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馬籠から妻籠の行く道で康申碑があるところに民宿「こうしんづか」があります。そこに現在では見ることのできないものが飾ってありました。
妻籠まで2.2Kmの所にこの様な石碑が建っています。
近くに民宿「こうしんづか」があります。現在も営業中のようでした。松本ナンバーの車が止まり観光客が入っていきました。
画面の左側、軒下に昔使われたのだろうと思われる駕籠が吊してあります。ここから馬籠までは登り坂ですので足の弱い人はお世話になったのでしょう。
この駕籠を担ぐ仕事の人たちもいたのでしょうね。馬籠や妻籠の人たちは旅人の荷物を運んだり駕籠を担いだりする仕事に従事する人が多かったと聞きました。
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夏
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夏の日差しの中ようやく妻籠に着きました。
妻籠には廃校になった妻籠小学校がありました。
かつてはたくさんの小学生が勉学に勤しんだのでしょう。そして巣立っていったのでしょう。
最近廃校になったのでしょうか、カーテンが閉まったままになっていました。
右側は給食のための建物でしょうか。正面は校舎の玄関でしょう。
鉄筋コンクリートでできた新しい校舎のようです。
そして「妻籠の子たち この地に 学ぶ」の石碑がありました。
そして、今では非常に珍しくなった二宮金次郎の像がありました。
今は苔むしていますが、この像を眺めながら将来に希望をもって勉学に励んだ子供達がいたんでしょうね。
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茶屋からひたすら下ります。その道脇にいろいろな花が咲いていました。
高山植物の一種「ニッコウキキスゲ」です。
これも秋に咲く、帰化植物「キダチコンギク」です。10年くらいには見られなかったのですが最近は何処にでも生えている花です。
この様に道の横に谷川が流れています。よく見るとイワナが泳いでいるのを見ることができます。釣り人はほとんど見ることはありませんが良い釣り場だと思っていつも歩いています。
毎日200人くらいの外国人のハイカーが訪れています(茶屋で統計を取っています)。写真のカップルはイタリアからの旅行者でした。一般的にここから名古屋を経由し高山、白川郷、金沢などを訪れる人たちが多いようでした。
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立場茶屋でお茶やお菓子をいただき一服し再び森林の中を下ります。
立場茶屋でボランテイアの方に聞いた話。この家の持ち主がまだ若いころ島崎藤村は馬籠の母上に会うために東京からたびたび帰省途中この家に立ち寄ったとのことでした。
藤村の「夜明け前」に「木曽はすべて山の中である」という文章が出てきますが、この道を歩くとその言葉通りだと感じました。
しばらくこの様な景色が続きます。また清流が流れていてよく見るとイワナが泳いでいるのも見ることができました。
また脇道に入らなければ行けませんが、男滝、女滝という滝もありました。
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馬籠峠からしばらく下ると無料で休める休憩所があります。英語で 「FREE REST HOUSE」という看板が掛かっています。ここで皆さんは休んでゆかれます。
庭には大きなしだれ桜があります。春先4月下旬から連休にかけて満開になりたくさんの人たちで賑わいます。
立場茶屋の看板です。
ここは妻籠宿と馬籠宿の中間で江戸時代まで旅人の休息の場所だったそうです。
最近、妻籠から馬籠(または馬籠から妻籠)がハイキングコースとして外国人旅行者にとても人気で昨年は2万人を超えたそうです。この休息所では毎日訪れた外国人の統計を取っていて多い日には200名を超えているとのことでした。
この写真は昨年11月のものですが、この様に日本人と外国からの旅行者の交歓の場所にもなっています。この休息所には妻籠観光協会からボランテイアの方が派遣されていて英語により接客されていてお茶やお菓子など出してもらいました。お茶代は各自気持ちだけ竹筒に入れることになっているようです。
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