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わざとらしくもマニアックなセレクションにしとります。文章も適当です。時々毒吐きます。
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サッド ヴァケイション

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女という生き物はおそろしい…
何がおそろしいって、男と比べて度胸の据わり方が違いすぎます。
ピンチに陥ったとき、僕なんかはただオロオロするばかりで何も出来ないんですが
その点女性はそんなときでもド〜ンと構えて前へ進んだり出来る。
もう絶対にかなわない。絶対に勝てない。別に勝負をする気もありませんが。
全ての女性が強くて、全ての男性が弱いと言い切るつもりもないけど
すくなくとも僕の周りにいる女性はみんな強い。
いくら強がってみせても所詮は彼女らの手のひらの上で踊らされているだけのような。
まるでお釈迦様に弄ばれる孫悟空のようです。
…まあ女性が強いというか、単に僕が情けないだけのような気もしますけど。

<あらすじ>
北九州市。中国人密航の手助けをしていた健次はとあることから密航組織に追われる身となり
代行運転業に転職する。ある晩、間宮という男を小さな運送会社へ乗せて行った。
そこで健次は幼い自分と父親を捨てて出て行った母親と再会する。母は間宮の妻となっていた。
間宮運送ではバスジャック事件の被害者・梢や、免許を剥奪された医師、借金取りに追われる青年など、
流れ者たちが共同生活をしていた。母・千代子に誘われ健次もそこで働きながら暮らし始める。
しかし健次は母への憎しみを捨てていなかった。復讐の機会を虎視眈々と狙っていたのだ…

『Helpless』『EUREKA ユリイカ』に続く青山真治の「北九州サーガ」三作目。
『Helpless』の健次(浅野忠信)『EUREKA』の梢(宮崎あおい)らのその後が描かれます。
一応、主役は健次です。
僕個人は親に捨てられたこともないし、それなりの愛情を受けて育てられたと思っているので
復讐してやろうなんて気はサラサラありませんが、親の愛情を感じられなかった健次にとっては
大人になった今でも、そこに執着することが自らの存在証明にもなっているんですね。
そんな健次の巨大な憎しみさえ軽く受け入れてしまう女たち…彼女らが本作の真の主役です。
特に母親役の石田えりの存在感が凄い!ここまで出来るか普通?
「母性」という曖昧な言葉で片付けられない、何事にも動じない女の強さが際立っています。
決して清々しくなるような物語ではないけど、ラストには参りました。降参です。

…ただ、浅野忠信の台詞には字幕をつけてくれ。お願いします。

空気人形

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心なんて無かったらいいのに。
心があるからつらい。心があるから悲しい。心があるからやりきれない。
心なんて面倒くさい。
心が無かったら、昨日のことや明日のことをくよくよ思い悩むこともないのに。
心が無かったら、他人がどうしようが、どうなろうが関係ないのに。
心ってなんだ?
医学的に言えば脳神経がどうの分泌物がこうのとなるのでしょうか。
でも、そんなことを知ったとしても決して悲しくなくなったりするわけでもなし。
つらい時はつらい。胸が張り裂けそうになる気持ちは変わらない。
でも、心が無かったら楽しくない。嬉しくもない。笑うこともできない。

<あらすじ>
のぞみは空気人形。男性の性欲を満たすために作られた「代用品」。5980円。
ファミレスに勤めるさえない中年・秀雄の愚痴を聞き、ベッドを共にする毎日。
ある朝、のぞみは「心」を持ってしまう。自分の足でベッドを出て、窓の外を眺めてみる。
服を着て外へ出た彼女は偶然入ったビデオ屋の店員・純一に一目惚れ、その店でアルバイトを始める。
「誰かの代用品」として秀雄と過ごす夜以外は充実した日々、だが空虚感は消えない。
そんなある日、純一の目の前でのぞみの体に穴が開いてしまい、空気が抜けてしまう…

業田義家の漫画『空気人形』は何年も前にプレゼントしてもらって読んだのですが
なんともいえない不思議な感覚と切なさがずっと僕の「心」の中に残っていました。
その漫画を是枝裕和が韓国のペ・ドゥナ主演で映画化した本作もまた、「心」に深く染み入りました。
「心」を持ってしまった人形と、「心」を失いかけた人間たち。
誰もが空虚さを抱えながら生きている。からっぽの人形。からっぽの人間。
「心」を持ってしまったことで悩み、傷つき、満たされたいと願う人形のなんたる切なさ!悲しさ!
そしてそれは同時に人間の切なさ、悲しさでもあります。ものすごくやりきれない。
でもオダギリジョー演じる人形師とのぞみの会話で救われた気持ちにもなりました。
ラスト、のぞみが見た夢に号泣。涙が止まらなくなった映画を観たのは久しぶりです。観てよかった。
作品の「空気」を見事に表現したworld's end girlfriend(!)の音楽もいい。サントラ即買いです。

実は一番共感できた登場人物は秀雄(板尾創路)だったりしますが…人形を使ったことはありませんっ!

