2007年 四国旅行記

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 2007年11月23日から同月26日までの四国旅行記です。参加者は、親父・おかん・僕・次郎・三郎です。
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 前回の続きです。

 親父とおかんと僕は、午後6時50分発の特急やくもに乗りました。親は指定席でして、僕は自由席で

した。僕はすぐに眠りに入りました。

 ふと、車掌さんに声をかけられまして、目が覚めました。切符を見せて下さいとのことでした。車掌さ

んによっては眠っている人を起こさないこともあるのですが、今回は声をかけられまして、時計を見ると

午後7時20分でした。

 その後、眠れなくなりましてね、ボーっと真っ暗になった外を、窓に映る車内や自分を見ながら今回の

旅を振り返っていました。


 余談ですが、旅ではですね、兄弟3人子供に返るような気がします。僕が30歳、次郎が28歳、三郎

が21歳で、それぞれ大人になり(つつあり)、自分というものを少しずつ分かり始めていて、お酒も飲

めるのですが、僕が12歳くらいで次郎が10歳くらいで三郎が4歳くらい(まあ、それは大げさですか

ね)、みんな小学生に戻ったような気がしますね。

 旅の途中、子供の頃の話をよくしました。

 僕や次郎は、学校が終わって家に帰りますと、制服を脱ぎ散らかし、ランドセルを放り投げ、遊びに出

掛けていました。

 服を掛けない僕たちに業を煮やしたおかんは、制服や体操服、ランドセルを庭に投げ捨てていました。

それは雨が降っていようが雪が降っていようがお構いなしでした。

 僕や次郎は慌てて庭に出ましてね、自分の制服やランドセルを拾いまして、服掛けに掛けていました。

 そんな話を次郎がしましてね、そう言えばそんなこともあったなと思い出しました。すっかり忘れてい

た記憶なのですよね。


 先日の日記で、実家の裏に住んでいる子供の話を書きました。その子はまだトイレの後、自分で自分の

お尻が拭けないようで、

 「お母さん、出たよぉ〜。」とトイレから叫んでいたのですが、そんな話をしますと次郎が、

 「そう言えば、三郎も同じことをトイレから『出たぁ〜!』と叫んでいたよ。」と言いました。

 「しかも小学生になっても言っていた。」と言うのですよ。

 三郎は、

 「小学生になってまではないでしょう。」と言っていましたが、家族中大爆笑でした。


 僕が19歳になるまでは家族5人で暮らしていました。僕が大学進学の為に実家を出て、次郎が出て、

僕が戻り、三郎が出て行きました。

 何と言いますかね、真っ暗な外を眺めながら色々と思っていました。


 子供の頃には家族旅行に行ったことはありません。島根県にはレジャースポットもありませんしね、ど

こにも行かなかったとは言いませんが、行きませんでした、行けませんでした。

 でも、今になって思えばそれも当たり前かなと思うのですよ。

 親は家を建てて、僕たち3人を大学にも行かせてくれました。相当節約をして生活をしていましたね。

この上に旅行なんて無理だったでしょうね。

 でも、本当に凄い親だなと思いますよ。


 そして今、年に1度の割合で家族旅行をしていますね。


 実は今回、ほとんどお土産を買いませんでした。

 何と言いますか、おかんは旅行に行ったということを周りの人に言いたくなかったようでした。

 言いにくいのですが、素直に喜んでくれる友達よりは、

 「あら、いいわねぇ。」と僻みと言いますかね、そういう目線で物を言う方もおられます。悪いことを

している訳ではないのですがね、何となく言いにくいのだそうです。


 まあ、色々と書きたいこともあるのですが、簡潔に書きますとね、子供の頃は、どこにも行かず躾も厳

しい家でして、この家の子供は嫌だなぁと思った時期もあったのですがね、今はこの家の子供、この親の

子供、この弟、この家族で良かったな、と思ったのですよ。

 そして、健康に気を遣う親で、健在で有り難いなと思ったのです。

 親父は初日の夜からの参加でした。

 このことを実はおかんは多少喜んでいました。

 親父が金比羅さんに行き、あの階段を上がると、血圧が上がるのでは、と心配していたのですよ。


 さて、最近は電車内は殆どが禁煙でして、煙草を吸いたい場合は、

 
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 このような電話ボックスのような場所の中に入って吸います。

