熟年設計者のたわ言

この頃考える若かりし設計者時代のことごと等を、 特に生産用の型・設備(一品一様設計)を主体に書いてみます

技術風土・モラル

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燕の巣立ち

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燕の子が大きくなり、巣から零れ落ちんばかりになって、親鳥から餌をもらっていました。
巣立ちの日も目前のようです。

巣立ちというと、私は『習う』という漢字が思い浮かびます。
習うという漢字は、羽に白を組み合わせてありますが、白は昔は自だったそうです。子鳥が親の様子を見ながら、自らの羽根を羽ばたかせ飛び立つ練習をする様から出来上がった漢字だそうです。

論語に『子曰く、学びて時にこれを習ふ、亦説ばしからずや』と有りますが、学という字は、カンムリの下が子供ですので、屋根の下に子供がいる事を示し、カンムリの上は昔の学は學と書いたように生徒と先生が向かい合って教えを受けているところだそうです。
従って論語の学習とは、『先生はおっしゃった。知識として頭の中に収まった事(=学ぶ)をチャンスがきたら、逃さず自ら進んでやってみて(=習う)実際に学んだことが役に立ったと感じられることは、とっても楽しいことだ』となるとおもいます。

『学ぶということは変ることである』ともいいますが、我々も色々な事柄を学習し、この子燕のように、新しい場面に積極的に飛び出したいものですネ。

アオバトと釣り人

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先日アオバトを見に行ったのですが、岩場に釣り人がいたので、アオバトがこの岩場に近づきません。
この岩場は、晴れていると、水平線と空と、岩場と波しぶきとそしてアオバトという構図ができ、野鳥写真家にとっては絶好のポジションなのです。
ただ、釣り人がいたのでは残念ながらアオバトが近づきません。

野鳥写真家たちは、ため息をつきながら、『これじゃ今日は駄目かな・・・・・』と嘆いていました。
野鳥を楽しむ人たちは、野鳥を驚かしてはいけないので、近づかず、音を立てずという習慣がついているのでしょうか、釣り人に『少しの時間我々にいただけませんか?』と声を掛ける人もいません。
地元の釣り人だとアオバトの生息地であるとはご存知なので、この時期岩場には入りませんが、きっと遠くからでかけてきたのでしょう。折角の釣り旅を邪魔しても可哀想ともおもいます。
なかなか難しいものです。

企業の中でも、会社という組織は共有しているものの、立場立場で思いがことなると考え方も行動も異なるケースが多々あります。
ただ、この野鳥写真家と釣り人たちと違いのは、声を交わしコミュニケーションを取ることは出来るはずです。
親の敵とばかり相手を悪くだけ言い続ける人が中にはいますが、お互いの言い分を忌憚なく言い合い、妥協点を見出す努力をしたいものです。
戦うべき相手は身内ではなく、お客なのだということを思考の原点にすべきだとおもいます。

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アオバトが飛来する大磯照が崎に、初代陸軍軍医総監『松本良順』を顕彰する謝恩碑が立っています。
照が先の東側は遠浅の砂浜になっていて、今は写真のように閑散としていますが、夏は海水浴場としてにぎわいます。
この大磯の海水浴場は日本で最初の海水浴場といわれ、その開設に尽力したのが松本良順です。
当時の海水浴は治療とか健康増進の意味合いが強く、医者である松本良順が推奨し、町の人たちが努力し定着したそうです。

さて、松本良順は明治になって軍医総監をし男爵にもなりましたが、もともとは幕府の奥医師で医学所頭取でした。
近藤勇などとの親交もあり、隊士の健康管理などにアドバイスしたりしていましたが、戊辰戦争では会津で軍医として戦いに参加し、最後まで幕臣として行動しました。
そのご敗戦により捕らえられ投獄されましたが、のち釈放されています。

私は家内の影響もあり、医師の生涯などを描いた小説は比較的読むほうですが、松本良順を描いた小説には吉村昭の『暁の旅人』や司馬遼太郎の『胡蝶の夢』があります。
小説の中から感じられる松本良順は、幕府に義理立てするとか、恩義に報いるとかではなく、医者として自分の意思に忠実に生きた結果が、波乱の人生になったというような感じです。

周囲を気にしながら自分の生きる方向を模索する人が多い中で、非常にさわやかな生き方だと感心します。

偉そうに言えた義理ではないのですが、技術屋も『自分の願い』や『自分の思い』に基づいて淡々と歩んで行きたいものだとおもいます。
組織の中で政治的な動きをすることは、決して技術者として良い結果にはつながらないとおもいます。

ダイヤモンド富士

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今日、息子が家の前の道で、富士山に沈む夕日の写真撮ったといって、携帯の写真を送ってくれました。

私は数年前からダイヤモンド富士を写したいと思いながら、なかなか写せません。
まず
★神奈川の西部地区では午後になると富士山には雲がかかることが多い
そして
★まず、きちんとしたダイヤモンド富士がみえるのは、同一場所では年に2回しかない
★その日が晴れていなくてはならない
★その日、その場所にいないといけない (仕事をしているわけにはいかない)
などなどの条件が重なると、かなりチャンスが絞られてしまいます。

振り返って見ると世の中同じようなものかも知れません。
*世の中男と女は半分半分といいながら。なかなか結婚できない人も多い
*仕事も今回はパスし、次に頑張ろうと思っていると2度とチャンスが回ってこない
などは良くあります。

『女神に後ろ髪はないので前髪をつかまえるしかない』とよく言いますが、本当にそうかもしれません。
遊びも仕事も、趣味も・・・・なんでもチャンスと思われる事態がきたら積極的に挑戦したいものです。

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一本桜

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わが町もやっと桜が満開になりました。

桜の名所は数々ありますが、
★吉野や高遠の桜のように山一面、丘一面が桜という、面として桜が並んだところ
★北上展勝地やわが町の葛川沿いの桜並木のように一列に並んだ桜ところ
★山梨わに塚の桜など、一本桜と称して周りに何もなくただ一本すっくと咲いた桜
などパターンが違います。

私の町にも、誰も見向きのしないのですが、東大農園のわき道の崖の上に一本の桜の木があります。
古木でもなし、何処がどう良いのか説明もできないのですが、私はなんとなく気に入っています。
私の中の一本桜です。
例年ですと、この桜の木の下には菜の花がまだ残っているのですが、今年はありませんので、道端に水仙が咲いていたので、それを前にして写真を撮ってみました。

設備などの多少大規模な設計をする場合、通常はチームで仕事をすることが多いですし、設計部とか技術部とかいう集団を形成して仕事をしています。
吉野や高遠、北上展勝地みたいなモノです。
ただ、吉野や高遠が単に桜が密集して集団をなしているので美しいのかというと、そうではないとおもいます。
たいした事の無い桜がいくら沢山あったところで感激はしないでしょうあい、銘木と枯れ果てた木が無秩序に並んでいても美しくはないでしょう。
一本一本の桜の木にそれなりの美しさ力強さがあってはじめて、山や丘が美しくなるのではないでしょうか?

技術屋の集団に対して組織の力を誇るのは悪いことではないのですが、やはり1人1人がそれぞれ、一定技術力もっていることが大切で、いわば組織を形成する時の条件だとおもいます。

それぞれが一本桜として見られても恥ずかしくないだけの力をつけたいし、つけるべく努力を続けたいものです。

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