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妄想って素敵だなあ。
現実社会では自分の思い通りにならないことのほうが多くてイライラするけど、
妄想の世界でなら何だって可能。女子にもモテ放題だし、金メダルだって余裕でとれます。
何をアホなこと抜かしているんでしょうか。
まあ基本的に僕はひとりが好きで、ひきこもるのも好きで、くだらない妄想に浸るのも好きなんですが、
それでもなんとなく誰かとのつながりを求めたりもする中途半端野郎です。
そんなハンパな僕の妄想なんて実に世俗的でつまらんものですが、
この広い世界のどこかには想像もできないほど凄まじい妄想を抱え込んでいる人間だっているのだろう。
今はインターネットがあるので、その妄想を世界に発信することも可能といえば可能です。
ブログで自作の小説とか詩とか絵画とかを発表している人も多いですね。
しかし簡単に自己表現できてしまうものだから、どうもこれまた中途半端なものが多いような気もします。
当ブログも中途半端ですけど。人の事は言えません。
本当に凄い妄想ってのは、やはりひっそりと誰にも知られないところに存在するのでしょうか。

<あらすじ>
1973年、ヘンリー・ダーガーという孤独な老人が亡くなった。81歳の誕生日の翌日のことだった。
彼が住んでいた小さなアパートの部屋を整理していた家主は、驚くべきものを発見する。
何千ページもの日記や自伝、そして1万5千ページにも及ぶ物語と数百枚の挿絵、
すなわち『非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語、
子供奴隷の反乱に起因するグランデコ−アンジェリニアン戦争の嵐の物語』であった。
幼い頃から父と二人暮しだったヘンリーは、やがて父が体調を崩すと同時に施設へ預けられる。
そこでの奇行から知的障害児の施設へと移されたヘンリーは父の死後、施設を脱走し故郷のシカゴへ。
病院の清掃の職を得た彼は他人との接触を極力避け、職場と教会、自宅を往復する生活を送る。
そして部屋の中でただひたすら『非現実の王国』の世界に没頭するのだった・・・

てなわけでアウトサイダーアートの代表格、キング・オブ・妄想、ヘンリー・ダーガーのドキュメンタリーです。
そもそも名前の発音がダーガーなのか、ダージャーなのか、近所の人もよくわからないらしい。
究極のひきこもり、とも呼ぶべきか。仕事はしていたけど。
誰にも気付かれることなく半世紀以上に渡ってただ自分のためだけに妄想を書き(描き)続けた男・・・。
1万5千ページの小説ってなんじゃそりゃ!読みたいが、とてもそんな気力はございません。
しかしその多くが3メートルもあるという挿絵、これは凄く魅力的で面白いです。
ヴィヴィアンガールズが活躍するその絵はメルヘンチックでもあり、同時に一大残酷絵巻でもあり・・・。
しかも彼女らの股間には何故かチンチンが・・・!
そしてこの映画では、ヴィヴィアンガールズたちがアニメーションで動く!これは斬新!
ダコタ・ファニングのナレーションは狙いすぎの感もあるけど、ハマってて良いです。
あとこのドキュメンタリーが面白いのは、現実のダーガーの人生と『非現実の王国』とが
まったく同等に扱われている点。現実と妄想が交互に映し出され、観客は困惑します。
現実とは何だ?現実社会はリアルなのか?
少なくともヘンリー・ダーガーという人間にとっては『非現実』のほうがリアルだったんだなあ。

しかし彼ほどの妄想力もないハンパ野郎の僕は、明日もまたつまらない現実世界で生きていくのだろう・・・。

吸血鬼ノスフェラトゥ

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ペストといえば古くはローマ帝国の時代から何度となくヨーロッパ全土で流行し「黒死病」と恐れられた疫病で、
14世紀の大流行では全世界で実に7000万人、ヨーロッパだけで3500万人もの死者が出たそうです。
ペスト大流行の時ばかりは、英仏100年戦争も休戦状態になったんだとか。まさに歴史を動かす災厄!!
そして減少した人口が元通りになるまで、なんと2世紀もかかったんだそうで…凄すぎる。
当時はこの恐ろしい疫病を「神の怒り」「神の審判」だと考えた人々もいたんだそうな。
十字架を背負い、自らに鞭打ちながら行進する「鞭打ち苦行」なるものも流行ったのだとか。
そういえば異様なこの「鞭打ち苦行」はベルイマンの『第七の封印』に登場しますな。
有名な「ハーメルンの笛吹き男」の伝説も、実はペストと関連があるのでは?という説もあるそうで。
他にもペストをモチーフにして語り継がれてきた怖い伝説やら物語はいろいろとありそうですね。
まあこれだけ甚大な被害を受けたら、人々の深層心理の中に「疫病の恐怖」が潜んでいるのも当然か。
(参考文献 岡田春恵『感染症は世界史を動かす』)

