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航海長のウィリアム・アダムス(三浦按針)は、嵐のため大分県臼杵市に漂着しました。
その後、家康の外交顧問となります。
家康の命を受けたアダムスは、ここ松川の河口で、日本初の洋式帆船2艘を建造します。
そのころ、マニラを出発し御宿で遭難していたフイリピン臨時総督ドン・ドロリゴに、ここで建造されたサン・ブエナ・ベンツーラ号が貸与され、彼は無事目的地のアカプルコに到着することができたそうです。
(参照文献: 牧野正著 「青い目のサムライ」 )
このときメキシコとの貿易拡大の思惑が家康にあったのかも。
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