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良弁僧正物語最終

良弁僧正物語最終⑥
――その後の良弁一族――
 
8.その後の漆部直一族
 奈良時代の鎌倉に「由井の長者」と呼ばれる染谷太郎太夫時忠という謎の人物がいます。実はこの人物が、宿禰になった漆部直伊波そのものだったのです。そう良弁僧正の弟の東国任地での姿だったのです。
「長者染谷太郎大夫時忠の愛児が3歳の時に鷲にさらわれ、探し求めても見つからなかった。父母の悲痛は大変なもので、散らばった骨片や肉の塊があると『これが我が子の骨か、あれが我が子の肉か』と思い、その場所に塔を立てて供養し冥福をいのった。」という逸話があります。

イメージ 2

仮にも良弁の父が、中央官人だとしたら、鷲にさらわれた伝承など生まれるだろうか。東六か国惣追捕使となれば、中央官人そのもの、考えられない話だろう。
これは、漆部伊波の中央官人としての活躍と良弁僧正の父という成功伝説を結び付けただけだろう。また良弁の出自の中で明確な父親像が浮かんで来るはずだ。
大出世した伊波の話を父親とした作り話とみてよいだろう。
「漆」の略字「(しつ)」を「染」と写し間違えた説は説得力がある。
 染谷太郎太夫時忠と漆部直伊波は、同一人物とみてよさそうだ。
この一族も他の豪族同様平安時代中期には没落していきますが、一族のその後も追ってみましょう。
平安時代の前期まで、漆部直一族の末裔が、続日本紀に名を遺すほどの繁栄を見ましたが、他の豪族と同様、10世紀には没落していきます。
 イメージ 1

10世紀の古代集落の終焉の主たる要因は、在地領主層であった郡司層の没落によって、支配のくびきを離れた住民の自立しようとする欲望、有力農民の台頭などによる農民呼び込みであったといわれる。地域内での移住を繰り返していたと考えられている。(秦野市史)
 
鎌倉の神社宮司家で最も古い家系の小坂家は、永保年中(1081-1083)年以来の宮司家です。
小坂氏は、苗字のほかに古代の氏姓制度の部民の漆部(ヌリベ)氏を名乗り、伝えています。
相模国の漆部氏といえば、奈良時代に国造に任じられた相模宿禰がいます。漆部伊波の家系です。
当時の国造は、いわゆる「律令国造」と言われ、律令以前のその土地の豪族ではなく、神祇祭祀を掌ったと言われます。
同一国内の同じ漆部氏を名乗り、しかも同じ職業神職とあれば、真っ先に、「宿禰となった漆部伊波一族の命脈がこの八雲神社漆部家に残り、この宮司家を継承してきた」と思い浮かびます。漆部氏は、当初漆の職掌を表し、伊波に至って、祭祀を掌ったのです。
 
 
義光が、祭祀を掌る神職を関東まで伴ったとは、考えられません。後三年の役で、兄義家が苦戦と聞き、駆けつけた義光にはそんな余裕はありません。
  現地相模の神職だった八雲神社宮司の先祖漆部氏を、真っ先に指名した可能性が高いのです。そこで新たな神社を創建する余裕が、義光にあったのかということになります。
漆部氏小坂氏が、八雲神社の神主に就く永保年中平安時代の末期までの空白の百数十年は、まさに律令制度の崩壊し混乱期の真っ只中でした。
この間の漆部宿禰伊波は、相模国で神祇祭祀関係に深く従事していたことが明らかになっています。その後裔たちも神社に関わりながら漂泊していたと推定しました。
相模国の古社との強い関係が続いていたと見たほうが良いと思えます。
 
たとえば、鎌倉最古の神社・甘縄神明神社は、漆部直伊波(後の名を染屋太郎大夫時忠)により創建されています。屋敷跡が由比ヶ浜にあったそうです。
 また大住郡の式内社三宮比比多神社は、『新編相模国風土記稿』に記述されている、当社社頭の梵鐘(現存せず、戦時供出により失った)の銘文にあった、「天平年中鎌倉鎮将の染屋太郎大夫時忠の霊を祀った」との記述があります。
 
平安時代の鎌倉
五味文彦・馬場和雄編『中世都市鎌倉の実像と境界』の中の「中世都市鎌倉成立前史」で平安時代の鎌倉の様子を見てみましょう。
「平安時代末期の鎌倉は、意外に通説よりも多くの人の往来する場であったと考える。というのも、鎌倉中心部には、四つの都市神に周囲を守られるような集住形態が頼朝入部までに存在していた、とみられるからである。」
 
