カヌー

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パドル考

大学生の時、カヌー部で青春を謳歌しましたが、カヌー競技で唯一使用する道具。パドルです。
パドルの選択・相性も非常に重要なファクターとなります。

当時、僕もスプーンパドルを2本所有しておりました。
スプーンパドルとは平べったいパドルじゃなくて、ブレード面に返しがついたようなパドルでして、水のキャッチが平べったいパドルよりもいいとされてます。
1本7,8万もする学生泣かせの高価なものです。

3回生ぐらいから、パドルの長さに執着し、何回も何回も長くしたり、短くしたりして漕ぎ具合を確かめました。結局4回生までに超短い長さで落ち着きました。

あんまりマニアックなことを書いても、読んでる方にはわからないと思いますので、さわり程度にしておきます。

パドルの長さは、漕ぎ手との相性と言ってしまえばそれまでですが、ピッチでくるくる回転させる人は短いパドルが合ってますし(←日本選抜K氏みたいに)、潜水艦のごとくぐいぐい水を押しのけて・・・という漕ぎ方の人は長いパドルで少し角度を寝かせてというのもいいでしょう。(←日本選抜O氏みたいに)

ただ、長いパドルは遠くの水をキャッチできるという利点がありますが、引いてくるのにパワーが必要です。非力な人には向きません。さらに、水中からパドルを出すのが遅くなりがちで、そうなると逆に抵抗になってしまい、フネが進みません。反対に短いパドルはキャッチが多少近くなってしまいますが、くるくる回しやすいです。
どちらにしても、遠くの重い水をキャッチして漕ぎ続けるのは、ひたすら練習で体に覚えさせないとできることではありません。

パドルの角度も非常に重要で、一番オーソドックスなのは75度だと思います。
これも、日本のトップクラスの選手らはレース時の風の具合によってパドルを使い分けます。
追い風なのか、向かい風なのかでその状況にあった角度のパドルをチョイスします。
これも、一朝一夕にできることではありません。角度が大きく違えば、漕ぎ方も変えなければいけませんし、こういう芸当ができるのも一流選手の証です。

一つ不思議なことは、琵琶湖で練習する連中はみんな右固定で、武庫川で練習する連中は左固定で教えられます。どっちがいいかはわかりませんが、これも慣れでしょう・・・。(なんのこっちゃわかりませんよね・・・。読み流してくださいね。)

めっちゃマニアックですみません。

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この画像は僕の愛艇「ノードカップ ジュビリー」です。

カヌーイストとして失格ですが、艇はそのまま自宅の駐車場に保管してありまして、保管状況はけっして良くないです・・・。愛艇ゴメン!!

社会人になり、どうしてもカヌーはなんらかの形で続けたかったので、シーカヤックという道を選択しました。
僕のカヌー部時代の同僚S君もフジタカヌーのファルトボートを持っていたのであまり迷うこともなく
シーカヤックを購入した記憶があります。
購入当時、ノードカップ ジュビリーはまだ発売されたばかりの艇でした。ノードカップオリジナルよりもコックピットが広くとられており、オリジナルよりも安定性がいいという特徴があります。

フネをファルトピアまで取りに行く時もS君と一緒に行き、すぐさま琵琶湖をかなり北上し、二人で進水式をしました。大学の部と同じように日本酒でフネをお清めしてから・・・。
そこにたまたま漕ぎに来ていらっしゃったシーカヤッカーの方に「わぁ、もしかしてノードカップですかぁ〜?」と聞かれたことがあったので、びっくり&嬉しかった記憶があります。

その後、S君のファルトボートを一緒に組み立て、琵琶湖を漕ぎ出しました。最高に気持ちよかったです。まさに至福の時でした。が、その日は結構荒れていたので、30分ほど漕いで終了しました。

違う週末に、カヌーにインスタントラーメンやバーナーや鍋などを積んでまたもや琵琶湖へ漕ぎに行きました。無人島に上陸し二人でインスタントラーメンを作り、のんびりした時間を過ごしておりました。
なんでもないインスタントラーメンがとてもおいしかったです。

S君は僕が愛艇購入後、すぐに転勤!
かなりショックでした・・・。

それからは、たまぁ〜に乗りにいくくらいで現在に至っております。

来月のシーカヤックマラソンで約2年ぶりくらいに水面を走らせることになります。
愛艇ゴメンな!もうちょっと待っててな!

