|
新聞に良い記事がありましたので、紹介します。
さまざまな依存症からの回復のためには、
自助グループに加わることに、不思議な効果があります。
以前に聞いた講演会では、
「医療では、できない力がある」と言っているお医者さんもいました。
自分の気持ちを、安心して打ち明けることのできる空間が、その人を癒し、回復する力を与えていくようです。
見にくい場合は、クリックして拡大して読んでください。
|
精神保健福祉
[ リスト | 詳細 ]
精神保健福祉の関係で経験した興味深いこと、また、この世を造られた神様がどのようにご覧になっておられ、聖書が教えている助けについて、書いていこうと思います。
|
昨日、「心の健康を考える会」へ行き、 『○○せずにはいられない〜嗜癖・依存症を考える』という講演を聴いてきました。 なるほどなぁと思ったことに、 依存症チェックの三段論法という話がありました。 1)ある人Aが習慣的にある行為(飲酒、薬物、ギャンブル、買い物、暴力)を行う
2)それによってある人Bが困る。 3)それを知りつつ、ある人Aはその行為( )が止められない。 依存症の原因であり、また問題解決が難しいポイントは、 A本人が困らずBが「困る」ということに尽きるとのことでした。 そして、このAにとってのBは大抵「家族」であることが多いため、 問題解決が難しく、時間がかかるとのことでした。 AはBを困らせる・心配をかける BはAを支える・世話をする という両者の間に繰り広げられる関係が依存症を促していくのです。 こんなことは良くある関係のように見えますよね。 Bにしてみれば、困った人を助けるのは当然ではないか。 聖書にもそう教えられているのではないか、と言われるかもしれませんね。 しかし、人間はそれぞれ自分で自分の責任を取ることが大切ですよね。 また、そうしなければ人は自己を認識できないものだと思います。 それは、何でも完璧にこなさなければならないという意味ではありません。 人は自分の未熟な点を認めながら、他人に助けを求め、感謝する、 そういう関係は、お互いに自己責任を果たすことになると思います。 けれども、飲酒などの依存症者は、自分の未熟な点を泥酔等により覚えていないか、 病的になっていることを認めず誤魔化していこうとする点が無責任なのですね。 ただ、無責任でも依存症者が非常に困っている姿を見ると、 まわりの人は何とか助けてあげたいと思います。 そして、後始末をしてあげたりするとそれがまた 依存症者を惨めな思いにさせて、依存を助長していってしまうというのです。 ・・・・難しいですね。 「聖書が教えている無条件の愛をもって困った人を助けなくていいのですか?」 という疑問があると思います。 しかし、聖書は人間が無責任になって自分勝手に生きること助けようとはしていません。 キリストが人間を愛して死なれたのは、人が神のみこころに歩むようになるためです。 人はこの神の愛にすがって生きるとき、自分を取り戻し、幸せをつかむことができます。 あえて言うなら、人は神に依存して生きるのが、本来の生き方だと思います。 というのは、依存症と言うのは、誰か人間にすがったり、物にすがったり、 買い物や暴力などの経験にすがって、自分の心のさみしさを満たそうとするのですが、 それらはすべて限界のあるもので、尽きぬ欲求が涌いてくる人の心を満たしてはくれません。 しかし神の愛は、この世のものとは違い、限界がありません。 本当に神の愛を知るとき、あらゆる人の心を満たすのに十分だと分かります。 それから、神は何でもおできになりますが、 人間のわがままを聞いて、何でもしてくれるというお方ではありません。 真の神は、間違った要求には答えてくださらないお方です。 でも、だからこそ私たちは何でも祈ることができるのですね。 そして依存しても大丈夫なのですね。 その人の責任については「あなたがしなさい」と教えてくださるのです。 神は、何でもご存知であり、私たちを父の愛で導いてくださるからです。 そうすると、依存症の解決のために、 周囲の人間関係をA本人が困り、本人が責任を取る仕組みにすることも、 聖書の視点から、愛の行為として受け入れることができるのではないでしょうか。 また、聖書の神を知っているなら、神が働いてくださると安心できます。 そして神に頼りつつ、A本人や困らされてきたBをなぐさめ支えるため、 自助グループなどの働きが大切なものと受け止め、 見守っていくことができればと思います。 |
