MZ-80 パソコン開発物語

今だから話せる、パソコン開発記録を連載します。 感想をコメントに残して頂けたら 嬉しい・・。

MZ80物語

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(24) 巡業 全国偏

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前回まで取り上げた場所以外に、鹿児島・宮崎、熊本・福岡、名古屋、長野・・ 複数回以上 行きましたが、
何しろ、古いことで・・、各地の皆様に、お世話になりながら、記憶が・・となっている事 ご容赦ください。

印象が強く残っているのは、鹿児島・熊本でPC関連の仕事を始めたいう意欲的な方々に、お会いできた事。
福岡では、福岡工業大学だったか?、積極的な 先生と学生達とで、PCを話題にして長時間を過ごした事。

名古屋からは 匿名で、2回かな?、速達封書でバグを指摘して、連絡してくれた人がいた事。    
BASICの新バージョンを出荷した時、 バグ見つけるのが、メチャクチャ早い・・、達人か、天才か・・。
名古屋の懇談会で、その天才が名乗り出てくれるのを期待していたが、出席していなかったか 逢えなかった。
いずれにしても、あのバグ(スタックの帰り番地を捨て ジャンプするなど、かなりスタックを細工していた、
その調整にミスがあった・・)よく見つけたな〜と思う・・。このブログ見ていたら、是非 逢いたいものだ。

その他、いろいろな事が 有ったと思うが、僕が接触した方々で、こんな事有ったよと言っていただければ、
まだまだ 当面は恍惚の人でないと・・自負していますので、きっと 思い出す事も 多々 有ると思います。
高い(?)MZを買っていただき、また、商品・技術説明に来て頂いた方々に 改めて、御礼 申し上げます。

開発業務の合間をぬって、営業の人と共に各地の会場に出向き 技術説明をし、多くの方々と接触できた事は、
今も 楽しい思い出として甦ってきます。当時の中高生から、僕と同年輩の若い技術者(当時としては)とで、
コンピュータを話題に議論をしました。 それがキッカケでコンピュータ関係の仕事に就くことになったとの
お話を聞くと、皆様の人生は勿論 僕自身の人生も、MZと言う機械に 振り回されたのかな〜と思います。
でも『人生変わったけれど、悪くなかった・・』の お言葉を聞くと、僕は幸せで、感謝の気持ちでいっぱいです。

これで、MZ80の 量産から市場参入のお話 第2部は、終了とします。
次回からは時間をさかのぼって 第1部 MZが誕生する背景、量産開始までの話を書こうと思います。
その後 第3部は、MZ80Bを市場に出し 全盛を迎えた時、突然の事変とその対応について・・。
そして 第4部は、その後のMZ開発技術者達の新しい業務・仕事への変遷と生きざま について。
以上 MZ80物語を 全4部 +α に 分割して お話していく予定を お知らせしておきます。

尚 MZシリーズが、N社と競り合い 市場で高い評価を頂いた根幹に、数十名のMZ開発技術者達と、
各地で『マイコン教室』等イベントを開催し、普及と販売を支えた SEKのセールスエンジニア達、
又 温かかった(ホンノ一部の)上層部が居た事・・。  みんなが、一丸となり、為し得たことです。
僭越ながら 僕が 代表してお伝えしている事、申し添えておきます。
 
今まで 第2部 ご愛読 ありがとうございました。 尚 引き続き 宜しく お願い申し上げます。
     < つづく > 

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(23) 巡業 北陸

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大阪駅から、特急『雷鳥』で約3時間足らずで、金沢駅に 到着する。 
経済圏は、小松空港から羽田への飛行機の方が 移動時間が少ないから、関西よりも、関東圏に近いかな。
金沢市のIO・・社を訪問し、H社長と 懇談。 MZに対して好意的な見方をしてくれている。 金沢市内に、
マイコンショップを開いて、MZを最優先に扱ってくれており、有力なパートナーであり、感謝の極みである。

開発中のスキャナーを見せてもらう。 加賀友禅の下絵を 電子ファイルにする機器の開発を行っていた。
友禅の下絵図を、直径30〜40cm、長さ1mほどの回転ドラムに貼り付け、回転させる。横方向に光電管が、
移動してデータを取り込む構造だった。加賀友禅は、金沢に転居した京都の友禅名人が始めたのが起源らしい。
古い因習の強い京都より、伝統と電子技術の手法による近代手法は、H社長の積極的な事業展開方針だろう。

今回 もう一つMZを使ったシステムを見せてもらうのが目的だった。“ 明朗会計システム”と言ったかな?。
高級な にぎりすし屋では、金持ちは 別として、俺達 一般庶民は、おいしいのと裏腹に、懐ぐあいが気になる。
そんな時、安心して、次々と 注文できるのが この “ 明朗会計システム”。 強力に サポートしてくれる。
カウンターの下に、料金表示装置があり、食べた金額が表示される。  懐ぐあいと相談しながら、注文が出来る。
 