 その後も全く眠れませんで、午後9時28分に松江駅に到着しました。

 一度実家へ行きまして、ではお疲れ様でしたということで、僕は車のエンジンを作動させようとします

と、

 「キュルルルル!キュルルルルルルルルルルルン!」と何とも頼りない音がしましてね、車のエンジン

は掛かりませんでした。

 その日は実家の車を借りて帰りましたが、一瞬冷や汗が出ましたね。

 11月23日の早朝のエンジンスタートが最後のエンジンスタートになったのですから、ある意味奇跡

かなと思いました。

 もしもあの時、エンジンが作動しなかったら、市内のタクシーは出払っていましたしね、旅の初日から

大幅な日程変更と言いますか気分も最悪のスタートになったと思います。
 
 
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 午後10時過ぎですかね、部屋に戻りました。

 三郎は午後8時過ぎには京都に着いたらしく、おかんにメールがあったそうです。そのメールには、今

回の旅のこと、感謝の意が丁寧に書かれていました。

 午後11時22分に、次郎からメールがありました。

 「今、無事に家に着いたよ。やっぱり東京駅に着いてからも一苦労だね。この度は色々とお世話になり

有り難うございました。皆さん疲れが出ないようにごゆっくりお休み下さい。」と書かれていました。こ

のメールは家族全員に送付したようなのですが、僕にだけ、一言追加してありました、

 「トーサンにもよろしく。」と。

 そんなメールを見ましてね、次郎も三郎も、親のこと、この家族のことが好きなのだなと思いました

よ。

 次郎は今年の夏頃に親父と少し喧嘩をしていましたからね。仲直りしたようで良かったです。


 さて、ということで、無事に旅行も終わり、我が家で一泊。

 最終日のレンタカーの走行距離は194キロ(通算823キロ)でした。


 これで2007年の家族旅行は終わりました。


 後日ですね、車を直して貰いましたが、バッテリーが弱っていましたね。

 通常はバッテリーは約11ボルトの電流が流れているそうですが、僕の車が約5ボルトの電流しか流れ

ていませんでした。バッテリーを交換して貰いましたら、約15ボルトの電流が流れていましたね。

 旅行が終わっておかんは、

 
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 倉敷の美観地区を絵手紙にしていました。

 当分の間は機嫌が良さそうですし、来年はどこに行こうかと今から思いを巡らせているようですね。


 今回も沢山の写真をデジカメで撮りましてね、実家のデジカメでは約100枚の画像がありました。三

郎のデジカメと合わせるともっと大量になると思います。

 家族5人で写っている家族写真も何枚かありました。

 実家には、僕が子供の頃に金比羅さんに行った時の写真が飾ってあります。

 その写真には三郎は写っていませんので、僕が7歳までの写真だと思うのですが、僕と次郎はそれぞれ

がジュースを持っていたりもしますね。

 あれから20余年、みんな大きくなり、老けたものですね。


 さて、僕も、

 
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 金比羅さんで買った幸福の黄色い御守りを飾りました。

 僕も今回はお土産を殆ど買いませんでしたが、モノより思い出かなと思います。


 さて今回は旅行記としては過去最長の全12回に亘って書いてしまいましたが、画像も大量にアップし

ましたし、書きたいことも書き尽くしましたので、自分としては満足しています。

 四国自体は、毎日が日没との戦いで、急いで廻ったということもありまして、腹八分目の観光なのです

が、最終日の温泉は良かったですね。

 家族内でも、

 「最終日の温泉は欠かせない。」ということになっています。

 またですね、この旅行中は天候にも恵まれましたね。

 おかんはいつものように、

 「おばあちゃん(親父方)のお陰だわ。」と言っていました。

 でも、本当にそうなのかもしれません。


 また機会があれば四国に行きたいなと思っています。

 長きに亘り、最後までお読み頂きありがとうございました。


 では旅行の最後に、一言、

 「もっと四国!」

 ではまたこの場所でお逢いしましょう。

 只今の貯リクエスト率は0%(0件)です。


 追伸:
 なお、初めてお越しの方へ。
 「書庫」の上の方にある、「今後のラインナップ」に(仮)タイトルがありますので、読んでみたい記事がありましたら、コメント欄その他へお気軽にお書き下さい。日々、(仮)タイトルは増えておりますので、チェックしてみて下さいね。

