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占いは都合のいい部分だけ信じて自分を鼓舞するためだけに見ますが。不思議とこうあたってるんだよね。テンションと。方向が。実際にこんなんじゃ書けないな、とも思っているし、ちょっと手を動かして苦しい思いもした方がいいんだろうな、とも思って来たし。やっぱり書きたいから教えてもらいたい、とも思っているし。自分で書いて自分で読んでみてさ、面白くなさすぎて白目。仲間が欲しいとも思ったし。駅伝じゃないけど、道のりが長そうで。天才でもないし、ストイックな努力家でもないし、いたって普通な自分だけど、なんなら不真面目の極みだけど。誰かがいて、一緒に進んでいければ、なりたい自分とかやれることをやる自分に近づける。何かを成し遂げるには多くの人が関わっているのよ世の中は。大体のことは。自分の時間を確保して愛する人と一緒にいれて、尚且つ、人に指摘されても受け入れて次に進める自分になれる、ちゃんと正当な方向に進むための方法がそれなら、それが理想。輝かしくて眩しくてあこがれ、じゃなくたって、それが理想だよね。地味な理想だけど、美学はあるよ。2年前に捨てると言い放ったけど、ひょこひょこ拾いに帰って来たよ。日に日に刻々と死に近づいているなんて考え方あんまり出来ないけど、年老いた自分が嫌な奴であって欲しくないし間抜けな奴であってほしくない。キョロキョロしながら拾いに来てる自分は間抜けではない。絶対ここに帰ってくるんだから、ただいま。結局地味な理想に気づいたとしても、ただいま、は結局ここなんだから。ノートだってメールメモだって、結局書き残しておきたいほんとうに大切だと思うことは変わらないんだから。わたしにとってのまたここか、が誰かの、気付きになれば別にいいのかも。どうせ書くことが、他の人の目にも触れたら、文字が報われるわ、紙が報われるわ、電力が報われるわ。気付きがある文章とか品が作られたらなんだっていいの、読んでから時間の無駄だと思うほどの本やネットの配信がたくさんあるのだから、それよりはマシ。あなたがあなたらしくあって、生きて前に進んでいれば、わたしは長い目でそれを応援するし、次を待つよ、人生を使って。理想はゆるくなったというよりも、今のわたしに気づいただけ。わたしはまだまだ未熟者で一歩歩くときでさえ他の助けが必要なんだと知っただけ、気づいただけ。世の中に向けてかっこつけてる方がとてもダサい。どんなにキレキレだったとしても終わって仕舞えば終わりなの。それよりも馬鹿な方が理想的。互いに背筋が伸びるよう見えるところにいましょうよ。横になれば楽だけど、そろそろその類も飽きてきた。空に手を伸ばすより、背比べに参加ずる。まず列に並ぶ。しゃんとして、そこに立っていろ。仕方ない。不真面目で馬鹿なんだから。そういえば、廊下にも立たされたし、教室の後ろにも正座させられていたっけね。背筋を伸ばして、つま先立ちもやめなさい。どんどん丸くなって図太くなってどっかが尖っていっているような気がしてる。しっぽかしら。カラダに外から刻まなくたって飾らなくたって内側から吸収して蓄えたら生えちゃって。外側に外にわたしがあなたが漏れていく、姿形が成って行く。流れていく日常の思考回路より、わたしはこうゆうことでいいのかな。もともとわたしはこんなだったし、いつまでたっても結局こんな。歳をとっても青臭くてセンスのない歌い手を見るのは嫌い。でもわたし、歳をとっても破裂しそうな役者は好き。どうゆうことよ。色々やって歳も食ってそれでも馬鹿なら本当に手のつけられない馬鹿なのよ。そうしたらやればいいと思ってきた。それこそ人生は一度きりだからね。わたしはまだまだ破滅しない。
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◇意識
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いつも持っている意識。ポジティブな方。詩の形や表現はこだわっていないのですが、生きる力になったら幸いです。