H社長の ご招待で、その 寿司屋に行った。 時価の にぎりでも、食べた総額が次々と表示される。
折角のH氏の ご好意だから、表示金額を気にせず・・、高級な時価の にぎりをドンドン注文して、セレブ気分。
能登、越前海岸の 高級食材 にぎり寿司 をタラフク 頂いて・・、 最高の満足感だった。 

この北陸に、電子系の技術者が多い理由 ご存知ですか?。  俺も興味が有ったので、聞いてみた。
1960年 Uターンした コンピュータ技術者が、能登に ウノケ電子と言う 電子計算機会社を 起こしたそうだ。
その関係で、この地域に、多くの電子技術者が育ったそうだ。 竹内さん という人らしい、偉大な人だね。

近畿でも 産業的に取り残されている地方 俺の故郷・和歌山に、何か 貢献できないかな〜と 思う。
えっ、そんな実力無いって・・、そうかも? でも、そう ありたいという 心意気は、ある・・。

     < つづく >

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(22) 巡業 四国

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伊丹空港から、小さな双発プロペラ機 YS11で 高松空港へ。 紀伊水道は気流が荒れ易いと聞いていた。 
トン・トン・トンと上昇したかと思うと、エレベータより、早いスピードでスートと降下する、良い気分じゃない。
機内アナウンス『この飛行機は 絶対落ちませんから・・』、 えっ そんな事言われると、余計に不安になるよ〜。

高松で商品説明の後、技術懇談会。例によって逆アセンブルリストに基づく質問には、出来る限り答えたつもり。
皆んな研究熱心でハード回路に詳しい人が多い。マシン語を丸覚えで、ソフトを駆使しているのは、驚きだった。
俺の話を納得してくれたのか、面白くない?。残留者は、時間と共に減りアマ無線をやっている連中4名になった。
BASICマニュアルに記載しているモールスコード発生のアプリを、モールス信号の講習会で使っているとの事。  
俺は、殆ど電波を出していないが、JH3LTXのコール持っていること紹介すると、アマ無線の話で・・賑わった。
彼等は、MZでデータ通信の実験をする予定との事だった。 HF帯はMZの不要輻射が多いかも?、チョット心配。
久々に、手作りの無線機の話など面白かった。最近は、無線機を買ってオシャベリ専門の無線家が多いらしい。

本日の予定 打ち上げと思ったが、是非 販売店を回って欲しいと、依頼を受け 訪問した。店のショウケースに、
高速BASICと書いたカセットが並んでいた。ソフトをコピーして売ってます・・って事。 隠しておいて欲しい。
まあ 此処は、見て見ない振り・・。 機嫌よくMZを売ってくれているのだから・・、 良いんじゃないの・・。

香川県に、以前から楽しみにしている事があった。空海生誕の善通寺、水飢饉から救った満濃池を訪れること。
しかし、明日、徳島でPC同好会とのミーティングがあり、フェリーで帰阪の予定。 従って今回は オアズケ・・。

徳島へは、S社入社後 暫くして、眉山の山頂に、国内で初めてのUHF大電力局が、開局する事があった。
従来の、中間周波数26.75Mzから58.75Mzに変えて、UV両用TVを試作した。 オール真空管TVだぞ!!。
NHKから、調査用UVテレビ40台ほど受注し、指定の場所・・徳島市内から吉野川添いに鴨島町辺りまで、学校、
保育園、公民館などへ、設置し、受信状態のレポートを纏めたことが有ったっけ・・。半月ほど徳島に滞在した。
約10年後、再び徳島へ。 今もあのテレビ完動しているだろう・・か?。念入りに試作したのだから、大丈夫だ。

 (注) JH3LTXのコールサインは継続申請しなかった。後にコールサイン不足で、別人に再交付された模様。
     俺は初代JH3LTXだが、 現在のコールサイン保有者とは、なんの関係もございません・・念のため。

     < つづく >

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翌日、営業課長F君(仮名)と、札幌地区の主要な家電販売店 O店(仮名)を訪問した。
MZ80の販売実績は、ハドソンに比べ、桁外れの大差があり不振。   自己の無能力を 責任転嫁して、
メーカの支援・販売協力をしてもらえないから・・と、 ブツブツ・・不平・不満を・・を 並べ たてていた。
こんな相手をするのは、時間の無駄・・。俺は いい加減・・疲れて来た。 F君に 帰ろう・・と合図するが・・、
彼は 彼なりに努力して、店主の不平・不満の聞き役に回っている。 販売店回りって、大変な仕事だよね〜。

『 メーカが支援・販売協力をしてくれないから、売れない・・』と、店主の言った言葉に、俺は 反応した。
俺は、『それじゃ 販売を止めたら・・』と一言で言った。 俺の悪い癖(否 良い瞬間思考?) 結論が 早い。
その時 店主の顔が 引きつった。 同時に F君の顔面が 蒼白に・・。 俺って、間違ったこと 言った・・?。
まあ PC販売は、知識・技量・ノウハウが必要だよ。 無理しなくって良いよ、他に売り易い商品有るでしょう。

