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珊瑚樹濃い緑の中に真っ赤な珊瑚の実が房なりでぶら下がっていた。豊かな姿を立ち止まってながめていたら、ツクツクボーシの声に聞き耳を立てた。秋のせみの声は二声でたえた。蝉に感ずかれたらしい。夕風は秋を持って来た。半そでの腕に涼風が気持ちよい。
はなみずきの葉は柔らかな色合いに見え、木木のバックに夕焼けが美しく映えていた。9月とはいえ昼間は34度の暑さでも、夕方は急に秋を感じる。
9本折れた背骨でも歩行器で歩くと自然は命を沸き立たせてくれる。
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私の家のリビングから見える歩道で、チュンチュン囀りながら親子兄弟友達同士、目のふちが白い可愛い顔で飛び跳ねて遊んでいた雀を見たのは、2・3年前の記憶だ。その頃はご飯粒を撒くと、群れて啄ばむ可愛い姿に癒されていた。すずめは年中どこかでお目にかかっていたのに、私が外へ出られなくなった所為なのか?殆ど見たことが無い。
 3月裏隣家の梅が咲く頃、「ホーホケキョ」鶯の声に春を知り、童謡「春が来た」を自然に口ずさんだが今年は歌った記憶がない。
5月になり緑で茂った木々の中を疾走するツバメ。散歩中後ろから突然追い抜かれて目をくらましていた白い腹と2またに開いた尻尾が記憶にあるけれど、歩行困難で外出しないから、季節変化の楽しみが無くなってしまった
45年前八王子に越してきた頃聞いたホトトギスの歌声は「テッペンカケタカ」という夫と「テペンタケタカ」と私は聞えると言い合って、どっちが正しいか聞き耳を立てたが判らないので、辞書を引いたら「ホッチョンカケタカ」と「テッペンカケタカ」とあって夫婦で話しが弾んだ時代だった。
夕暮れになると「ホーホー」と寂しげなミミズクや梟泣き声がしたが、この声も聞かなくなった。現在住宅で埋まっている緑町は林と言うより森だったので、そこから聞えたと思う。この鳥の風貌は眼がパッチリとして威厳があり、知の神と崇められていたようだ。ヨーロッパ旅行で梟(ミミズク)の可愛い置物をみやげに買った。飾り棚の中の小さな梟をよく見ると知的な風貌である。「カッコウ・カッコウ」と力強い響きの美声に聞きほれたのも昔の思い出になった。
今朝1羽の烏が「かーかー」と鳴いて黒い影を描いていった。私の嫌いな烏だけ時たま姿を見るが、この鳥は黒く死神を連れてくるように思えて、私は忌み鳥と見てしまう。見たくない鳥だけ見る昨今である。
鳥の姿がなくなる原因は、人間の便利な電化生活でCO2が増加、地球温暖化で小鳥たちの環境を壊しているのではなかろうか?このまま温暖化が続く30年後現在の関東地方が沖縄と同じ亜熱帯に入ると言われている。何処へでも飛んでいける鳥たちは、自分が心地よい土地を求めて東北・北海道辺りへ飛んで行ってしまうと思う。
最近鴇が38年ぶりに自然の中で優雅に飛ぶ姿をテレビで見て、うっとりと眺めた。中国から贈られた2羽の鴇を、佐渡の人達が農薬を使わない環境の中で育てたのだそうだ。自然を残すには人間が欲を抑え、「足るを知れ」を在右の銘にしなければ、子孫に日本の素晴らしい自然を残せなくなるだろう

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緑のカーテンゴーヤー

梅雨明けの空なのか雲はうっすらと横に棚引き、日差しは爽やかな風をはらんで
いる。湿り気の無い風が、レースのカーテンを膨らませている。
緑のカーテンにしようと植えられたゴーヤーの葉っぱが半分くらいカーテンの役目になりだした。今年のゴーや^苗を買ってきて植えたものだそうで、葉っぱが大きく種から育てたものの2倍の面はある。ゴーヤーの1枚の葉は切れ込みが深く八つ手のようで、しかも薄い。風に揺れる姿は清清しく、これが窓一面覆ってくれると夏の日差しは、緑の風に変わる。多分7月末は窓の上半分はゴーヤーの緑で覆われるだろう。今迄小さな実が2本実った。ゴーヤーチャンプルーは夫の自慢の料理である。豚の薄切り・刻んだごーやー・水を切った豆腐・卵・。これ等を油でいためて皿の盛り削り鰹節をふわり乗せるとできあがり。少し苦味があるが食べ慣れると、苦味が大人の味覚の一つになる。夏野菜の中で1番栄養価が高いそうだ。今雄花が咲きだして雌花も着きだしているという。我が家は土が無いので鉢植えである。根っこが伸びる余地が限られているから、肥料は忘れないようにしなければならない。私は口ばかりで育てるのは夫の仕事。食べる人はただ感謝のみ。

