。樹木によって下界と断絶され、縄文村が再現されたようだ。わら屋根のむこうから、犬をひきつれた麻衣の彼女がいまにもでてきそうだ。

玉陵と識名園(那覇)

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 たまうどん(玉陵)は、1501年、尚真王が父尚円王の遺骨を改葬するために築かれたもの。三つの墓室に王と親族が葬られているという。広壮な石の宮殿という感じである。白いサンゴ砂の撒かれた前庭は黒ずんだ石壁をてらし、重厚な威容を浮かびあがらせている。三頭のシーサーが、いらかのうえから侵入者に目を光らせている。
 首里城公園の南2キロのところに識名園がある。18世紀末につくられた回遊式庭園で、当時の琉球王家と親族の別邸として使われたという。中国の使節や、外国の賓客をもてなす施設としても利用されたという。池の中央に中国式東屋を配し、アーチ型の石橋が典雅な趣を添えている。橋の上からカワセミが小魚を狙ってダイビングをくりかえしていた。たまにアカショウビンもくるそうだ。亜熱帯の植物が周囲をとりかこみ、本土の公園とは一味違った風趣をたのしませてくれる。

 那覇の町やその公園をたずねても、どこかに中国の風、中国の色彩がひそんでいる。それだけ、中国に近いということなんだろう。地図をみれば当然なのだが、本土の人間には、それを理解するのは時間がかかりそう。しかし、漢字や仏教、節句やもろもろのまつり、ほとんど中国からもたらされたものばかりだということを忘れてはいませんか。では、日本古来のものとは何だろうか、例えば古墳、前方後円墳はどこからもたらされたか、それがいま最大のテーマである。


*歴代の琉球王が眠る玉陵(上)と熱帯植物が取り囲む識名園


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