以前に、数回カヌー部のことについて執筆してまいりましたが、今回は思い出深き先輩S野さんのことについて執筆いたします。

S野さんは僕よりも一つ上の先輩です。
S野さんも僕と同じで背が高いほうではありませんが、ド根性だけは誰にも負けませんし、カヌーに対する熱いハートも誰にも負けてません。
絵に描いたような体育会員という感じです。

そう、僕たちは「山椒は小粒でぴりりと辛い・・・」という人種だと自負しております。
僕は幼稚園の卒園の時にも担任のまさよ先生に「山椒は小粒でぴりりと辛い○○○○君」と書かれたことを覚えております。

S野さんは練習中はとにかく怖い先輩でした。ちょっとでも手を抜いてたら怒鳴り散らすし、もちろん手は出すし、部内では影でS野組という愛称で恐れられておりました。

2回生の時も練習でS野さんとペアの練習の時は、ち○こが縮みあがりそうなほどビビッてました。
そのおかげで、ほんまに精神的にもタフになりましたが・・・。
まぁ、その練習中、漕いでる最中もひたすら怒鳴られてましたが・・・。

僕が3回生でS野さんが4回生になった時、僕とS野さんはペアを組みました。
チームでは2番手のペアです。うちのエースペアは全日本チャンピオンHを擁する最強ペアです。

黄金時代復活を予感させる戦力で、OBらからも期待が大きかったことを覚えております。

でも、ペアはほんまに難しい種目です。二人の息がピタリと合わないとフネは走ってくれません。
たとえ全日本級の選手が二人乗っても、ペアになるとイマイチということもたまにあります。

僕とS野さんのペアは相性がイマイチ良くなかったようです。S野さんはピッチ漕法で、僕はストロークというか、グイッ、グイッと漕ぐ漕ぎ方です。
組んだ当初、フネがなかなか思うように進まず、練習中3番手のペアに負けたりしてしまい、S野さんの怒りは最高潮に達していたこともしばしばありました。
お互いの漕ぎ方の相性が悪く「思うように漕がせてくれ」とか「お前とは漕がれへんわ」とかいろいろ言われてきました。

いくら激しく罵倒されても、僕はS野さんのことを嫌いになることはなかった。
S野さんは、ほんまに真面目な人で練習熱心な人だったし、僕たちの学年の部員はみんなS野さんの背中を見て、S野さんの取り組む姿勢を見て育ってきました。

僕が3回生の時、思ったことは一つ。優勝してS野さんを胴上げしたい!
それを夢見て練習に励んできました。

S野さんが4回生の時の関西インカレか関西選手権のカヤックシングル1000Mの決勝レースの前日、「まぁ、お前おるしべべにはならんわぁ、ははははは・・・・。」と笑い飛ばされてました。
心の中では「このボケ、絶対に勝って、心おきなく引退できるようにしたるわ」と闘志を煮えたぎらせておりました。

結局そのレースは僕がS野さんに勝ってしまって、S野さんはちょっと凹んでました。
S野さんも、まさか僕に負けるなんて思ってなかったみたいです。
S野さんは6位ぐらいやったと思います。

僕が始めてS野さんに勝ったレースでした。練習では何度か勝ってましたが・・・。


S野さんが引退する時、「お前とカヌーできて、ほんまに良かったわ。ありがとう」と言ってくれました。なかなか泣かせるやんけぇ、と思いながらやっぱり泣いてしまいましたが・・・。

S野さんは、大学卒業後、自慢の英語力を活かして、世界中を転々とされてます。
超ガラの悪い顔つきをしておりますが、帰国子女という経歴を持ち、TOEICは950点という非常識な人です。現在、ヘルシンキに駐在しており、なかなか会えなくなり寂しいです。

京都にいらっしゃる間に、もっと会っておけばよかったぁ〜。
早く、日本に帰って来て下さい。

またまた、カヌーの話(?)になるのですが・・・。

前回は、1回生の9月からカヌー部に入部したという話をご紹介いたしましたが、カヌー部に最終決定するまで、どのクラブに入ろうかけっこう悩みました。

僕の出身高校の水泳部から毎年必ず一人は大学のヨット部に入部しなければならないという暗黙の了解みたいなものが存在しておりました。一つ上の水泳部の先輩Nさんは、僕に声をかけてきました。
水泳部の他の同僚たちは、体育会という感じじゃないし、僕はNさんとも仲が良かったので、うすうすは感じておりましたが・・・。

