相模湾 海から見る風景

ご訪問に感謝します。これからは、https://kamakurawake.blog.fc2.com/に移転しました

全体表示

[ リスト ]

海上安全安房口神社

海上安全安房口神社
 先日テレビで、房総半島安房の洲崎神社が、紹介されていた。阿波忌部氏が黒潮に乗って移住し、この地を開発したという。ここに大きな御神石が二つあったが、一つは東京湾を飛び越え、対岸の三浦半島の吉井というところに鎮座し安房口神社となったという。
これは、是非見てみたい。
調べてみると、神奈川県横須賀市吉井町に鎮座する安房口神社は確かに存在する。
 
御祭神 天太玉命(あめのふとたまのみこと)
創 建 磐座(いわくら)信仰という古い型を保っていて、三浦半島では最古の社ではないかといわれている。
 
イメージ 7
 神域は鬱蒼としたマテバシイの林に覆われ、手掘りで整備された参道は、いたるところに根っこが盛り上がり地面を這っている。二の鳥居を過ぎ、三の鳥居の先が平地になっている。
椎の大木の袂に鉄柵に囲まれた御神石があった。
 
イメージ 1
 
「祭神は天太玉命で、安房大神太玉命の御霊代として東国鎮護のためにこの場所に 飛んできたという伝説があります。
 また、直径40mほどの穴が安房の方角を向いているので安房口大神と尊称されるともいわれます。源頼朝・北条義時なども武運を祈って参拝した。
また、三浦一族が航海の神として信仰したと伝えられる。
安産の神としても信仰されており、北条政子も懐妊のおり、安産祈願に参拝したと云われています。」 と案内にあります。
 
イメージ 2
 
 房総半島先端の方角をGPS付きカメラの磁石で確認したが、凡そ南東方向に当たり、穴の面に一致する。
 
イメージ 3
 
 東方向の参道を進むと、急な階段が現れ、下には住宅街、その先に海が広がっていた。房総半島が微かに見える。
 
目の下には猿島がぽっかりと浮かぶ。方向は磁北よりやや西に傾いている。真北を指しているかもしれない。この猿島の位置は、重要な意味があるかもしれない。
猿島の真南にこの大きな石を置き、安房の洲崎神社に向けたとも考えられる。
 
イメージ 4
 
ところで、このマテバシイの植生を調べると
「マテバシイ(馬刀葉椎、全手葉椎)は、ブナ科の常緑高木である。
 分布 日本固有種で本州の房総半島の南端、紀伊半島、九州から南西諸島の温暖な沿岸地に自生。」とある。
 
房総半島の南端とこの御神石がやってきた場所を暗示していないか。
黒潮でつながった紀伊半島、九州と海人族がやってきた道筋ではないか。
 
イメージ 6
 
 安房地方の基層文化を研究している人の説によると、安房に渡来した海人族の風習は、九州福岡の布刈神事に似たメカリを伝えているという。
この海人族たちの信仰は、修験道と融合し各地に散っていったというのだ。
この石が飛んだという発想も、役の行者の空を飛ぶという修験道に通じるものを感じる。安房地方には、役の行者を追慕する良弁伝説が各所に残っているというから、修験道が、安房口神社の御神石の謎を解くカギになるかもしれない。
 
イメージ 5
 
 安房口神社付近には、前方後円墳大塚山古墳群がある、古墳時代後期の築造とされ、当時から栄えた豪族がいた。古東海道も山の麓を通っていた。ヤマトタケル伝説なども残る古代の文化が香る場所だということを強く意識される。
 
 幼子を連れた女性が、参詣していた。安産の祈りの黒い石がたくさん奉納されていたが、今も篤い信仰を集めているようだ。
航海の安全もお願いしてきたのは無論のことである。

閉じる コメント(14)

顔アイコン

茨城に息栖神社というのがありますが、千葉には海渡神社。ぼくにとって、房総一帯、相模湾一帯は海人系神社がとても多い。そういうものの総社として香取もあるのかと。

例の相模秦野の寒田地名ですが、水の湧く地名ですけれども、ぼくの先祖も祭祀=水と蛇に関わってきたのだとつくづく思います。

2014/8/30(土) 午後 6:53 [ - ] 返信する

顔アイコン

kawakatuさん やはり海人系でしたか。
住まいの近くに、自然崇拝、磐座信仰の原型が残っていたのには驚きました。

海のもののふ三浦一族が、大切にしていたことが残ったことと大きく関係すると思います。

松田の寒田神社は水と大いに関係するでしょうね。

2014/8/30(土) 午後 7:21 sagami_wan 返信する

時々友人宅に行くときこの前を通っていましたが、こんな歴史があるとは知りませんでした!

探し出してしまうsagami_wanさん凄い!
(≧▽≦)
地元史勉強になります♪

2014/8/30(土) 午後 8:00 [ 鯨丸 ] 返信する

顔アイコン

鯨さん こんな歴史が埋もれていたことに驚きました。
石が飛んできたというと、その先のことに興味を持たなかったのですが、もっと深い意味があったのですね。

それを大事にしてきた地元の人たちの見識には頭が下がります。
猿島は山建てやってますね。

2014/8/30(土) 午後 9:25 sagami_wan 返信する

顔アイコン

稲作が定着するまでの主食は西はドングリ(椎)、東はトチであり、ドングリの植生が黒潮に関連するのは明白です。
縄文文化は1万年、その後は現在まで僅か2千年しかないのですから、DNAに刻まれた海流への畏敬の念は色々な形で残されてますね。

2014/8/30(土) 午後 9:31 bevel_t 返信する

顔アイコン

べべさん 照葉樹林文化ですね。水田稲作が始まっても、ドングリは非常食としても大事にされていたのでしょうね。
それと繁茂するのも容易いでしょう。

「海流への畏敬の念」納得の言葉です。

2014/8/30(土) 午後 10:12 sagami_wan 返信する

顔アイコン

読みやすくなりましたね。

2014/8/31(日) 午後 0:06 [ - ] 返信する

顔アイコン

kawakatuさん 読みやすくなりましたか。
表示がおかしかったのでしょうね。
中身が読みやすくなるともっといいですね。

2014/8/31(日) 午後 3:02 sagami_wan 返信する

顔アイコン

横須賀ロランさん ナイス!ありがとうございます。横須賀の古代も面白そうですね。

2014/8/31(日) 午後 3:02 sagami_wan 返信する

顔アイコン

kawantyuさん いつもナイスありがとうございます。

2014/8/31(日) 午後 3:04 sagami_wan 返信する

こんにちは。
凄い樹の根っこですね。
マテバシイのドングリは、食べても美味しい種類みたいですね。
コナラ等の落葉樹のドングリは、渋味があるそうです。

植生の違いを感じると、謎解きに繋がる事って多いですよね。
こちらだと常緑樹の北限付近なので、昔から生えてる所を見かけると、なんらかの歴史ある場所な事多いです (^_^)

2014/8/31(日) 午後 5:07 [ kawantyu ] 返信する

顔アイコン

kawantyuさん この木の根っこは不気味ですね。子供の頃よく足を取られました。この木の特性ですね。

飢饉のときは、炒って食べていたのでしょうね。旧家の屋敷林にも見かけます。植生には意味があるのだと思います。
歴史のあるところにマテバシイありですね。

2014/8/31(日) 午後 5:47 sagami_wan 返信する

顔アイコン

しずくさん ナイス! ありがとうございます。

2014/9/1(月) 午後 6:21 sagami_wan 返信する

顔アイコン

いそいそさん ナイス!ありがとうございます。

2014/9/2(火) 午前 6:00 sagami_wan 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事