|
MZ-80開発当時に関する機器を探して・・・古い記憶とgoogleサーチで検索した。 兵庫県のSystemGearグループの『日本システム開発』の機器である事が判った。 この会社の沿革によると、8008と8080システムが記載されている。 1973年11月 8008を搭載した「PDC-8」第1号機を東京工業大学様に納入 1974年4月 8080を搭載した「PDC-80」を開発 『日本システム開発』を訪ね、お願いをして写真を撮らせて頂いた。 僕の使ったPDC-80は、無かったが、その前機種PDC-8(記載の写真)は、完璧に保存されていた。 PDC-80は、僕がすごい係わり合いのあるマシーンである。 当時、部品事業部で、(勿論 MZ-80Kを開発する前)テレビ部品の生産設備を開発していた。 TTL・ICでステップ動作をするマシーン(シーケンサの様なモノ)で動作させていた頃 メンテナンスを考えると、マイクロコンピュータで作るべき・・の結論に至った。 開発環境を探している時、PDC-8が見つかり、導入を決めたが、 『日本システム開発』の人が、”今 8080機を開発している。少し待ってほしい”との事だった。 1974年夏、PDC-80をを導入した。 端末タイプライタは、あの騒音で有名な ASR-33だった。 PDC-80の前パネル、所謂 『顔』は、殆どPDC-8と同じである。 このPDC-80は、ラインエディタ、8080リロケータブルアセンブラ、リンカーが揃っており、 8080のアセンブラソフトを開発するには十分であった。 但し、紙テープを外部記録・入出力に使うから、遅い、やかましい、紙テープの残骸・・ このマシーンで、アセンブラに慣れ、「浮動少数BASICインタプリタ」の開発・・恐れ知らずの挙行に 走ったのも、PDC-80のお陰か?・・ PDC-80は、MZ-80のマザー・マシーンと謂えるだろう。 ここで、重大なことがある。 8080を搭載したAltair 8800は1974年12月に米国の MITS社が開発し,最初のマイコンいわれている・・が。 Altair 8800は、機械語をスイッチでポチ・・入力する代物で ソフトサポートが無かった。 これに比べ、PDC-80は、開発ソフトがサポートされており、Altair 8800を超えるコンピュータと言える。 1970年代初頭、日本に、すごいコンピュータ技術陣が居たこと、余り知られていないのが残念だ。 開発時期、ソフトサポート完備の意味に於いて、コンピュータ歴史を書き換える必要がある。 |
全体表示
[ リスト ]




黎明期に於けるパソコン間発環境である、マザー・マシンの歴史を正確にトレースできたのですね。素晴らしい発見です。MZ物語の本出版しましょう。
2010/6/18(金) 午後 2:11 [ flappy61 ]
なんとっ。Altairより先に、アセンブラなどのシステムソフトまで完備した8080搭載機を日本の会社が販売していたなんて。
そんなソフトサポートが全くなかったAltairは商売人ビルゲイツがBASICを乗せて注目の的に。それなのにPDC-80は…。日本のマニアはなにをしていたのだ。残念至極。
中西御大。ぜひこの事実も含めてMZ-80開発記を出版しましょう。最新版の中西BASICの全ソースリストも載せて。
2010/6/24(木) 午後 5:59 [ かの ]