トーキョー物産展マニア=東京の物産展など=

容量の制約もあってブログを引越し中。引越し先はお気に入りブログからどーぞ。関心空間もいいですよ。

物産展

[ リスト | 詳細 ]

業界ウラ話や、地域振興についてなど、物産展にまつわる
さまざまな情報をお伝えします。
(物産展レポートは「物産展レポート」に徐々に移行中です。)
記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]

物産展学

このたび「物産展学」の構築を目指して物産展の知見をまとめるwikiを開設しました。
物産展を経済学・社会学・心理学などの観点から科学的に分析していきたいと考えています。

開く コメント(0)

新宿戦争

業界関係者に聞いたのですが、
どうやら9月に新宿戦争が勃発しそうです。

京王百貨店と小田急百貨店が
同じ週に北海道物産展を開催するようです。

かつて、池袋で1週ずらして
西武が先に北海道物産展を開催したことは
ありました。

GWにも、西武と東武は
物産展をぶつけていました。

こんどは同じ週、同じ西口で北海道物産展。
完全なガチンコ勝負です。
こりゃ大変なことになってきました。

こうなって一番迷惑するのは
出店者です。

客としてはどちらも総力を挙げて
企画するでしょうから、面白いのですが。

開く コメント(0)

宅配便のトップブランドかつ、パイオニアであるヤマト運輸が、
宅配便を開始したのはわずか30年程前のことです。

ヤマト運輸の社史によると、1976年1月に
取り扱いが始まりました。当時は関東近県のみでした。

(先日亡くなった小倉元社長の日本経済新聞連載の
「私の履歴書」にもあるように、運輸省との
運送業の路線認可をめぐって、大変な戦いが
繰り広げられ、全国にネットワークを広げるのには
時間がかかりました。)

いまでは、日本全国に、1個から、迅速に(ほぼ翌日)、比較的安価で、便利に
荷物を送れるのは当たり前になりました。

それどころか、日付指定ひいては時間指定も可能になりました。
そして冷蔵や冷凍で荷物を送れるようになっています。

かつて宅配便が登場する以前の物流手段は、
極めて限られたものでした。

まず、小口輸送自体が比較的高価でした。
また郵便小包か鉄道小荷物(チッキ)しかなく、
時間もかかりました。

翌日というのは近距離で無い限り不可能で、
日付指定などは望むべくもありませんでした。
※受付日で1日、400kmごとに
1日かかるというのが目安でした。

しかも、集荷は無いので郵便局や駅に持ち込む必要がありました。
配達ができるのは郵便小包のみで、
鉄道小荷物は駅まで取りに行く必要があったのです。

大口輸送は比較的安価であったもの、
時間がかかるのは同じでした。
当時はトラックをチャーターするか、
コンテナなどを使用して、
トラック輸送と組み合わせて鉄道貨物で
輸送するしかありませんでした。

このような状況で当時の物産展の物流は困難を極めました。
出店者自らトラックを運転したり、チャーターしたり、
或いは鉄道貨物で運んだりしていたのです。
当然低温物流は望むべくもありませんでした。

このころは、たとえば北海道物産展で
じゃがいも・たまねぎ・豆・昆布や身欠きにしんを
東京に持ってくること自体が奇跡に近いことでした。
とてもよく売れたといいます。

しかも、鉄道貨物輸送でしたから、
カビが生えていて、それを払い落として
販売したこともあったというのです。

客の側も、それを諒として購入していたというのです。
いまではとても考えられないことです。

しかも、物流に時間がかかるため、
1週間の物産展では、売れ筋の商品が追送できず、
売り切れても商品の追加は不可能でした。

このころ低温物流といえば、保冷車などなく、
トラックに氷やドライアイスを満載にして
商品を運んでいました。

かろうじて低温物流は可能でしたが、
近距離に限られ、長距離の定温物流は不可能だったのです。

低温での定温物流が可能になったのは
機械式保冷車の登場がきっかけです。

低温物流の大手ランテックによると、
1972年ごろのことです。
しかし、九州など限られた地域での事業でした。

ヤマト運輸も徐々にクール便事業を開始しますが、
全国ネットワークを構築し終えたのは1988年のことでした。

しかし、このクール便によって、
物産展の商品構成は自由度が高まりました。
生鮮食品、生菓子などの物流が容易になったのです。

こうして便利になった現在の物流業者については
次の機会に続編でお話しましょう。

開く コメント(0)

