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私の家のリビングから見える歩道で、チュンチュン囀りながら親子兄弟友達同士、目のふちが白い可愛い顔で飛び跳ねて遊んでいた雀を見たのは、2・3年前の記憶だ。その頃はご飯粒を撒くと、群れて啄ばむ可愛い姿に癒されていた。すずめは年中どこかでお目にかかっていたのに、私が外へ出られなくなった所為なのか?殆ど見たことが無い。
3月裏隣家の梅が咲く頃、「ホーホケキョ」鶯の声に春を知り、童謡「春が来た」を自然に口ずさんだが今年は歌った記憶がない。
5月になり緑で茂った木々の中を疾走するツバメ。散歩中後ろから突然追い抜かれて目をくらましていた白い腹と2またに開いた尻尾が記憶にあるけれど、歩行困難で外出しないから、季節変化の楽しみが無くなってしまった
45年前八王子に越してきた頃聞いたホトトギスの歌声は「テッペンカケタカ」という夫と「テペンタケタカ」と私は聞えると言い合って、どっちが正しいか聞き耳を立てたが判らないので、辞書を引いたら「ホッチョンカケタカ」と「テッペンカケタカ」とあって夫婦で話しが弾んだ時代だった。
夕暮れになると「ホーホー」と寂しげなミミズクや梟泣き声がしたが、この声も聞かなくなった。現在住宅で埋まっている緑町は林と言うより森だったので、そこから聞えたと思う。この鳥の風貌は眼がパッチリとして威厳があり、知の神と崇められていたようだ。ヨーロッパ旅行で梟(ミミズク)の可愛い置物をみやげに買った。飾り棚の中の小さな梟をよく見ると知的な風貌である。「カッコウ・カッコウ」と力強い響きの美声に聞きほれたのも昔の思い出になった。
今朝1羽の烏が「かーかー」と鳴いて黒い影を描いていった。私の嫌いな烏だけ時たま姿を見るが、この鳥は黒く死神を連れてくるように思えて、私は忌み鳥と見てしまう。見たくない鳥だけ見る昨今である。
鳥の姿がなくなる原因は、人間の便利な電化生活でCO2が増加、地球温暖化で小鳥たちの環境を壊しているのではなかろうか?このまま温暖化が続く30年後現在の関東地方が沖縄と同じ亜熱帯に入ると言われている。何処へでも飛んでいける鳥たちは、自分が心地よい土地を求めて東北・北海道辺りへ飛んで行ってしまうと思う。
最近鴇が38年ぶりに自然の中で優雅に飛ぶ姿をテレビで見て、うっとりと眺めた。中国から贈られた2羽の鴇を、佐渡の人達が農薬を使わない環境の中で育てたのだそうだ。自然を残すには人間が欲を抑え、「足るを知れ」を在右の銘にしなければ、子孫に日本の素晴らしい自然を残せなくなるだろう
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