熟年設計者のたわ言

この頃考える若かりし設計者時代のことごと等を、 特に生産用の型・設備(一品一様設計)を主体に書いてみます

技術計算

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川越夜戦跡

前橋に住む義兄が寝込んでしまってからずいぶんになりますが、義姉も腰を痛めてしまったというのでお見舞いに出かけました。
かなり不謹慎とは思うのですが、お見舞いのついでに毎度のことながら北条氏の城跡などを見て歩いています。
今回は川越によりました。川越は何度か来ているのですが、今回は川越夜戦が行われた跡を見るのが目的です。
今は東明寺というお寺になっているところあたりが、この激戦の地だそうです。
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川越夜戦は日本三大夜戦と言われる戦いの一つです。
北条側(3000人)の立てこもる川越城を、山内上杉、扇谷上杉、足利氏軍80000人が攻めていたのですが、これを救援に駆け付けた北条氏康が8000人が奇襲で破ったというものです。
のこりの二つは、厳島の戦いと桶狭間の戦いですので、3大奇襲戦と言った方が正確かもしれません。
 
この戦いの3DCGイラスト(成瀬京司氏製作)が「北条5代戦記」という雑誌に載っていました。
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真中が川越城です。
川の周辺に足利軍が散開したいます。
この川の様子も見たくて、車を走らせました。オヤッという間に小さな用水路を通り越したのですが、あわてて地図を確認したら、この図の川でした。
川というより、いまでは完全な用水路という風情です。
 
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カエサルがローマに帰陣したときに、「賽は投げられた」と言って渡ったルビコン川もほんの小さな小川のような川だそうで、ルビコン川を見に言った人はみんなイメージが違ってがっかりするそうですが、ちょっとこの川もイメージと違っていました。
 
「たわ言」
奇襲というのは小が大に勝つ戦い方の一つですが、概ね大の方に、油断、驕りがあるようです。
「勝って兜の緒を締めよ」ということわざは大事にしたいものです。
奇襲を仕掛けた北条軍は、敵に北条軍は戦う気がないようだと思わせる巧みな心理戦を事前に行ったようです。
気合だけでは小は大に勝てませんよね。
 

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電車やバスの優先席では、『携帯電話の電源はOFFにしてください、それ以外ではマナーモードにしてください』というような表示やアナウンスがしきりに流されます。
でも、何人の人が、電源をオフにしているのかとおもうと疑問です。優先席の周りで電源を切らなくてはならない理由が、今一よくわからないからではないでしょうか?

優先すべき人の絵柄から見ていくと
★子供に携帯の電磁波は悪影響を及ぼすという話はあまり聞かないのでお子様ずれのひとは関係なさそう
★妊婦さんは胎児に影響が及ぶかもしれないが、だったら妊婦さんは携帯所持禁止にすべきだし
★お年よりは、ま、あまり影響なさそうだし
★足を骨折したひとなどもっと関係なさそうだし。
この人たちに席を譲れというのはわかるが、この席の周りだけ、なぜ携帯の電源を切らなくてはならないかが、ほとんどの人が理解していないではないかとおもいます。

結婚する前に家内が心臓外科病棟に勤務していたことがあり、その当時は心臓ペースメーカーの性能がまだ良くなくて、電磁波はの影響と思われるトラブルが散見されたそうです。
電源OFFの理由が心臓ペースメーカーを装着している人への配慮だとすれば、掲示の絵柄も心臓疾患の方も優先ですよと言うような表示にしたり、アナウンスもそうのようなアナウンスをすれば良いとおもいます。

一方、技術屋としてみると、一般の装置や製品でも電磁波影響に対しては最大限の配慮をしている昨今です。まして心臓ペースメーカーのメーカーなら40年前ならともかく、とっくに厳重な対策を施してあるのではないでしょうか。
逆に心臓ペースメーカーメーカーとしては、電磁は対策は完全になされているので、配慮不要とでも宣言したら、お互いに不要な心配、配慮が要らなくなるとおもいます。

