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この2ヶ月あまり、用があって歌舞伎町に通っていました。
そんな中で気ままに撮ったスナップです。
ゴジラのマスク、奥には東宝ビルの本家が・・・。
撮影 2/10
けっこうお高いですこのマスク
くちばしが平べったくて「ワニ」みたいですが・・・
花園神社
撮影 2/16
午前9時台の神社です。やはり午前中が気持ちいいですね。
2月なので梅が咲いていました。
午前の歌舞伎町には、夜更かし後のけだるさを感じます。
散らかったゴミなどで雑然ともしてるんですけど。
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街風景ときどき自転車
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詳細
散歩などで外出した際、目に付いた風景を残した画像集。
3脚かついで必死に…、ではない気まぐれスナップが主です。
3脚かついで必死に…、ではない気まぐれスナップが主です。
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ヨドバシカメラで調達を済ませてから高層街区をひとまわり。
またやってきた一年の最終月、各所でLEDが発光しまくっていますが、ここ西新宿界隈も例年通りの風景でした。
そろそろ暮れるか・・・ と思ったらあっという間に暗くなります。
都庁北側のホテル
青・紫・赤・緑・・・に変化する演出
都庁は赤一色
このあと大阪名物の押し寿司を買って帰ろうと西口地下・小田急エース南館にある「箱寿司」へ向かいまいした。西口のロータリーに面した地下です。
しかし、箱寿司が見当たらない。
自分が場所を間違えたのかと焦りましたがそうではなく、なんとお店が入れ替わっておりました。
帰宅して「食べログ」を見たら10月26日をもって閉店したとか。
![]() 子供の頃、父がときどき買って来るサバや穴子の押し寿司の美味しさを知って好物になりましたが、もう食べることは出来ません。
とりわけ肉厚なサバの処理は絶妙でした。結構な喪失感・・・ 楽しみにしている家人の為にも、気持ちを切替えて他にお店を探さねばなりません。
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中野5丁目かいわい
幼かった頃、ブロードウエイといえば中野のここ以外は考えられませんでしたが、小学生になってどうやら米国が本家らしいと知った時は少しガッカリした記憶があります。
そもそもブロードウエイは、ブロード【広い】ウエイ【道】という意味だそうですが、インターネットにおいても広帯域通信網がブロードバンドとして定着していますね。
中野のモールは狭いのに「どこがブロードやねん
」という声が聞こえたら困るなぁと思っていたのですが、中野の場合は「通り」ではなく商業ビルの名称ということで理解してもらうほかありません。まぁ、「広い」というのが必ずしも物理的な意味とは限らないわけで、バリエーションに富んだ多様なショップ群、とか老若男女いろんな皆さんに親しんでほしい、という意味を込めたとしてもいいでしょう。
しかしWikiを読んだところ、実際に広い通りを造る計画があったのだとか。
土地の取得が頓挫したことで現況の形に収まったのですね。
![]() こちらはブロードウエイ・ビル東側の商店街.
シャッターが閉じたまま結構な時間が経過しています。
ジョーは完全燃焼したまま・・・
ただし着座位置はビミョーに変わってたりします。
飲み屋の並ぶ街路
つい立ち寄りたくなってしまう、昭和感あふるる一角です。
蜘蛛男が・・・ いつから?
わりと新しいお店だろうと思いますが、最近の写真が見当たらず。
ずっと過去の記事を遡ってみたら2009年以前は家庭料理の「ふくはら」という店でした。
今月12日(現地時間)、95歳で肺炎により亡くなった作者のスタン・リー氏。
マーベルの名誉会長であり、各作品にカメオ出演されていたんですね。
スパイダーマンは弟との共作で1977年、新聞連載がスタートしたそうです。
中野では大型人形を見かけることが多く、銀河鉄道999のメーテル、ハイウエイ・パトロール風の外国人、完全燃焼した矢吹ジョー、エイリアン・・・
忘れているだけで他にもありそうです。
入口前に置かれたもの.