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漠然とした不安や怒りの発散が出来なくなって、実質的な問題に立ち向かっていくしかなくなってしまうんだろう。あからさまに一般のしあわせをつかんで、(しあわせなのかどうなのか、何かひとつでも、掴んで安心してしまうってのが要)衰退している人たち をみるとね、やっぱりそこでふるいがかけられると思うよ。歌いたいことがなくなったなんて、はっきり言えてしまうのはさ、出どころが純粋すぎてしまうから。若さゆえの勢いが自己提示欲から生まれていたから。みんなが終えて、やめていくのは、そうゆう事なんだろうなあ。子どもがアイドルや野球選手になりたいと口を揃えて言うのと同じ。そのちょっと先にある話しと同じ。それを夢と言い当てて、夢を諦めた、とか言う人もいるね。熱意が冷めてしまったとか。得意で楽しいことはきっとやるべきなんだろうけど。(子どもの夢の正体を本当は、もっと具体的な手立てで、解決するべきなんだろうな。おそらく。だけど大抵の人は、親も子どもも気が付かない。頭の良い人は気付くのかしら。)やりつづけている人は、仕事でサービスで。熱意の維持には努力とコントロールが必要。ふるいがかけられても残っている人、というよりは、ふるいにかけられてやっと見えた人、なのかな。
とか思っていみた今朝。 この前、電車のドアに貼られている 本谷有希子のどや顔と目が合って、 なんか元気になってひとりで笑った |
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何がしたいって、切り取って、残したい、みんながみんな、残せないもの、掴めないもの、見えていないもの、忘れてしまったもの、そうゆうささやかな光や愛の美しさを、悲しみまで含んだ希望も、気持ちを、時間を、消えてしまう、目にうつらない、写真にも出来ない、それを、心と時を、認めて、残して、肯定する、悲しみとさみしさとを肯定し、若さとあおさを肯定し、女であり、乙女であり、少女少年であることを肯定し、とどめて、切りとって、誰かにみせたい、それらを必要としている人に渡したい、原型として、0からの1として、始まりでもいいから、きっかけでもいいから、そんな一つが、心が動く、一つが出来ればいいなぁと思うし、そうしたい。
私が出来るのは、文字で書きとめること。詩人じゃなくていい。時をとめて、感情をひらいてのぞきみて、公開、公開処刑、解剖実験、何でもいいけど、面白くいたい。生きてるんだもん。死を選べないんだもん。誰かと生きていくから、だから、楽しくいたいもん、笑いたいもん、本当の意味で。自分で人生を選んで行きたい。人をしあわせな気持ちにさせたい、そうじゃなくても、せめて、死を選択しないように優しくありたい。優しくありたい。戦争も自殺もしなくていいように、優しく強く、私は書いていたい。死なないで欲しい。
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インスタ、すごく綺麗なんだけど、海外の背景アプリにありそうな、いいカメラで、丁寧に撮影されていて、繊細で、かつ、色が濃い、サンプル画像みたいな景色、そんなの見たくないの、もっと、その人らしいのが見たいの、人が出ちゃうようなものがいいの、空でも、海でも、花でも、川でも、動物でも、そんな写真みたいな詩が書きたいの、踊っているあの人の、感じ方と、考え方と、やり方が好きなの、ここは、こうする、絶対的にそう思うから、やる、絶対的に自分を信じられる人。映像でも、本でも、絵でも、音でも、グッとくるのは一瞬なんだ、一秒なんだ、一行なんだ、一角なんだ、それを掴める人で居たいんだ。
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白と黒。
善と悪。 真実と嘘。 とか、そんなものに囚われていたけど、 なんだか、その考えこそが狭いと思えるようになってきた。遅い? 仕方ない。お子ちゃまだから。ピュアだから。笑 本が両側に開くもんだと思っていたら、 実は縦方向にも開くのかもしれない的な!そこは白でも黒でも真実でも嘘でも善でも悪でも無くて、ただ大っぴらになってないで、ま、始まった時から居るんでるよ。って。その存在が何なんだかイマイチ分からないけど。 モノクロの向こう側。相変わらず、社会は怖いし、人は優しいし、いたたまれないなら、せめて面白く在ります。キレイでいます。女だし。 |