過度な思いやりは、かえって中途半端、または勝手な解釈に走りやすい危険があります。禁止のルールが必要なら、その理由を明確にし、絶対ルール厳守というように仕向けていったほうがよいとおもいます。

話は若干ことなりますが、私どもの関係する装置などでも、取扱い説明書に定期メンテナンス周期を記すのが一般的ですが、過度の防衛意識からか、理由も明確にしないまま、メンテナンス周期を短めに設定しているケースが見られます。
一方、ユーザーは自社の経験から、勝手に点検を省略したり、長めにしたりしています。
装置メーカーとしては、周期決定の理由と、影響の出方をハッキリさせることによって、ユーザーメーカーに状態監視型でいくのか、週間とか月間とかの定期点検に知るのか、または運転回数で点検サイクルを決めるのか的確な判断ができるような情報提供をすべきだとおもいます。

長野姥捨の棚田

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先日長野の姥捨で棚田を見てきました。
私の小さい頃は、「日本は国土が狭いので、平地に水田を作る場所がなくなり、だんだん山の上の方まで水田を作るようになりました。それが棚田と呼ばれるものです」と教えられました。
ただ、水田の命は水の管理です。水平線の見えるような広大な平地に水を一定にいきわたらせるのは想像以上に大変なことだとおもえます。一方棚田は、水を確実に蓄えられる規模の大きさの水田を、上から下に順番につくり、水源から最上部に水を供給すれば、比較的簡単に水をいきわたらせることが出来そうです。
したがって、棚田の方が古い形の耕作方法で、だんだん水管理技術が発達するにしたがって、広大な平地を水田にしたと考えるほうが自然のように思えます。

さて、設備などでも水を使うことは良くあります。それに伴う失敗も意外と多いと思えます。
私も、若い頃自動車の溶接設備で大失敗をしました。
全長数十メートルに及ぶ大きな設備で、冷却水を必要とするユニット機器があちこちにあり、悪いことにかなり設備の上部にもびっしり配置してしまいました。
設置直後は気がつかなかったのですが、生産量が増えるにしたがって冷却が思うようにいかない事が発覚しました。
原因は経路が予想以上に長いため、設計計算値以上に管路抵抗が大きかったり、アウト側の大気開放場所が遠いため、かなりの背圧がかかってしまったことなどが原因で、メインの配管から、経路まで全面的にやり直しという大変な失敗をしてしまいました。
他の設備では、工場が組みあげる水の水質が硬くスケールがたまりやすいのにその配慮が不十分だったり、工場の供水タンクが外部の日の当たるところにあったので、夏になると水温が上がりすぎて冷却が効きにくくなるなど不具合も経験しましたが、これなどは最初に給水環境の確認をしていれば防げた不具合でした。

水を使う設備を設計する人は
★水は上から下に流れるという自然の理をふまえること
★水の経路は無理なく、順番にかつ拡大するような経路にすること
★水は給水先から排水出口まで神経を使って考え、決して設備の中だけの思考で良しとはしないこと
★水が供給される場所の環境には季節変動もふまえ確実は配慮をすること
などなどが大事なわけですが、
こう並べてみると水耕栽培の水管理技術と、設備の冷却水に関する技術は極めて類似点があることがわかります。
◎水を制する者は国家を制す
◎水を制する者は農業を制す
◎水を制する者は設備を制す
です、頑張りましょう。

お盆の施食会に思う

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父が亡くなってから早いもので、十数年が経ちました。今日はお盆の施食会にお寺まで行って来ました。
私の父は、私が生まれてすぐ、結核に罹り手術をしました。戦後すぐの頃なので、まともな治療方法もあまりなく、当時は不治の病と言われていたそうです。
一方、私も生まれた直後は、ほとんど死んだ状態で生まれたようでして、父母は、医者に『この子は生きられないので、あきらめなさい』と言われたそうです。
何時死んでもおかしくない私と、父が居たので、わが家は死がとっても身近な家庭だったと思います。
私は、やや大きくなってからは、父母に『お前は死んでたはずなのに、神様に命をもらったのだから・・・・』という枕詞で、イロイロなことを言われました。一方、父は、『俺は何時まで生きられるかわからないから・・・』といいながら、生活していました。
そんな環境でしたので、友人たちよりは多少、死とか、寿命とか言うことに関しては考えることが多かったように思います。

