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第1次サイクリングブームは短期間に終わってしまい昭和39年の東京オリンピックが引き金になり第2次サイクリングブームが始まった。
指導員講習会風景(昭和40年)
JCAが設立され各地でサイクリング普及のため指導員を育成した。
1日目は講習会を受講し、その後筆記試験があった。合格者(全員合格)は翌日実技試験があった。地図を渡されて走行距離100km、標高差700mを完走すると指導員の資格が授与された。
(資格証書はどこにいったのか、今となってはもう何の価値もないのでいいや)
サイクリング風景(昭和42年)
マスプロ車が軽快車を売り出しブームが広がった。ブレーキがロッド式からワイヤーに、変速は後ろ3段の内装または外装が主流、ハンドルはアップライト気味であったが悪ガキどもはひっくり返してセミドロップにして乗っていた。
テレビのCMで「自転車はブリジストン、僕の自転車ブリジストン」というのがあったが買ってもらえないガキどもは「自転車はブリジストン、隣りの自転車ブリジストン」と歌っていたことを思い出す。
(写真はSCC50年史より)
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2014年12月09日
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