古の里平群谷

いにしえのさとへぐりだに

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流行りの車中泊に刺激されて、Nboxに畳を敷いて和室を設置!知り合いの塚本畳店のオリジナル制作です。寝れる、簡単な料理などを想定したのですが、ミニコタツが置けますね。早く冬が来て欲しい気分です?

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京都の結婚式場!

もう一月以上も前のことです。京都市内でも北に位置する式場は、奈良県北部からでも2時間弱はかかるだろうとみていましたが、案外早く着きます。市内に高速道路ができ、道路事情がよくなったのかと思いながら、式場は主要駅から遠く、不便なところというイメージが先行する思い込みがあったかもしれません。その思い込みで式場に対しても、ご招待に応じた義務というクールな心情で挑みます。

しかし、スタッフの見事な演出にクールな心情はチンされます!専門のプロの配慮がところどころに生きてくるのです。デザートが提供されたガーデンとつながった披露宴会場。温かいコース料理にも満足し、「来てよかった」と変わりやすい人間の性を悔います。

家と家の結婚ではなく、個人と個人の結婚という主張が、より具体的に前に出た演出です。夫婦それぞれにに光を当てる馴初め、生い立ちにすがすがしさを感じるのは、すべてを包み隠さずだせる二人に、応援する両家族の誠実さがあるからでしょう!うれしそうな花婿と、ウェデイングドレスがよく似合会う花嫁の姿が会場に映えていました。
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強靭なマイペース

ひところの塩麹ブームで脚光を浴びた、古民家を改造した料理店「花」。奈良市にある百毫寺近くで、奈良教育大からは東南方向に車で数分のところ。オーナーは東洋系のエキゾチックな美女です。物腰柔らかいのに、はきはきとした態度と具体的な言葉。当然、料理にもその姿勢は反映され、見栄え、味、健康にと本人さんがイメージする9割はできているのでしょうか。芸術的な作品をも思い起こす料理メニューには、器にも凝った目が浸透。

忍耐があり妥協を許さない人間性は、口調は優しくとも、要求は厳しさが伴うのでしょう。スタッフがついていけないという結果が課題となりました。文字と絵で伝えるヒントを得て、共有をはかり、徐々にスタッフを確保し、予約の取りこぼしをクリアされます。さらに完璧を目指す、高い学習能力を発揮して、平日の暇な時を料理教室で補うアイデアを実践。これらは奈良中小企業家同友会北和支部奈良北ブロック会で報告された内容です。

経営課題は、本人が意識しない会場の反応からじわっと浮かび上がります。あまりにも情熱的で力が入った仕事への取り組みは、やはり仕事のしすぎという、無意識に会場の受け止め方が伝わったのか、少し涙ぐむ?ところが印象的でした。

スタッフに対する自然的な人間対応を意識化できれば、この人は素晴らしい経営者になるかもと思います。
支持、支援する人が増えれば、その能力の高さゆえ本来の発揮できる場で確証されるかも。

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花   奈良市百毫寺町228
     ℡0742-24-2178  HP http://www.hana-nara.com/



 営業時間 お昼ごはん  11時30分〜    お休み 水・木(料理教室開催)
        夜ごはん   金・土・日・祝の17時〜
カフェ  11時半〜17時  ランチタイムはお断りする場合があります。ご了承ください。

近鉄奈良駅奈良交通バス4番乗り場より「高畑住宅」下車徒歩10分





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心で花を見よう!

奈良の寺でも、東大寺、法隆寺、薬師寺、興福寺など主要なところは、特に宣伝をしなくても行事や秘仏の開扉ぐらいの周知で参拝客は訪れますが、これ以外の寺はそうはいきません。
そこで目玉となるものがなければ、人は来ないのです。

長谷寺のボタン、矢田寺のアジサイ、霊山寺のバラなど戦略として四季の花を咲かせるのです。
仏教ではハスが一番関わりある植物ですが、奈良市菅原町にある喜光寺や西ノ京にある唐招提寺が有名です。
深遠なる仏教思想は移り変わる世のすべてを受け入れる寛容さを求まますが、変化を受けきれない多くの悩める人々を癒す処方箋として、花を前面に出すのでしょうか。

斑鳩町 吉田寺
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奈良の魅力!

歴史がある奈良でも、戦国時代を沸かした有名な武将の戦記等はあまり知られず、誰もが知る有名人といえば聖徳太子のみ。古代最大の争乱といわれる壬申の乱でさえ、知る人は少ないですからね。しかし飛鳥、奈良時代を通じて政治上の事件や内紛は少なくありません。
 
わかりやすくいえば、天皇中心の政治体制に豪族や貴族が権力を握る闘争を仕掛けた時代とみれば、奈良時代を核に奈良を理解できる糸口となります。わりと知られる大化の改新は、平たく言えば豪族連合政治から天皇中心の政治体制への切り替えです。
 
その一方の雄、中臣鎌足の活躍で藤原氏は奈良、平安を通じて栄えますが、この壬申の乱で一時、藤原氏は不遇の時を迎えたという見方もあります。壬申の乱は天智天皇の息子、大友皇子と同じく天智天皇の弟天武天皇の皇位継承を争ったものですが、鎌足は天智天皇と盟友ですから当然、藤原氏側は大友皇子の側につきますから勝利した天武天皇側から冷遇されるのは明らかです。それが何故、藤原不比等という鎌足の次男が活躍できたか?という疑問も起こります。
 続きは又に!
 

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