ですから社会人にになって設計をはじめても、設備の寿命をどう考えるかは、人間ですら寿命があるのだから、設備なども当然寿命があるべきで、それを前提として設計するという意識に違和感を抱きませんでした。
当時は、自動車関連の型や設備を扱っていたので、モデルチェンジが大きな一つの節目になり、専用機だと4年か5年の寿命、汎用機でも数モデルチェンジが寿命と考え、設備のライフを想定し、設計に当たっての計算根拠としていました。
機能や性能の詳細を決定する前提条件がライフ=寿命の決定だと考えていたわけです。
ただ、自分や父の生まれや育ちから、看護や介護の世界で使われるQOL(クオリティ・オブ・ライフ)と同様な概念は比較的早くから持っていて、使われている間は、突発で故障する事の無い健康でハツラツとした設備を作りたいというおもいは、他の設計者以上にあったとおもいます。
この考えは今でもあまり大きく間違ってはいないとおもうのですが、比喩的に考えると、設計者は設備にとっては母親役みたいなものであるわけです。では母親が子供の寿命を決めるようなことが許されるかというと許されませんネ。そのように考えると、設計者は、自分の生み出す設備には永遠の寿命を願って設計するのが本筋なのかな?などと悩まないわけではないのです。
物を大切に何時までも使い続るべきという風土と、寿命を前提に設計する風土とのジレンマが起きてしまいます。
結論が出ない話になってしまいましたが、
★人も設備(あらゆる製品も含め)永遠の命ではないということ
  (むしろ死は万人に確実にめぐってくるごくごく当たり前のことなわけです)
★生きている、動いている以上は、健康であり、良好な状態でありたいし、あり続けさせたいということ
これだけは間違えないとおもいますので、もうしばし、悩みながら考え続けたいと、父の墓前で額づいたひと時でした。

ダイヤモンド富士

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私の町には、富士山の見所が4ヶ所ほどあります。

今月は、富士山に夕日が沈むダイヤモンド富士が見える月でしたので、早くから楽しみにしていました。
毎年、場所ごとに、ダイヤモンド富士になるであろう日時を確認し、計画を立てて狙っているのですが、
☆突然仕事がはいり夕方に不在となる
☆雨又は曇りで富士山がみえない
☆晴れてても富士山の頂上に雲がかかっている
などで、なかなかまともな写真がとれません。
今年も、結局、確認のため早めに出かけてとった、富士山の山腹に沈む夕日が撮れただけで、山頂に沈むところは撮れませんでした。また次の機会に挑戦します。

設備などの設計では、あまり試作機をつくる機会がなく、いきなり販売機の設計を行うことがおおいのですが、自分の設計したモノが、計算どおりか、加工の途中で確認しておきたいことがままあります。
そのような時は、その時期が何時になるか製造部門などに予定を確認し、計測が必要だったら計測器、スタッフなどの準備をし、関係者に根回しをしながら、時期を待ちます。時期が着たら素早く所定の確認作業をし、適否を判断し、万が一、否だったら直ちに善後策をうつことが必要です。

計画や準備もなしに、なんとなく製作の進捗をまっていては、チャンスを逸してしまい、組立て完了しテスト運転をしたときに不具合が噴出すようなことになります。

ダイヤモンド富士を写すのと同じで、準備万端ととおえてチャンスを待ちたいものです。それでも、しまったと思うことがままありますが、そのときには潔くあきらめましょう。

女神は前髪はつかませても、後ろ髪はつかませないといわれますが、設計者たるもの女神の前髪をつかまえるべく日常の行動を律していきましょう。

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