お声がかかり、否応なしにすぐさまヨット部の合宿に参加させられました。大学に入学してまだ数日しか経ってない時のことです。

ヨット部はうちの大学の体育会の中でも歴史のある部で、たしかインカレ優勝回数は全国1を誇る古豪中の古豪だったはずです。合宿所にはチリ一つ落ちてませんし、ごみが落ちているのなんか見たことがありません。全てが厳しい規則の下で運営されております。
ヨット部はまさに軍隊。体育会の中でも海軍と呼ばれるほど上下関係はとびきり厳しいです。
1回生が4回生に話しかけるなんて恐れ多くてできるはずもなく、4回生は神のような存在です。
ヨット部はたしか、木曜から日曜までは強制的に合宿生活になります。他の曜日は唐崎にある合宿所まで通うのですが。で、合宿所の出入りは必ずツメ襟の学ランを着ないと出入りしてはいけません。

僕は、結局2,3回だけ合宿に参加してNさんに入部する気持ちがないことを伝えました。
Nさんも「これはお前の人生やから強制するつもりはない」と言って承諾してくれました。

ヨットのヨの字も知らん人間ですので、ヨットのことについて語る資格はありませんが、僕の直感で
ヨットはオレには合ってないと思い、入部しませんでした。
我が水泳部→ヨット部という図式は僕の代で一旦途切れました。(僕のあとはちょろちょろ入部しているようです)
正直、戸塚ヨットスクールみたいな雰囲気もイヤだったし・・・。
あれが、本来の体育会のあるべき姿なんでしょうが・・・。
と、もう一つ。ヨットはめっちゃ頭を使うスポーツです。風を読んだり、どういったラインでゴールを目指すかというのは練習で培った勘と戦略とセンスだと思います。
でも、風でフネを動かすのじゃなくて、自力でフネを動かしたいぃ〜。→カヌー部となったわけですね。
前述の通り、カヌー部入部まではだらだら過ごしてましたが。
(ただ、ヨット自体は大好きで、アメリカズカップとかも大好きです)

仕事関係の組合の社長さんで、クルーザーを持ってる方がいらっしゃいます。何度か乗せてもらったことがありますが、中は部屋があって、キッチンがあって、リビングもあり寝室もあります。もちろん外洋に出れるし、世界一周もしようと思えばできる規模のフネです。確かに乗り始めは気持ちよかったです。王様気分になれますし、とても気持ちいいですが、2時間も乗ったら飽きてしまいました。やっぱり自分で漕ぎたい、自分の力で、自らのパドリングで進んでいきたいと思いました。

カヌーの良さって、こういうところかなぁって思います。
自分の力で進んでいるって感じれるし、フネが小さいからこそ、普通行けないところでもカヌーなら行けるっていうのもカヌーの楽しさの一つです。

将来は、野田知佑さんのように日本だけでなく外国の川も下ってみたいと思ってます。

やりたいことがありすぎて困りますわ。

あるカヌーイストの方のブログで琵琶湖シーカヤックマラソンの書き込みがありました。
大会の存在は知っておりましたが、出場までは踏み切れませんでした。

もう引退してからまともに長距離を漕いでいないし、体力が持つのかどうかも心配ではありました。
でも、改めてその方のブログを見て、UPされているカヤックの画像を見て、またまた体がうずいておりますし、愛艇ノードカップ ジュビリーも「僕は家のオブジェじゃない、水面を走られてくれ」と訴えてきているようです。

大会のHPで過去のリザルトを拝見いたしましたが、知っている名前がちらほら、中には僕とレーシング時代に競い合っていたライバルの名前も発見。

レーシングとはまた違った趣きがありますし、是非昔のライバルと漕ぎたいという気持ちもあります。
レーシングカヌーを引退してシーカヤックを購入しまして、のんびり漕ぐカヌーもいいなぁと思っておりましたが、またしても、シーカヤックに乗り換えてもレースに出るとは夢にも思ってませんでした。

日程を調整して出たいと思います。

何年ものブランクがありますので、結果は全く期待しておりませんが、カヌーを漕げる喜びをかみしめてこようと今からわくわくしております。

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