第8回 「心の健康を考える会」のお知らせ 保健・福祉・教育関係者向けの案内ですが、関心のある方は誰でも参加できます。 今回は、嗜癖・依存の問題についてのお話です。 私たちの日常の中にいつの間にか入り込んでしまう依存症について、 「なぜ止められなくなってしまうのか?」を考えたのちに、 主な依存症として「アルコール・薬物・ギャンブル・買い物」の4つの焦点をあてて 北信圏域こころの相談センター 精神保健福祉士 小巻佳人氏 が講演してくださいます。 開催日:2008年7月25日
時間:午後6時30分から8時30分 場所:中野市市民会館41号 会議室 参加費:無料 問い合わせは、0269-23-5523 心の相談センター 小巻 まで 実は、けっこう身近な話題だったりします。 お近くの方は、ぜひ一度聞かれておくと良いかと思います。
|
|
今日は、ボランティアグループ「そよかぜ」の活動の一つ、 中野市の精神障害者の社会復帰を進めるための授産施設 「小規模通所授産施設ぴあワーク」へ行って、 一緒に作業をさせていただいてきました。 通所されている方々と一緒に作業をしながら交流することで、 人との関わりを恐れなくてよい経験となれば、と願ってのことです。 指導員の方々にも勧められて、3年前から続けています。 「普段とは違う人が行き交うだけでも、良い経験になり役に立つ」と言われ、 毎週、ボランティアグループのメンバーから、当番の一人が 施設に行って作業を手伝ったり、世間話しをしてきています。 今日は、私の当番でした。 はじめは、挨拶も少なかった方々が、今では名前を呼んでくださったり、 いろいろな話しをしてくださったり、 こんな私たちでも、徐々にお役に立てている感じがしてきています。 それぞれマイペースで作業をされている方々が多いのですが、 いつもその姿を見ながら、互いに咎めることもなく、自由な雰囲気でいいなぁと思います。 仕事は成果も大事かもしれないけど、 人の目を気にして無理したり、人の働きぶりを批判していると、結局は自分が苦しくなりますよね。 作業効率は、それぞれの得意不得意や体調にもよるのだから 互いを労わり合うこと、自由を認めることの大切さを思いながら今日も帰ってきました。 |
|
【モラルハラスメント】
第1章:見えにくい http://blogs.yahoo.co.jp/chihiro_s_family/29488441.html 第2章:「卑劣さ・理不尽さ」について http://blogs.yahoo.co.jp/chihiro_s_family/29533717.html カモフラージュ http://blogs.yahoo.co.jp/chihiro_s_family/29721192.html 第3章:加害者 http://blogs.yahoo.co.jp/chihiro_s_family/29813602.html 加害者の特徴(1) http://blogs.yahoo.co.jp/chihiro_s_family/29862639.html 加害者の特徴(2) http://blogs.yahoo.co.jp/chihiro_s_family/29955392.html 第4章:被害者 http://blogs.yahoo.co.jp/chihiro_s_family/30322740.html 被害者の心理 http://blogs.yahoo.co.jp/chihiro_s_family/39891535.html 虐待から脱出 http://blogs.yahoo.co.jp/chihiro_s_family/40457424.html 3.脱出後の心理 1)抑うつ 虐待の構図から脱出した後、被害者にはいろいろな感情が表れてきます。 まず、自分がどれだけ深く傷ついていたかにようやく気づきます。 自分の心に、今まで思ってもみなかったほど多くの深い傷が 刻まれていることに気づくのです。 それらは、 辛い状況を生き延びるために、無意識のうちに自分で心の奥に押し込め、 抑圧せざるを得なかったものなのでしょう。 それが、 安心できる場を確保したために、ようやく少しずつ感じられるように なったのです。 そして、加害者との闘いが終わった今、自分というものが土台から すべて壊れてしまったかのような感覚にもなります。 