詳細は未確認ですが、
複数の業界関係者から聞いた話です。

北海道が設置したアンテナショップ
「北海道どさんこプラザ」の運営者が変更になるようです。

北海道経済部商業経済交流課が設置している
北海道どさんこプラザは、北海道の老舗百貨店
丸井今井が運営を受託しています。

4月12日付で知事名で
プロポーザル(つまり入札)の受け付けが行われていました。
このほど、その落札結果が非公式に発表されたようです。

その結果、現在の運営受託者である
丸井今井が落札できなかったようです。

次の受託者は北海道電力・JR北海道などのJVが
落札したらしいです。

北海道電力は、東京駅八重洲口に
「北海道フーディスト」という北海道の特産品を扱う店を
開設しており、その実績が買われた模様です。

また、丸井今井の経営状態が悪く、
資産が時価評価された場合、債務超過に転落する見込みである
ことも影響したようです。

今下期には、運営者の交代が実施されそうです。
商品の入れ替わりが相当ありそうです。

開く コメント(0)

物産展での仕入形態についての話の続きです。
http://blogs.yahoo.co.jp/naha78ryu9ishigan10/6647359.html
では、買取仕入せざるをえない理由を見てみましょう。

1.百貨店が出店者に対して力が弱い。
先の記事でも述べたとおり、出店者にはそれなりのリスクが付きまといます。
人件費、交通費、宿泊費などです。そのため、強気な出店者は最初から
買取仕入の取引のみ応じる、というスタンスで臨むことがあります。
もちろん、消化仕入でも一定の売上があれば、利益はむしろ増大するのですが、
このような出店者は、買取仕入の原価率も極めて高く設定されているのです。
万が一消化仕入に応じたとしても、交通費、宿泊費を百貨店に負担するように
求めることでしょう。
例えば…(書いていいのかすごく躊躇してしまいますが)
北海道の六花亭とかですね。

2.出店者が物理的に出店できない。
物産展の商品は、質が良くて売れるものであっても、
その製造者が家族経営で余分な人員を抱えていない、
ということがしばしばみられます。
そのような場合、地元を閉めてくるわけにはいかず、
買取仕入せざるを得ないのです。

3.物産展に不可欠な商品・ブランドである。
マーケットが小さく殆ど売れないのですが、物産展である以上、
その商品がないと格好がつかない商品というのも存在します。
そうした商品は、出店してもらっても経費的に見合うわけはなく、
百貨店も、売れない商品のために出店者のスペースを確保するのは
面積効率(売上や利益を販売する面積で割ったもの)が落ちるだけですから、
単品で小さなスペースで販売した方が得策なのです。
珍味・銘菓類が該当します。九州物産展でみかける
長崎の松浦漬という鯨の軟骨の粕漬けなども
マニアックすぎる商品なのですが、それほど売れるものではないので
買取で数量限定で仕入れられたりします。

4.販売価格を押さえたい。
消化仕入の場合にはさまざまな経費がかかるため、原価率は高くなります。
すると、商品の値引きの余地は小さくなります。
しかし、商品によっては、集客のために販売価格を下げて販売することがあります。
その値引きの原資を確保するために、(消化と比較して)
比較的原価が低くなる買取で仕入することもあるのです。

こうして、二つの形態で物産展の商品は仕入れられるのですが、
それなりの理由があって仕入方法が選択されるわけです。

では、最後に知っておいて得する情報を一つ。
百貨店は、そもそもの成立の起源が「正札販売」にあります。
つまり、それまでは「相対取引」で店と客がその場で
価格を交渉していたのです。

それを、値札を表示して定価を定めて販売したのが
三井越後屋呉服店です。そう今の三越ですね。
その経緯から、(制度化されたものを除いて)
百貨店は値引きやオマケはしてくれません。

ですから、百貨店が買取仕入している(百貨店が販売している)商品は
値引きしてくれません。
ところが、消化仕入の商品は、意外とその場で交渉すると
色をつけてくれるのです。値引きだったり、計量販売の場合
多めに入れてくれたり…。

一番多いパターンはまとめ買いすると安くしてくれるパターンですね。
380円のものが、3パックで1000円とか。
ただし、まれにそれを織り込んで単品の値段を吊り上げている輩も
いるので要注意ではあります。

開く コメント(0)

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事