 また、誠に申し訳ありませんが、出来れば、一番読みたい記事を1つだけ選んでもらえると嬉しいです。その記事が書かれた場合、またリクエストして下さいね。
 
 前回の続きです。

 実はですね、帰りのルートなのですが、すんなりとしまなみ海道コースに決まった訳ではありませんで

した。親父は初日の夜からの参加ということで、讃岐うどんを食べておりませんで、親父にも讃岐うどん

を、とも考えたのですよ。三郎も最後にもう一杯食べたいと言っていましたしね。

 でも、まあ、折角の機会なので、しまなみ海道で、となりました。


 松山市からしまなみ海道に行くには幾つかのルートがありまして、カーナビの推奨ルートは、松山自動

車道から今治小松自動車道を使うルートでした。地図を見ますとですね、松山自動車道としまなみ海道

(西瀬戸自動車道)は連結されていませんで、途中で一般道を暫く走ることがわかりまして、迷いました

ね。

 色々と次郎と話した結果、国道317号線をのんびり通ってしまなみ海道に入ることにしました。

 さてこの道、

 
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 山道でしたね。途中でダムが見えましたので車を停めまして、ダムを見ることにしました。

 ダムの横には、

 
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 白鷺湖という湖もありまして、駐車場では軽トラックが一台停まっていまして、みかんを売っていまし

た。休んでいると、親が走って車に乗りましてね、聞きますと、

 「大きな蜂がいたのよ!」と言っていました。

 その後、車内ではダムの駐車場で買ったみかんを食べたのですが、美味しかったですね。そして皆さん

がお昼寝に入られましてね、僕もかなり眠かったです。


 さて、今回の旅行では僕と次郎が交代で運転をしたのですが、どこで交代ということはありませんで、

基本的には次郎が運転したくなったら運転し、次郎が疲れたら僕に代わるという感じでした。

 山を越えまして、今治までもう少しという場所に来た時に、次郎がいつものように、

 「兄貴、眠いでしょ?疲れてない?」と言いました。まあ、これが、運転代わりますよサインです

ね。僕からするとですね、もっと前から代わって欲しかったのですが、次郎は寝ていましてね、頼めませ

んでした。

 今治からしまなみ海道に入りますが、今治には今治城があるのですが、さすがに1日に2つのお城はき

ついのでしょうか、誰も行きたいとは言いませんでした。

 そしてしまなみ海道に入りました。

 
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 今回の旅では橋を多く見たのですが、さすがに今回は、

 「おぉ〜!」とはなりませんでしたね。

 ふとカーナビを見ますと、

 
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 分かりますかね、海の上に道が一本ありまして、そこを通っているというとてもシンプルなものになっ

ていました。

 
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 途中の瀬戸田パーキングエリアで休憩をしました。親はコーヒーを飲んだりしていましたが、ふと見ま

すと、

 
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 しおなみソフトなるものがありました。少し説明をしますと、しまなみ海道は幾つかの島を繋いでいる

のですがその中に伯方島という島があります。伯方、そうですね、伯方の塩、ですね。どうやらしおなみ

ソフトは塩も入っているということで、

 
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 食べましたよ。塩の味はしませんで、美味しいソフトクリームでした。

 そして何故か、三郎から、

 
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 スタンプを押した紙を渡されました。きっとスタンプが押したかっただけだと、思います。

 さてこの時、時刻は午後3時でした。

 さて、その後しまなみ海道を抜けまして、尾道市に入りまして、そのまま山陽自動車に入り、岡山を目

指しました。尾道市と言えば尾道ラーメンが有名なのですが、さすがにお腹一杯で食べる気がしませんで

したね。

 
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 山陽自動車道の篠坂パーキングエリアで休憩をしました。時刻は午後3時50分でした。そして、ふと