会話をなくした時代

6月30日の今日は1年のユーターンの日。何と早い事か。子供時代は「早く来い来いお正月」と歌っていたのに、84歳の年齢になると「もう6ヶ月過ぎてしまった」と心が満たされないうちにと、反省しきりである。動作は心のままにならず,立ち上がるたびに「ヨイショ」と自分に号令をかけている。人目も気にしないで自然に声を出してしまう。
 午前の仕事は朝日新聞の天声人語を書写しているけれど70台の頃は、15分くらいだったのに、このごろはなんと40分かかる。新聞の字が見えにくくなって複雑な漢字は、老眼鏡に虫眼鏡(拡大鏡)を通うさなければ見えない。それよりも漢字を忘れているのが原因だ。年々脳が衰えているのを実感して寂しくなる。
 私は1日中殆ど声を出さない、と言うのは夫は遊びに出ていない。二階の息子は勤めに出て夕飯時を過ぎて帰宅、自分の口は自分でと自律の精神で自分で炊飯して食べている。父親が作った自慢のゴーヤーチャンプルーに箸を付けない徹底振りだ。
 話しは私が言い出さないと無言。「美味しそうだね。味見させて」と声をかけるとにっこりして皿に入れてくれる。
 今のところ「頂きます」「ごちそうさま」だけが声を出すチャンスだ。向かいに人がいなくても声を出している。
 孤独死が多いと昨日のドキュメントを見て、いつかは我が身と思った。
 
 
私の家のリビングから見える歩道で、チュンチュン囀りながら親子兄弟友達同士、目のふちが白い可愛い顔で飛び跳ねて遊んでいた雀を見たのは、2・3年前の記憶だ。その頃はご飯粒を撒くと、群れて啄ばむ可愛い姿に癒されていた。すずめは年中どこかでお目にかかっていたのに、私が外へ出られなくなった所為なのか?殆ど見たことが無い。
 3月裏隣家の梅が咲く頃、「ホーホケキョ」鶯の声に春を知り、童謡「春が来た」を自然に口ずさんだが今年は歌った記憶がない。
5月になり緑で茂った木々の中を疾走するツバメ。散歩中後ろから突然追い抜かれて目をくらましていた白い腹と2またに開いた尻尾が記憶にあるけれど、歩行困難で外出しないから、季節変化の楽しみが無くなってしまった
45年前八王子に越してきた頃聞いたホトトギスの歌声は「テッペンカケタカ」という夫と「テペンタケタカ」と私は聞えると言い合って、どっちが正しいか聞き耳を立てたが判らないので、辞書を引いたら「ホッチョンカケタカ」と「テッペンカケタカ」とあって夫婦で話しが弾んだ時代だった。
夕暮れになると「ホーホー」と寂しげなミミズクや梟泣き声がしたが、この声も聞かなくなった。現在住宅で埋まっている緑町は林と言うより森だったので、そこから聞えたと思う。この鳥の風貌は眼がパッチリとして威厳があり、知の神と崇められていたようだ。ヨーロッパ旅行で梟(ミミズク)の可愛い置物をみやげに買った。飾り棚の中の小さな梟をよく見ると知的な風貌である。「カッコウ・カッコウ」と力強い響きの美声に聞きほれたのも昔の思い出になった。
今朝1羽の烏が「かーかー」と鳴いて黒い影を描いていった。私の嫌いな烏だけ時たま姿を見るが、この鳥は黒く死神を連れてくるように思えて、私は忌み鳥と見てしまう。見たくない鳥だけ見る昨今である。
鳥の姿がなくなる原因は、人間の便利な電化生活でCO2が増加、地球温暖化で小鳥たちの環境を壊しているのではなかろうか?このまま温暖化が続く30年後現在の関東地方が沖縄と同じ亜熱帯に入ると言われている。何処へでも飛んでいける鳥たちは、自分が心地よい土地を求めて東北・北海道辺りへ飛んで行ってしまうと思う。
最近鴇が38年ぶりに自然の中で優雅に飛ぶ姿をテレビで見て、うっとりと眺めた。中国から贈られた2羽の鴇を、佐渡の人達が農薬を使わない環境の中で育てたのだそうだ。自然を残すには人間が欲を抑え、「足るを知れ」を在右の銘にしなければ、子孫に日本の素晴らしい自然を残せなくなるだろう。

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