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 この度の旅行で1番行きたいと、息子に頼んでいた沖縄南端摩文仁の丘にある平和記念公園に着いた。此処は住民を巻き込んだ最後の決戦場である。61年前鉄の暴風と謂われる程のアメリカの砲弾が落ち、山の姿も変えたと言う。米兵に那覇・首里から追い詰められた兵と住民は、後ろから敵兵前は海と身を隠す処もなく、身動きの取れない場所だったそうだ。ある者は砲弾で吹き飛ばされ、アダンの茂み岩の隙間で自決する手りゅう弾の爆発音が聞こえ、地獄の様相だったと聞く

 夫の父親の名前が刻まれている平和の礎(いしじ)を見つけるために、平和記念資料館に寄った。
パソコンで刻銘位置図が印刷されて出て、直ぐの探すことが出来た。花を添えて手を合わせ、夫の顔は穏やかになった。

 このいしじには、沖縄戦で犠牲になった全ての人名が、国籍や軍人、民間人の区別なく刻まれている。哀れを誘ったのは一家全滅した家族の銘だった。家長の名前母親の名前に続いて長男・次男・・・と名前はない小さな子供だったのだろう?続いて祖父母らしき家族名が刻まれていた。

資料館の周りは戦場の痕跡一つ残らず、美しく整備されていて、此処が地獄の果てだったとは、思えない。戦争を知らない若者に当時の悲惨さが、伝わるだろうか?資料館の写真やフイルム遺品だけでなくアダンの茂みなど実物が残っていたら、刺々しい葉の茂みを触って追体験出来ると思った。


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