三郎が、

 「お兄さん、倉敷に行ったことある?」と聞いて来ました。倉敷は通過したことはあり、所用で一度だ

け行ったことはあるよ、と言いますと、

 「美観地区は行ったことある?」と聞いてきました。

 「ないよ。」と答えますと、そこに親父が来まして、

 「えっ、行ったことないの?」と僕と三郎に言いましてね、三郎は、

 「だって、子供の頃にお父さんにどこにも連れて行って貰ってないから。」と嘘泣きしながら言ってい

ました。

 ということで追加の観光を倉敷ですることになりました。

 山陽自動車道を下りまして、一般道に入りますと、少し渋滞が始まっていましたね。

 ということで今回の旅行の最後の観光場所である、

 
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 四国を抜けまして、岡山に入って気付いたことはですね、岡山の方が紅葉が進んでいるなということで

した。やはり、四国の方が暖かいのかなと思いましたね。

 
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 (ポーズを決めている次郎とそれを撮影しているおかんですね)

 この橋の辺りはCM等でもよく使用されるようですね。

 
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 さて、次郎はこの美観地区に来たことがあるようでして、その時にお煎餅を食べたのだそうです。とい

うことで次郎が、

 「確かこの辺にあったと思うけど。」と言いながら路地を入っていきますとお煎餅屋さんがありまして

ね、目の前で焼いてくれまして、

 
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 僕は一番オーソドックスな醤油煎餅を食べました。三郎は七味?一味?煎餅を食べましたが、かなり辛

