季節の旅人のブログ

秋の日差しを浴びて、一歩一歩前へ

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尾張「犬山城」の対岸“伊木山城

 
 「犬山城」の「木曽川」を挟んだ対岸に「伊木山」があります・・・史料的にはっきりしていないようですが、ここにも、「美濃方」の砦があり、「鵜沼城」を補完していたようです。
 「伊木山城祉」の説明板によると、「信長」は「東美濃攻め」の足掛かりとするため、この“伊木山城”を攻めたようですが、「鵜沼城」の「大沢氏」の奮闘により、跳ね返されていたようです。
 
 そこで、「信長」は、「木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)」に命じ、“伊木山城”の「伊木氏」を調略するように命じます。「伊木氏」は、「木曽川水運」を牛耳る「川並衆」の影響下にあったため、「藤吉郎」は「川並衆」を牛耳る「蜂須賀小六」に「伊木氏」の調略を命じます・・・そして、「蜂須賀小六」は親しい間柄だった「伊木氏」を「信長方」に引き寄せることに成功します・・・これにより、「鵜沼城」の「大沢氏」は劣勢になり降伏する訳です・・・この後も、“伊木山城”は、「信長」の「東美濃攻め」の拠点になって行くようです。
 
 現在、“伊木山城跡”としての遺構は、ほとんどなく、いこいの広場「伊木の森」として、市民に親しまれているようです・・・「木曽川」のほとりに独立してたっている「伊木山」は、「要害」の地として適しているように感じます。


        《 「犬山城」と“伊木城跡” 》
              ・・・左が「犬山城」で、右の山が“伊木山城”のあった「伊木山」

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        《“伊木山城”の跡は「いこいの広場 伊木の森」となっています 》

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        《「伊木の森」の管理棟 》

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        《“伊木山”の案内図 》

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        《“伊木山”の地図 》

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        《“伊木城跡”の説明板 》

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        《“伊木山城”戦国時代の要衝 》

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        《「伊木の森」から「稲葉山城」が見えます 》

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        《「稲葉山城」遠望 》
              ・・・この城を占拠した「信長」は、このような「稲葉山城」を
         眺めたでしょうね。意外と近いと思ったのかな・・・?

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