古いお店が多いかのように思われそうですが、結構入れ替わりがあります。
閉まっている店が増えて更地もありますが、以前ほどではないにしろ人通りは絶えていないので今後も永く続いて欲しい商店街です。
125672
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先日、新宿区 高田馬場を歩いていたら大型人形に遭遇しました。
早稲田通りに面すところ。(ガラケーのカメラを使用)
顔が左右に動いています。
人と比較するとその大きさが判りますが・・・
左右に動く顔と、光を放つ眼。
早稲田通りで通行人は多いが、皆もう慣れたのか気に止める人も無い感じ・・・。
かなり不気味で「地獄の番人」という印象、ホラー感いっぱい。
お店は、タピオカ・ミルクティーを扱っているカフェ「三茶一生」。
「三茶・・」だから世田谷 三軒茶屋に本店があるのかと思ったら違いました。
最近、意外なところで行列に遭遇するとミルクティーの店だったりします。
つくづく、ブームっていうのはすごいものだと思いますね。
手には燭台、そしてあたかも安全靴のような足元。
フランケンシュタインの怪物に似ていますね。
でも、もしボリス・カーロフ版の怪物に似せて造っているなら頭は四角くて額が出っ張っているし、決定的な特徴として首には電極が埋め込んであるはず。
或いは既存作品のキャラクターかも知れない。
店の人に尋ねてみるか・・・。
125570 ≪11/13 画像追加≫
↓
夕方だったのですがまだ電源OFFのまま、眼は光っておらず顔も静止状態でした。
見たところ首に電極はありませんでした。
それにしても恐ろしい顔してます。
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昭和40年頃に撮影された写真と比べれば、他の商業地域と同様2階建の木造はビルに建て変わり、商店の多くも顔ぶれが様変わりしました。
それでもまだ、少ないとはいえ当時から続いている店も残っていて、昔馴染みの記憶が細い糸で繋がっているように感じます。
拡幅された道路に面す新しいビルの数々は、災害時に防火壁の役割を果たすのだそうですが、脇の道路を奥に入っていくと昔ながらの住宅地が広がり、昭和の戸建てや木造アパートが立ち並ぶ風景に出会います。
日興さんは創業昭和34年・・・ 今年で59年。
その奥は、いつ頃だったか建物が解体されてオープンテラス風に・・・
矢印の方向に路地があり「昭和の街」へ誘う。
解体跡地
奥のバイク置き場も解体跡地
伸びた植物
東中野を南北に貫く主要道路「山手通り」の下に地下鉄12号(大江戸)線や首都高速中央環状が造られるなどとは、昭和40年頃に商店街で買物をしていた庶民には想像すら出来ない大変革だったと思いますが、地上を歩いている限りはまだ当時からの時間がゆるく繋がっている感覚があり、懐かしい痕跡など見つけて安心することも。
あくまで既存の道路が拡幅されたのであり、大規模な開発によって新規の道路が造られたのではない点が大きいでしょう。建替えは所有者個々の事情により五月雨式というかバラバラに建て替えられるので風景の変化が徐々に進むのに対し、新規に道路が開通すると驚異的な速度で風景が変わりますね。
このムーンロード、かつての名称は「住吉小路」でした。
地図で見た印象だと、エリア全体で東西70m×南北50mくらいでしょうか。
以前よくお邪魔していた居酒屋さんも数年前に無くなってしまい、今後の推移が気になるところです。 |

」という声が聞こえたら困るなぁと思っていたのですが、中野の場合は「通り」ではなく商業ビルの名称ということで理解してもらうほかありません。

記事から10年も経つと、やはり記録しておいて良かったと思います。
過ぎ去った事柄は時間と共に風化して、折角の経験が無かった事になりかねません。今の自分は過去の蓄積で成立しているのに、忘却は恐ろしいですね。
限りある人生なのに同じ失敗を繰り返す事ほど不毛なことは無いですから、僅かかもしれませんが経験値は無駄にしたくないと思います。
まさに「紐づいている感情」にアクセスできるのは写真付きのブログならではかも知れません。手書きのダイアリーは再現性の点で弱いですからね。
こちらこそ今後も宜しくお願いします。
