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故郷に帰ると必ず朝の散歩を欠かしません。今回も早く起きて涼しいうちにデジカメを持って散歩に出かけました。
そこでバナナを発見。
バナナは熱帯地方ではよく見かける植物ですが日本で見たことはありませんでした。熱帯植物のバナナは夏に植えたとしても冬の寒さで枯れてしまいますので実を付けることは考えられません。
ところがあったのです。
斜面に横向きにバナナが実を付けていました。間違いありません。
たくさんの房を付けた3段のバナナです。まだ黄色にはなっていません。
{ナイロビではシャンバ(スワヒリ語で現地の庭師:家を借りる場合庭が1000坪位あるのが普通なので庭の維持に雇う現地の人)は庭のバナナをナイフで房のまま切ってきて使用人部屋の天井に吊しておき黄色くなるのを待っていました。木に付いたままでは黄色くならないと彼らは言っていましたが事実は知りません。}
青い房の下には花も見られます。普通はこの様な房が連続しているものですが何かの原因で受精できなかったのでしょう。
ところでバナナにはなぜ種子が無いのでしょうか。種子が無いので繁殖には根本に出てくる新芽を取って植えるしかありません。バナナは3倍体なので種子はできませんが神様の恵みでしょうかその果実で貧しいアフリカの人々を飢えから救っています。
話が少し脱線しましたが宮崎は冬でもバナナが越冬できるほど温暖だということですね。
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故郷の風景
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私の故郷というか、生まれて小学校まで住んだ山の家(今は誰も住まない廃墟になっていますが)に行ってきました。その集落は合併、少子化などにより小学校、中学校は廃校になり、住んでいるのは老人のみでしたが、その方達も施設に入られてもう誰もいない集落となっていました。九州山脈の深い山の中が私の故郷です。
こんな山の中にも林道があり舗装されています。でも今はイノシシや鹿の道になっていました。車で林道に入って行くと必ず鹿に出会います。イノシシは夜行性なので出会うことはあまりありませんが。
宮崎県の当地ではユズの栽培を奨励していました。農協が音頭をとって各農家にユズ栽培を奨励し、集荷場をつくり、果実をまとめて出荷していました。
冬になると誰もいなくなった集落にユズだけが黄色く色づいて寂しそうに木枯らしに吹かれてゆれているのが見られます。
鹿にとってユズの樹皮はご馳走なのでしょうか至るところで樹皮が食べられていました。
ひどい状態です。木は樹皮が水分や栄養を運ぶ動脈の様なもので樹皮がなくなるとしばらくして木は弱り枯れてゆきます。
これから実ってゆくユズもこの様な状態では枯れるしかないでしょう。
私の小学校時代には鹿など見たこともありませんでした。山奥にいたのが集落へと下りてきたのでしょう。
そして次に廃校になった小学校に行ってみました。
校舎は残っていて入ることは可能でした。所々穴の開いた廊下を歩いて教室に入ると何かが突然飛び出してきました。一瞬びっくりして見るとコウモリの大群でした。人間の教室がコウモリの住み処になっていてこれも驚きでした。
この様な所が日本にはたくさんあるのでしょうね。
でも私にとっては誰も住んでいなくてもまた来たくなる思い出の多い故郷です。
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赤地鶏を放し飼いしていいる所を偶然に見つけました。場所は西都市の西都原、古墳群とコスモス畑を見に行った帰りでした。周囲を金網で囲いその中に小さな木を植えた鶏舎(?)の中を自由にエサを探していました。宮崎県の地鶏は東国原知事が絶賛するようにとても食感が良いのが特徴です。この様にして育てていることは知りませんでした。 |
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先日宮崎県西都市の実家に行ってきました。有名な西都原古墳群を見に西都原に行くとコスモスが満開でした。コスモスと古墳を見てきました。 |
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