暴力は本来、不条理なものです。
あの人はわがままな性格ですから、
わたしに落ち度がなくても叩かれることがあります。
頬を平手打ちされ、足蹴にされ、髪の毛をつかんで引きずられる。
土下座をして謝るわたしの頭を、容赦なく踏みつけられ
転がされて口の中に足の指をねじ込まれる。
そんな理不尽な行為を、わたしの肉体は、精神は、
心から待ち望んでいるのです。
肉体を痛めつけられ、プライドを踏みにじられるマゾヒズムの快楽。
暴力のあとは、愛撫が待っています。
「痛い目にあわせてすまなかったな。
おまえが魅力的だからいじめてしまうんだ」
心にもない言葉と、作為的な優しさであることはわかっています。
でも、わたしはあの人にすがりついてしまうのです。
こうして、痛みと快楽でわたしは手なづけられています。
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秘密8:49さん。
コメントありがとうございます。
痛みさえ性的な悦びになってしまうという現実。
わたしは、このところいつも欲情しています。
2012/3/26(月) 午後 8:15