熟年設計者のたわ言

この頃考える若かりし設計者時代のことごと等を、 特に生産用の型・設備(一品一様設計)を主体に書いてみます

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おしろい花にポツリポツリと黒い種ができ始めました。
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黒くて固い皮に包まれています。触るとポロッとこぼれおちます。
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子供の時にこれを良く割ってみたものですので、昔を思い出して割ってみました。
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小さい頃、この白い部分をお互いの鼻の頭に塗りあって、きゃはきゃは笑いあったものです。

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たった一個の種で、60数年前の幼き日がよみがえるのですね。
私は幼稚園のころでした、近所の「としえちゃん」という子が我々小さな子の面倒を見てくれていました。
小学生になると男の子の遊びと女の子の遊びは異なってきます。その頃はこのとしえちゃんのお兄さん「きよしちゃん」が遊んでくれました。お父さんが大工さんのせいでしょうか、ノコギリ、小刀を起用につかって、竹トンボなどの作り方も習いました。
模型飛行機なども難しい細工の部分になるときよしちゃんのところに駆け込んだものです。笑

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童話の一部をアップ

童話を書こう書こうとおもいながら、ちっとも進みません。
先日無為庵さんは「蚊と民主主義」というブログをアップされ、これはこれから書こうとする小説の構想なのでそうです。なるほどこういう作戦もあるなと思って、私も童話の構想をすこし具体的に表現し、ブログにアップしてみようと思い立ちました。

童話は見開きの左側が本文で、これはせいぜい10行ほどの文面とする予定です。右側は読み聞かせる大人のためのページです。童話のモチーフの解説で、お母さんなどが、話を付け加えたり、またモチーフに使った場所を散歩することができるようにしようとたくらんでみました。
その右ページの下書きをアップしてみます。

物語は主人公一家がナウマンゾウを追いかけて我が町にやってきたのですが、誤って赤ちゃん象をつれた母親のナウマン象を殺してしまいました。この小象が大きくなるまで一家はこの町に留まったというところから始まります。

(図は大きくなります)
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主人公のお父さんは道具つくりが上手で、最初はナウマンゾウの牙で釣り針をつくっていました。
その釣り針を、その他の石器に材料になる黒曜石などと交換しに出かけます。
縄文初期の広域交流の様子を描きます。

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この地域が温暖なことが知れるにつれ、村にはだんだん人々が定着するようになります。
村には盲目のお姉さんがいて、子供たちに歌を聞かせながら子守をしています。
これは小児麻痺と言う障害を持って人が成人になるまで育ったという人骨が発見されてことを参考にして、お互いに助け合う縄文時代というイメージを描きたいと思っています。
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時代は弥生時代にはいり稲作技術が入ってきます。
となり町大磯には出雲出身の柳田氏という一族が住み着くようになりました。
相模の国の総社六所神社の祭神はクシナダヒメ(櫛稲田姫)というヤマタノオロチからスサノオに命を救われた初期の出雲族です、彼らが関東にどうやってやってきたかを示してみました。
出雲系神社の伝承などから日本海側から二つのルートで関東に下ったきたと思われます。

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小田原には中里遺跡という弥生時代に遺跡がありますが、これはどうやら縄文人と弥生人が同じ場所に住んでたらしいのです。
この箱根の東、神奈川西部地区は、その後も鴨宮には賀茂氏、秦野には秦氏、大磯高麗地区には高麗人がやってきて縄文人、弥生人、その後の渡来人などが仲良く暮らしていった地域でもあります。このようなことも書き連ねるとつもりです。
争いを好まず「いずれ明年まで・・・」と問題を先送りする国府祭の神事:座問答も紹介しようと思っています。

我が町にはヤマトタケルに同行して走水で命をたった、オトタチバナ姫の伝承があります。
流れとついた櫛を祀った吾妻神社、吾妻山、同じく流れついた着物の袖を埋めた梅沢(埋沢)、袖が流れ着いて海岸は袖が浦などです。
ヤマトタケルは東征と呼ばれ大和朝廷に歯向かう人を征伐しながら北進したと言われていますが、その規模は軍団と呼ばれるほど大きくなく、足跡をたどると神奈川では砂鉄の取れる地域をめぐって房総にわかっています。この房総半島も古くから砂鉄が採れています。
そのように考えると先行して関東に進出した人々の慰労、また地域の産鉄民との情報交換のための旅だろうと想定しました。
主人公のお父さんのこの頃は鍛冶職人になっていたので、技術・技能の情報を交換したのだろうと思います。
為政者が叫ぶ東征などという勇ましい言葉にだまされてていけないという思いも込めました。

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時代はちょっと飛びますが、防人の話です。
主人公のお父さんは鍛冶職人になっていて、木こりの人の道具、稲作をする人の道具をつくってていますが武器はつくりませんでした。
ただ村の若者が防人として西国に行くことになったので、護身用として短刀を鍛えて手渡し送り出したという話にします。
読み聞かさをするお母さんがたに対する防人の解説文章です。

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いままでにできた部分をアップしました。今後も頑張ります!!!!。笑

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裏山に野萱草(のかんぞう)の花が咲いていました。
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萱(茅)の草とういくらいですので、野山に生えていそうな名前ですね。
実は季語を確認していたらこの花、古くは「忘れ草」と言われていたそうで、匂いや姿が世の憂いを取り去ってくれるようなので、忘れ草と呼ばれたのだそうです。
万葉集にも数々あり、大伴旅人が大宰府に在って、故郷への慕情を断ち切りたいとの心情を詠んだ歌に、『忘れ草わが紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため』というのがあるそうです。