今までのことを振り返ると、 「自分は加害者にだまされ、利用されていたのだ」と、感じます。 この時期は、 そのことで加害者を責めるというより、自分自身が情けなくなり、 自責感を感じてしまいます。 また、加害者の影響がまだ強く残っている場合には、 “その場を離れてしまったことに対する罪悪感”を、ぬぐい去ることは 大変難しいものです。 2)加害者への怒り 被害者の気持ちは、加害者に今まで利用されていたということからくる 自分への自責感や抑うつ的な気持ちから、屈辱感、相手への怒りへと 変化していきます。 今まで失われていた“自分の正当な権利を取り戻したい”という 気持ちになり、相手を告発したくなったり、相手に謝罪を要求したい という気持ちが、わいてきます。 3)PTSD(心的外傷後ストレス障害) 被害者は、加害者から離れ安全な場所にいても、 「またいつ攻撃されるかもしれない」と常に緊張し、不安感や恐怖感が 続いています。 なかなか眠れなかったり、眠りが浅かったり・・・ 小さな刺激にもひどく驚いたり、いらだったりします。 そのような状態はしばらくすると消えていきますが、 その後も突然、暴力を受けていたときの体験がよみがえり、 そのときと同じような感情や感覚になることがあります。 また、 眠っているときに悪夢を見たり、夢の中で虐待されたりもします。 そのようにして被害者は、 何度も恐怖や絶望感を味わわされてしまうのです。 被害者は、 モラルハラスメントが行われた状況を思い出さないようにするための 無意識の心の働きによる様々な心理状態を体験することがあります。 その場に関わりのある活動に対して、 たとえそれが今までの自分にとって大切なものであったとしても、 興味を失ってしまうことがあります。 また、 感情が麻痺したように何も感じない状態になることもあります。 加害者からの暴力が、自分の身に本当に起きたことのような気が しなかったり、日常生活は送っていても機械的に続けているだけ だったり、 日々の事柄を遠くから眺めているだけで、実際の感覚が乏しいような 感じがしたりもします。 しかし、これらの影響は、次第に小さくなっていきます。 4.脱出後の攻撃 1)セカンドアビューズ 被害者は、 虐待そのものもつらいのですが、加害者側に立ってしまう人や 傍観者的な立場の人からも傷つけられてしまい、辛い思いをします。 加害者の暴力は、 まわりの人には見えにくく、また加害者は外に向けての顔は良いために、 虐待の場から離れた被害者がその被害を訴えても、 まわりの人はすぐには信じられません。 そのため、 「被害者の思い違いなのではないか」と、かえって被害者の方が 加害者なのではないかと見られてしまうことにもなるのです。 また、加害者は、第三者が介入することを嫌います。 一方被害者は、介入してほしいと思っています。 つまり、 傍観者的な位置にいて何もしないでいることは、加害者側に 都合が良いことになってしまうのです。 ですから、 傍観者的な立場でいられると、被害者にとっては、加害者側に 立たれたような気がするものです。 ただし、中立の立場での介入は、それとはまた違うでしょう。 2)リモートコントロール 被害者が、加害者のコントロールから逃れようとして離れたときに、 加害者のリモートコントロールが始まります。 加害者は、被害者が離れた後も影響を及ぼせると思っており、関わりを 求めてくるのです。 モラルハラスメントは、 言葉の暴力(精神的暴力)なので、FAXや手紙、メールでも虐待でき、 ストーカー的な攻撃を続けられるのです。 しかし、被害者が逃げ延び、いきいきしていることがわかると、 加害者の中には怒りがわき起こってきます。 “瀕死の重傷を負わせたはずなのに”との思いが、加害者の中に あるのかもしれません。 そして、 このリモートコントロールが有効にきかないことに加害者が気づくと、 自分の怒りを第三者に間接的に伝えることで、コントロールの領域を 広げようとします。 つまり、第三者を巻き込もうとするのです。 しかしそれは、 被害者へのモラルハラスメント的な虐待という枠を外れる事であり、 まわりの人の目にも見えるような行動が出始める事であり、 そのためまわりの人の意識によっては、加害者の暴力が白日の下に さらされることにもなるのです。 次は、被害者の回復について
|




