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前回の続きです。
僕たち家族は、3月17日の夕方(ほぼ夜です)におばあちゃんの家に行きました。そして何よりもま
ず、お墓に行きました。
この日と、次の日は、僕たち家族が責任を持って、お墓に灯を灯すからとおじさんに言ってあったから
です。
そして、お墓に行くと、既にお墓には灯が灯っていました。時刻は、午後6時半前でした。
皆は、
「まあ、今日は来たのが遅かったから、誰かが灯を灯してくれたのかもしれないね。」と言って納得し
ておばあちゃんの家に帰りました。
そして、おそらく初めてだと思いますが、おばあちゃんの家で、僕たち家族だけで夕食を食べました
(今までは、当たり前ですが、おばあちゃんが居ましたからね)。
きっと、この日が僕たち家族が僕たち家族だけでおばあちゃんの家で食事をする最後の日だったでしょ
う。
夕食を食べた後、親父は寝ました。時刻は、午後8時半でした。
そこからはすることもなく、行くところもないので、僕と三郎とおかんはボーと深夜12時半まで一緒
にテレビを見ました。
その日も、いつものように畳の上に電気絨毯を敷いて、各自が毛布を1枚掛けて寝ました。
そして、次の日の朝、僕たちはお墓参りに行きました。その際に、松江から持って帰ったお菓子(茶菓
子)をお供えしました。
午前11時頃だったでしょうか、おじさんとおばさんがおばあちゃんの家にやって来ました。
おじさんと親父は一言も会話を交わすことなく時間は過ぎました。おばあちゃんの家の中は何とも言え
ない重苦しい空気が流れました。
そして、おばさんが親父の元へやって来て、何やら話し始めました。
おばさんは、あくまでも個人の意見と前置きをした上で、おばあちゃんの家や畑などの土地は、暫くの
間は共同管理で良いと言いました。
親父はうんうんと聞いていました。
その後、僕たちは畑へ行き、草抜きをしました。畑は、1ヶ月も手入れをしなければ雑草などが生えて
荒れてしまいます。また、何かを栽培している場所では、除草剤も使用できません。
なので、鍬で土を掘り、草を抜くというよりは取りました。
そして、そうこうしているうちに、おじさん家族は帰ってしまいました。
結局、親父の言う「修羅場」はありませんでした。
僕たちは、親父に、何故、家族で決めたことをおじさんに言わないのかを聞きたかったですが、その時
は黙っていました。
その後、何事もなく夕方になり、最後の、お墓に灯を灯して帰ることにしました。時刻は午後5時半頃
だったと思います。
お墓へ行くと、なんと前日と同じく既にお墓には灯が灯されていました。
その時、親父は、凄く悔しそうな顔をしました。三郎は、
「1回消してまた灯そうよ。」と言いましたが、却下されました。
そして、おかんが言いました。
「朝、お供えした、松江から持って帰ったお菓子がないわ。」と。
確かによく見ると、朝、確かにお供えしたお菓子だけありませんでした(前からお供えしてあったお菓
子などはありました)。
何となく、誰がこのようなことをするのかは皆分かっていました。僕から見てもかなり大人げないこと
だと思います。
僕たちは、線香を立てて帰りました。
その夜、親父がかなり久しぶりに怒鳴りました。そうです、僕たちが、お昼の親父の態度・行動を問い
詰めたからです。
おばさんの言うように、おばあちゃんの家を共同管理ということにすると、つまりはおかんに負担が掛
かります。おかんがちょいちょいおばあちゃんの家に行き、窓を開けたり、畑の草を抜いたりしなければ
なりません。
親父は、
「分かったよ!今度会ったら言うよ!」と大きな声を出しました。
次におばあちゃんの家に行くのは、3月21日(お彼岸)となっていました。
その日、僕と親はおばあちゃんの家に行き、普通に振る舞い(お昼は、おはぎを食べることになってい
ました)、WBC(ワールドベースボールクラシック)の決勝戦(日本対キューバ)を見て、夕方帰りま
した。
おじさんはこの日姿を見せませんでした。
帰る間際、親父はおばさんに1通の手紙と書類を渡しました。
手紙は、「弟へ」と題された手紙で、今の心境を綴ったものでした。詳しい内容は分かりませんが、先
日の、お墓の一件では悲しい思いをしたことなどが綴られていました。
書類は、いわば契約書(一切の財産・祭祀継承者の地位を放棄する旨などが書かれていました)でし
た。親父は、この契約書は、仏壇の前でサインするつもりであると泣きながら言っていました。
僕たち家族は、ある意味晴れ晴れした顔でおばあちゃんの家を出ました。
僕の家は、おかんでもっていると言っても過言ではありません。おかんが沈んでいれば家族中が何か重
たい雰囲気に包まれ、おかんが明るければ家中が明るくなります。
それから数日、おかんに笑顔が戻りました。冗談も言うようになりました。それはある意味重圧から解
放されたからでしょう。
そして、先週水曜日、おかんは久しぶりに、レンタル屋さんへ行き、韓国映画を借りて来て観ていまし
た。親父にも笑顔が戻りました。
実家の食卓の傍には、おばあちゃんの写真が置かれ、最近は毎日朝に親父がおばあちゃんにコーヒーを
入れてあげています。
きっとこのままいけば、親は、ここ松江に新たにお墓を作り、仏壇も構えることでしょう。世の中に
は、二男が跡を継いでいる家は沢山あります(親父の聞いた話では、六男が家を継いだ例もあるそうで
す)。おばあちゃんや、先祖の方には申し訳ないですが、生きている人間が何よりも大切だと思います。
今、僕の家には再び笑顔が戻りつつあります。
追伸:
なお、初めてお越しの方へ。
「書庫」の上の方にある、「今後のラインナップ」に(仮)タイトルがありますので、読んでみたい記事がありましたら、コメント欄その他へお気軽にお書き下さい。日々、(仮)タイトルは増えておりますので、チェックしてみて下さいね。
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