なかなか一見派手なようで素朴な感じのする花ですよね。万葉人も詠んだのか〜〜〜。
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なんとか、五.七.五をと思ったものの萱草でも忘れ草でも出てきません。
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蕊を見ると、みんな太陽の方に向かって背伸びしてるようです。
園児たちが、園庭の柵に並んで先にかえる友達に「○○ちゃんさよなら〜〜」と叫んでいる風でもあります。
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そうそう野萱草に出会う前に藪萱草も見かけました。でもちょっと遠くてうまく写せませんでした。
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こちらの花は八重なんです。

「たわ言」
花の名前にはとんと興味がなく、何度聞いてもすぐ忘れるので家内にあきれ返られているのですが、、この野萱草、藪萱草、忘れ草はそれこそ忘れない気がします。歳時記の効用ともいえます。

「ついでの写真」
萱草は夏の季語ですが、これを見てさらに山道を下ったら、黄花秋桜(こすもす)が咲いていました。秋桜は秋の季語です。
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最近、この黄色い秋桜が増殖しているようです。
ここは果樹公園の一角ですので手入れして育てているようです。

手前に黄色い小さな花を密集させて植えてありました。名前はわかりません。笑
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さらに下ると黄花秋桜のなかに普通のピンクの秋桜が咲いていました。
個人的には、このピンクの秋桜が好みです。
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普通の秋桜はオオハルシャギク(大春車菊)と呼ばれ、黄花秋桜とは種が異なるので交配は出来ないのだそうです。
それにしても秋に咲く秋桜が春車菊とは・・・・なんともややこしい限りです。

秋桜の先に通称フワフワドームという遊具があり、小さな子供たちが飛び跳ねていました。
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暑いのももうそろそろおしまいですかね。吾妻山の秋桜も見ごろだと言いますが、この曇り空では富士山が見えません、富士山が見えないのに暑い中吾妻山を登る元気はありません。
仮に今月中で富士山が見える日があったら登ってみようと思います。乞うご期待!!!

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裏山あれこれ!!

久々裏山を散歩したので、ウロウロキョロキョロしました。
蝉の抜け殻を空蝉ということを知りましたので、それをパチリ!!!
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目の部分が透明なので、怖さがありますね。空蝉とは良く名付けたものです。

目をアップで〜〜〜〜
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蜻蛉もいました。あまりの暑さで動けないのでしょうか?望遠の効かないデジカメを近づけても動きません、手で触れるくらいまで寄ったら、パッと逃げました。
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蜻蛉は秋の季語・・・・トンボは???カタカナ書きはいかがなものか〜〜と言われそうですが、ま良いか?

上や横ばかり向いて歩いていたら、足元のキノコを踏んづけそうになり、オットット・・・
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山道はすでに秋なんですね。

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山道を下りだすとここは南斜面、風は南風なのでしょうか、時々風が吹上ってきました。
山道を下り切ったところに蒲の穂が生えていました。
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ふ〜〜と風が吹くと、蒲の穂が一斉に傾きます。
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そろそろ暑さも峠を越すのでしょうか?
ひきこもり老人から脱皮しないといけません。体重が増えたようで、腰も重くて持ちあがりません。笑
かといって童話が進むわけではなし・・・・・・こまったものです。

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先日はスーパーまで日陰を探しながら買い物にいったので、今度は図書館までいくのに、日陰の多い裏山をとおっていってみました。
この暑いのに山道を歩いたら熱中症になりますよ!!!という家内の声をあとに家をでました。

裏山への登り口は我が家から50mくらいしか離れていないので、すぐ山道です。
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このような道がずっと続きます。ただ問題は薮蚊が多い事です。

途中で飛蝗をみつけました。キリギリスかな?と思ったのですが、違うようです。足が赤くて綺麗な飛蝗でした。
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帰宅してからインターネットで調べたらなんとかわかりました。
フキバッタの仲間でミカドフキバッタというようです。
フキバッタは蕗飛蝗と書そうで、この仲間は蕗の葉っぱのなかでよく見かけるので、蕗飛蝗と呼ばれるらしいです。

問題はミカドです、多分帝だろうと思ったのですが、そう表現している記事がみあたりません。
やっとのことで帝蕗飛蝗で問題ないことがわかりました。
この仲間には、内裏蕗飛蝗、姫蕗飛蝗、大和蕗飛蝗などがあるとのこと、大和朝廷一族か?笑
なかなか種類が多いようで、地名のついたものは、吉備蕗飛蝗、札幌蕗飛蝗、八重山蕗飛蝗、近畿蕗飛蝗、紀伊蕗飛蝗などあり、我が町の近くでいうと丹沢蕗飛蝗というのもあるらしいです、あって見たいものです。

「たわ言」
これだけ楽しい名前がついているのにほとんどの文書はカタカナ表記のみ、漢字表記をしているものがあまりありません。これでは漢字表記を廃した韓国をあなどることは出来ません。
子供にとっては学ぶのが大変でしょうが、日本語は漢字、ひらがな、カタカナなど色々な表現があるから楽しいとおもうのです、特に虫や草花の名前は漢字表記もしてほしいのです。

赤いおしゃれな足が鎧をまとったようにも見え、階段の脇でまるで門番のようにしていましたので、指を折ってみました。笑
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