イメージ 3平安時代までの旧体制が崩壊していく中でも神社の神職の世襲は、比較的安定して続いていたようです。
そこで、大町八雲神社は、永保年中以前からこの地の鎮守として、出雲神族の櫛稲田姫を守っていたと想定しました。
その後義光が京都の祇園社を勧請するに従い、主従の関係を結んだのかもしれません。
新しく神社を建立したのではなく、既存の祭神櫛稲田姫神を祀る神社に素戔嗚命を夫婦神として祀り、祇園社を勧請した思われるのです。
 
大町八雲神社の近くに1063年源頼義が前九年の役で東北に赴く際、石清水八幡宮を勧請して「元八幡」をお祀りしています。また兄義家は、永保元年修復します。
八雲神社は、そこから300m程内陸部に上がった既存集落の中にあります。古い集落の中に新たに神社を創建した場合、結果的にせよ父勧請社を村落外に押し出すことになります。櫛稲田姫に素戔嗚命を添わせ、祇園社を勧請したのであれば、村人だけでなく誰もが納得するでしょう。兄義家も修復で済ませているのです。義光もそれに倣い、既存の神社に祇園社を勧請したのです。
八幡神は、源氏の守り神ゆえ、その後源頼朝は、この元八幡を小林郷北山に遷座し、八幡宮を中心に街づくりを行ったのです。
 
最後に
以上良弁僧正一族は出雲族であったという仮説を立て述べてきましたが、出雲族と解することが、良弁をよりよく理解できる手助けになったと思います。
「諸国の国分寺の総本山として東大寺を建立し大仏を造立する」ことで東大寺を中心として日本をまとめ上げていく。そこには、仏神の新たな姿、出雲も大和も融合した一つの日本の進む方向性を示す良弁がいました。

 またそれを支えた弟伊波の近代的な商人を思わせる縦横無尽に駆け巡るダイナミックな姿、両者の絶妙な協力体制も見事でした。10世紀の混乱期を乗り越えた末裔たちの姿も見えてきたように思います。

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今、記紀神話の絡みで国造本記や天神本記を読んでますが、その中で、相武の国造初代は「武刺国造の祖 伊勢津彦命の三世孫弟武彦命」とあります。初代国造の遠祖 伊勢津彦は別名、出雲建子で大国主の子です。建御名方と同一神という説もありますが、いずれにしても出雲神ですね。相武国造の血をひくのは壬生市or漆部氏と云われてます。国造本記の作者に云わせると、相武国造は出雲の出となるわけです。
前の稿で、伊波や良弁の実移住時代が680年頃とあったように思います。国造本記は怪しい文書ですが、信用すれば、すでに相武に漆部一族は居たところへ伊波や良弁は同族を頼って入植したことになりますか。それとも実態は、彼らの入植が相武での漆部氏の系譜の始まりとなるんでしょうか?

2019/3/2(土) 午前 4:11 形名 返信する

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形名さん おはようございます。伊勢津彦命の系譜となっていることは承知しています。相武国造は漆部氏または壬生氏となっています。壬生氏の痕跡は色濃いのですが、漆部氏については、律令国造としての伊波の扱いに困っている表記に感じました。また賑給歴帳に搭載されている日置部臣や丈部臣など有力氏族の東国での色濃い分布と比べても、漆部の臭いが希薄であることが気になりました。漆部の相武国での伊勢津彦系譜に確信が持てないのです。そこで、8世の孫の扱いを、出雲時代なのかもしれないという前提を持ちつつ、あえてその先の系譜には触れなかったのです。今回は、680年以降の東国への移住と捉え、良弁と弟伊波に焦点を当てました。出雲族である点と伊波のキャラの立った性格や近代的商業活動を中心に描いたのです。伊勢津彦系譜よりにも、良弁の目指したものが、よく理解できると考えたわけです。

2019/3/2(土) 午前 9:21 sagami_wan 返信する

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こんにちは、
突然、ハナシは異なりますが、ヤフブログは今年の12月半ばでヤフが止めるそうです、(ギョ!)
さらに、全く別の話題ですが、今年の箱根早川は、3/3日解禁しました。晴れ間のあった3/5日に釣行しましたが、型ナシ。連日あいにくの降雨と水温低下で釣果は絶不調の模様。漁協も「こんな年は初めて」とアタマ抱えています。春よ来い、早く来い、ですね。
以上、近隣からの状況でした。

2019/3/6(水) 午後 5:49 [ s*g**an* ] 返信する

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s*g**an*さん そうなんです。ヤフーブログは終了です、今後の身の振り方を考えています。若者がすなるブログというものをと教えられ始めて10年目です。
渓流釣りは季節を感じていいですね、ネコヤナギも銀色に芽吹くころの沢歩きが大好きです。それにしてもお元気ですね。
水温低下は、2月が寒かったせいでしょうね。

2019/3/6(水) 午後 6:48 sagami_wan 返信する

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