熟年設計者のたわ言

この頃考える若かりし設計者時代のことごと等を、 特に生産用の型・設備(一品一様設計)を主体に書いてみます

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時の移り変わりは早いもので、桜が終わったと思ったらもうツツジが咲きだしました。
ツツジの咲く部分は上の段と下の段に別れていますが、下の段の開花がかなり進みました。
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ツツジの赤と若葉の緑とのコントラストが何とも言えません。

上の写真は東側から見たところ。
南側から見ると・・・・・・下のようになります。
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名残の桜と、縁取りのように咲くツツジです。チョッピリ違う季節どおしが同居しています。

開花の進んだところをアップで写しました。
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私が小さい頃は戦後まもなく、甘いものなどほぼ皆無、薩摩芋が甘いものの代表格、リンゴなど丸ごとかじることなどはなく、病気になるとすりおろしたものが母が出してくれたものです。
バナナなどは超高級品でした。
まして甘いお菓子などもありません。森永のミルクキャラメルとかサイコロキャラメルなどが出だしたのはもう少し世の中で落ち着いたころだったと思います。

そんななかで近所のお姉さんがこのツツジの花を引き抜いて根元の所を吸うと甘いことを教えてくれました。蝶々やアリさんはずいぶん贅沢をしているんだな〜〜〜思ったものでした。
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どう考えても、5.7.5になりません、これでは完全に散文ですね。
ま、自由律俳句もあるのだから、ま、いいか・・・。そのうち別の表現が見つかるでしょう。

「たわ言」
幼少期の甘いものの思い出はもう一つあります。近所に戦災孤児の施設があり米兵が慰問に来ることがありました。
トラックに乗った兵隊さんがトラックからチョコレートをばらまくのです。地面に落ちたそのチョコレートを拾って食べたことがありますが、その甘さにびっくりしたと同時に、地べたに落とされたものを拾った情けなさ、そして物をめぐんでもらった悔しさが不思議な甘さになって口の中に広がったことを覚えています。
帰宅しても母には黙っていたのですが、とっくに承知していたようで、「みっともない真似をするんじゃありません」とこっぴどく叱られたこととともに思い出します。

戦後のことを書いた写真集などに米兵の周りにまとわりつく子供たちの写真が載っていますが、いまだに目をそらしています。

そんなこんなでツツジ→甘いもの→チョコレート→米兵の乗るトラック→地べたにかがむ自分、という画像が連鎖的に流れます、これをトラウマと言うのでしょうか〜〜〜笑

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トラウマでしょうね。
私が体験したら、やはり拾ってでも食べただろうと思います、そして子供ながらに自己嫌悪に陥っただろうな…

直さんの句、変調で素敵です!
背景のツツジが鮮やかですね。

2019/4/20(土) 午後 4:37 星の砂

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世の中に破調句というものが存在しておりますが、初心のうちは、きちんと定型句(五七五)をマスターされるよう、おすすめいたします。

破調句は、それからでも遅くはありません。

2019/4/20(土) 午後 9:44 [ hai***** ]

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> 星の砂さん
まさにトラウマだと思います。
ツツジの甘さも小さい頃の思い出です。

2019/4/21(日) 午前 5:13 直さん

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> hai*****さん
ご指導ありがとうございます。

2019/4/21(日) 午前 5:13 直さん

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アメリカのチョコレートで思い出しました。

「パパママピカドンデハングリイハングリイ」

吾妻山美しいですねー。

2019/4/21(日) 午後 5:01 [ 笑み ]

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> 笑みさん
私達は「ギブミ―チョコレート」でした。まっとうでしょ!笑
そのトラウマで英語も嫌い・・・・・・笑

2019/4/21(日) 午後 8:54 直さん


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