『責任者と共に、改めてお伺いし、販促について、ご相談に参ります・・』と、F君の言葉を、後にして店を出た。
外に出ると、蒼白だったF君は、わずかに笑みすら・・。日頃、店主との軋轢へ仕返し・・、気分を良くしたのかな。

今、組織は弱体化しているど、当時の家電小売店は商業組合を作り結束して、販売応援・販促品など人材・金・
なんでも オネダリの圧力団体みたいだった。その圧力は、かなり強く、営業部門も苦労していたと思うよ。

一般に、その体質が、パパママショップに受け継がれ、技術力の無さ・経営効率の悪さで、大型物流にやられ、
老齢化に伴い客が来るのをじっと待っているジジババ店、昔栄えたと言う商店街のナレの果て そのモノだね。
自助自立、得意とする分野・特長を打ち出し、時代の流れに乗らないと、自然消滅への道しか 残らないよね。

オーナ店主ば、思わぬ言葉・事態で・・、引きつった顔・・、ハト豆とも言える 混乱状態だろうね・・。
冷静になれば・・、バカにされたと思い、恨み辛みを、商業組合の組合長を通じて、本社へ タレ込むだろうね・・。 
いずれ 社長室から呼び出され、俺のどこが悪いんだ・・と口論の末 辞表を叩きつける・・ストーリーかも。 

この北海道 調査出張の後、暫くたっても、社長室・営業本部からも・・ 呼び出しも無く・・、何事も 無かった。 
その後、怒り狂う店主を 静めるのに、北海道営業の幹部が、何度も O店を訪問し、大変な事態だったらしい。
土下座もどきの謝罪・・の話を、後に聞いた。  北海道の営業幹部に迷惑をかけた件は、申し訳ない・・と思う。
しかし PCを扱う能力の無い店に 案内したF君も、責任の一端?・・、事態の収拾は、現地対応ということだね。

     < つづく >

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伊丹空港から千歳へ。 北の大地 北海道入りだ。季節は早春、黒ずんだ雪の名残が道路脇に積んであった。
先ず、千歳空港まで出迎えてくれた北海道地域担当の営業F課長(仮名)の案内で、札幌豊平のHuを訪問。
アマチュア無線機と共に、各社のPC・・が置いてあった。 Huの代表者 K社長は、かなりPCに詳しい模様・・。
Huは、有限会社だそうな・・、  彼は、日本で最大の有限会社にすると・・意気込みと夢を語ってくれた。
K社長は、カウボーイハット・ジーンズ・ブーツの似合う ベンチャー企業家だね。 いろいろ・・情報交換をする。

MSのBASICは、プリンタを接続せずPRINTを実行すると、プログラムは止まってしまい、電源を切る以外、
どうしようもないらしい。S−BASICは、タイマーを組み込んでいるから、一定時間後 エラー処理で復帰する。

その後、K社長は、出来そうも無い事 言い出した。 『 どうですか?』と質問を投げてきた。 試してるな・・?。
俺は、どう考えても出来ない事だから、『 そんな事、出来るはず無い・・』と 言い切った。
K社長は、ニタニタ・・と笑いながら・・、『 N社の技術者は検討しますと言って帰ったよ。』と言った。
また 付け加えて、 俺に、『 あなたは、絶対 サラリーマンは勤まらないよ・・』と、言い切った。

そうかも・・俺もそんな気がする。 ゴマすりはしない。白黒はっきり・・、一匹狼(犬?)的な面があるから・・。
さあ 俺が、サラリーマンとして定年まで勤め上げられるか・・?。   K社長の 予言が当たるか・・?。
俺は、意地でも、定年まで、S社に勤めてやろうと、変な決断をした。 これが 良かったのか、悪かったのか?
このオッズ、かなり K社長が 有利だったので、 配当がデカイ・・万馬券・・期待できるよね・・。
定年まで勤めたよ、でも 賭けの清算が終わっていないな〜。 待っているのだけど・・、あっはっハッハッ・・。

その日の夜、Huに出入りする 北大の学生等を混じえ、サッポロビアガーデンでの懇談会。 最高・・の夜だ。
学生の中に、北の大地でスクスク育ち、目を輝かせた大男 SN君が居た。 ビール・羊肉を 飲み食いしながら、
Z80、MS、アセンブラ、プログラミングの話を、他の学生そっちのけで・・、SN君との話しが 弾んでいた。
その後、SN君は、大学そっちのけで・・、プログラミングに没頭し・・、HuBASICを作ることになる。
北大のA教授はコンピュータ教育に力を注いでいた。  今後のPC世界を、切り開く若者達を頼もしく思った。

     < つづく >

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