<あらすじ>
ドイツ・ブレーメンに住む不動産屋のヨナスンは、ルーマニアはトランシルヴァニアに住む
オルロック伯爵からブレーメンに家を買いたいとの求めを受けて彼の城へ向かう。
長旅の末、ヨナスンを出迎えた伯爵は色白で爪が異様に長い、見るからに不気味な男だった。
伯爵はヨナスンを丁重にもてなした。そして新しい邸宅の契約書にサインをしたその時、
ヨナスンが持っていたペンダントの肖像画=彼の妻ニーナに魅入られてしまう。
昼間、ヨナスンは棺の中で眠る伯爵を発見。なんと伯爵は恐ろしい吸血鬼だったのだ!
伯爵はニーナを我が物にするため、疫病(ペスト)を持ったネズミを詰め込んだ棺の中に自ら入り込み、
船の積荷となって彼女の住むブレーメンへと向かうのだった・・・

本作はサイレント映画の巨匠F・W・ムルナウの手による「最古のドラキュラ映画」かつ『カリガリ博士』と並ぶ
ドイツ表現主義映画の傑作と言われ、後にヴェルナー・ヘルツォークもリメイクしたほどの名作ですが…
ドラキュラを題材にしているだけに当然ブラム・ストーカーの原作を基にしているのだけど、
版権元の許可がとれなかったために、役名や設定を少し変えて勝手に作ってしまったシロモノなんだそう。
要はパクリですな。ディズニーランドをパクったどっかの国の遊園地も真っ青です。けしからん。
でも、この映像は凄い。さすがは巨匠ムルナウだけあって美しくも恐ろしいです。
特に吸血鬼がせまるシーンで多用されるシルエットの演出などは見事!恐怖を煽ります。
この映画に登場するドラキュラ伯爵(諸事情によりオルロック伯爵だけど)はネズミの大群を引き連れ
ブレーメンの街にペストを蔓延させます。ペスト来襲に対する人々の恐怖(葬列の映像も印象的)!
…つまりドラキュラ(諸事情により…以下略)の恐怖とはペストの恐怖である、
ドラキュラ(諸事情以下略)がペストという災厄の象徴として描かれているのが非常に興味深いです。

僕は読んでいないのですが、原作でもそういう描かれ方をしているのかなあ。気になります。

エロス+虐殺

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恋愛というのは実に難しい。偉そうに語れるほど大した経験をしてきたワケでもないですが。
好きになると、自分も好かれたいから彼女の嫌がることはしたくない。束縛したくない。自由でいて欲しい。
しかし好きになればなるほど相手が他の男と楽しそうに話しているだけでなんかムカツク。
これすなわち独占欲であり支配欲。大いなる矛盾。
しかも他にナイスな女子を見かけると、よからぬ妄想にふけったりもする。どうもすんません。
…愛と性。このふたつは同じ物なのか?愛で束縛すると性も束縛されるのか?自由とはなんだ?
愛とは自由を奪うものなのでしょうか?性を解放することは本当に自由なのでしょうか?
そういえば最近「裏技使って童貞を卒業できました」とか「新年早々生ぬぷぬぷで気持ちよかったぉ♪」
などと抜かすコメントがつくのですが、こういう輩もやはり性の解放を実践しているのでしょうか?
つうか単なる馬鹿ですね。というか悪質なサイトへの誘導なんでくれぐれもクリックしないでください。

<あらすじ>
現代(1969年)。ホテルの一室で中年男との性行為にふける女子大生・永子。
その様子を眺めていた青年・和田からの求婚を受け、彼女は彼と行動を共にするようになる。
大正時代の婦人解放運動家・伊藤野枝は上京後に出遭った大杉栄に心酔し、急速に惹かれていく。
大杉はアナーキストであると同時に恋愛自由主義者で、妻の他に女性記者とも関係を持っていた。
一方、永子は売春容疑で警察の取り調べを受けた。伊藤野枝の生涯に思いを馳せる永子と和田。
野枝と大杉の関係は密接なものになっていた。恋愛感情に束縛され、身動きがとれなくなっていく二人。
全てを解放するため野枝がとった行動とは、そしてその後に起こる悲劇とは…

これは大杉栄伊藤野枝という大正時代に実在した二人の思想的運動家の恋愛を引き合いにして
現代(60年代)の若者たちの思想や性の解放を描いた(のだと思う)吉田喜重の渾身の一作です。
…しかし難しい!というのは、現代と大正時代が交互に描かれるのだけど、その境界が実に曖昧というか
よく見ると野枝や大杉が登場するシーンの背景が現代の東京だったり、永子と野枝が会話したり、???
日陰茶屋事件や大杉&野枝の虐殺事件などの史実を忠実に描いているわけでもないし。むしろ幻想的。
大正時代かと思いきや、実は野枝や大杉は現代に現れた亡霊なんじゃないか?などと感じてしまいました。
現代に生き、性に解放的な(フリをしているだけ?)永子。
大正時代に生き、恋愛に縛られながら自らの理想の追求のため、それを突破しようともがく野枝。
二人の女性をシンクロさせた先に見える愛とは?自由とは?革命とは?死とは?
60年代という時代の空気が充満、そしてスタイリッシュで美しい映像に圧倒される映画でした。

しかし和田役の原田大二郎がですね、奇声を発したりして非常にむさ苦しいです。この人昔からこうなんだなあ。

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