いと言っていましたね。


 倉敷の美観地区には初めて行ったのですが、周りと違う空気が流れていると言いますかね、よかったで

すね。時間があればもっと路地を入って行って見てみたかったです。何と言いますかね、路地の奥って何

かがあるような気がするのですよね。


 さてということで、全ての観光を終了しまして、岡山へ戻ることにしました。

 岡山からですね、親父とおかんと僕は特急やくもに乗り、松江に戻り、三郎は新幹線で京都、次郎は新

幹線で東京(東京から埼玉までさらに戻ります)まで帰るのですが、問題は、特急やくもの時間でした。

 岡山発出雲行きの特急やくもは1時間に1本しかありませんで、しかも時間は50分頃なのです。つま

り、16時50分頃、17時50分頃、18時50分頃、なのですね。

 僕や次郎三郎は、多少帰りが遅くなっても構わないのですが、親(特に親父)は家に帰ってから少しは

ゆっくりしたいと思っていたようで、17時50発の特急やくもに乗りたがっていました。

 この時時刻は午後5時10分頃でしたね。

 ここで考えられる手がありました。実は特急やくもは岡山を出発すると次の停車駅は倉敷でした。

 ということで、親父とおかんと僕は倉敷駅で降りまして、次郎と三郎が岡山までレンタカーを返しに戻

るという手、家族5人で岡山までは戻るけど、岡山駅で僕たち3人を降ろして、次郎と三郎が給油をして

レンタカーを戻す手、でした。

 一般道を使って岡山まで戻ることにしたのですが、カーナビの岡山到着時刻を見ますと、午後5時40

分でしたので、取り敢えず家族5人で岡山まで戻ることにしました。しかしですね、カーナビから聞こえ

てくる言葉は、

 「この先2キロ先、渋滞です。」という、渋滞を示す言葉でして、それと共に、カーナビの岡山到着予

定時刻がじりじりと遅れていきました。

 午後5時45分を示し、午後5時50分を示し、午後6時を示しました。

 車内では親父ももう17時50分発の特急やくもに乗ることを諦めましたね。


 次郎はそんな親父を面白がりまして、一人で病院コント?をしていました。

 僕が思うに、医師兼看護師役が次郎、患者はレンタカー、親父が患者の家族の設定でして、

 「お父さん、出来る限りの手は尽くしましたが、後30分が山だと思います。あはははは。」

 「(レンタカーに)頑張って、頑張って!あははははは。」

 「(岡山到着予定時刻を見ながら)脈がどんどん弱くなっていますね。あははははは。」

 「(岡山到着予定時刻が午後5時50分を示すと)残念ながらご臨終です。チーン。あはははは

は。」と言っていました。

 何と言いますか、次郎は一人でお腹を抱えて笑いながら一人コントをしていました。


 さて岡山への道はかなりの渋滞でしたので、途中で給油もしまして、その後無事にレンタカーも返しま

した。結局、岡山駅に到着したのは午後6時20分は過ぎていたと思います。

 そして改札口付近で、僕たち3人は在来線乗り場へ、次郎と三郎は新幹線乗り場へと別れました。

 「じゃあ、また年末に。」という挨拶をしました。

 
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 こうして残るは、岡山を18時50分発、松江に21時28分着の電車に揺られて帰るだけになりま

した。僕はずっと眠って過ごそうと思っていました。

 さて今回はこの辺までにしましょう。


 続きます。
 前回の続きです。

 さて、松山ということでまずは松山城へ向かいました。松山城は標高132mの勝山山頂にありまし

て、山頂へは、

 
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 歩いて行くことも出来ますが、僕たちはロープウェイ乗り場からロープウェイかリフトで上がりまし

た。ロープウェイは10分間隔でしたかね、所要時間は約3分、リフトには随時乗ることが出来まして、

所要時間は約7分でした。

 高所恐怖症の親父はロープウェイ、親父に付き添ったおかんもロープウェイ、僕たち兄弟は、

 
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 リフトで山頂へ行きました。

 
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 途中でロープウェイに追い抜かれましたね。

 
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 (わぁーっと、こんなこともしてみたくなりますね)

 さて、僕のかすかな記憶ですと松山城周辺には松山市営球場があったような記憶がありまして、少し探

したのですがありませんでした。かすかな記憶と言いますのは、僕の好きなテレビ番組の1つに「あぶな

い刑事」というのがあるのですが、そのドラマの中で松山ロケが行われていまして、犯人を追う柴田恭兵

さんと仲村トオルさんはこのロープウェイに乗り山頂を目指します。そして犯人を見つけ、ロープウェイ

から飛び降りるというシーンがありましてね、そんなことを思い出しながらリフトに揺られていました。

 約7分間でしたが、ゆったりのんびりした時間が流れましたね。


 さて山頂に到着しまして、

 
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 早速松山城へ向かいました。

 
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 驚いたことにですね、天守閣前等には、坊ちゃんやマドンナの姿をした方々がふらふらしておられまし

てね、観光客の方もその方達と一緒に記念撮影をされていましたよ。どうやらですね、市から委託された

民間業者の方々のようでしたが、なんだかいいなぁと思いました。

 実は、というほどのことでもないのですが、以前ですね、日記で松江城でもバカ殿や姫、忍者を配置し

たら、と書いたことがあったのですが、実際にされている場所があったので驚きました。

 
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 ということで、天守閣へ向かいました。

 
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 松山城はスリッパがありましたね。僕は一足お先に場内に入ったのですが、廊下を歩いていると、

 
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 松山城に一人ですね、ノコノコとやって来る不審な人物を発見しました。

 「くせ者じゃぁ〜引っ捕らえよぉ〜!」と言いたかったですね。まあ、おかんなのですがね。

 
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 この画像はですね、特に意味はないのですが、いい照明だなとこういう照明器具が部屋にあったらいい

なと思い撮っておきました。

 城内では松山城の歴史(落雷により天守閣を失い、その後、再び天守閣を築城するのに苦労したという

話)等が紹介されていたのですが、一番印象に残っているのは、とある大工さんの書いた落書きでした

ね。江戸時代か何かにですね、大工さんが木に描いた武士の落書きが展示してあったのですよ。これがで

すね、可愛らしい絵でしてね、ずっと眺めていました。

 是非松山城に行かれましたら、その江戸時代の墨で描かれた落書きを見て下さいね。

 
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 天守閣の1階下ではですね、何と言えばよいのでしょうか、天守閣の一部を作り直したときの様子が記

録されているドキュメンタリー番組が流されていましてね、思わず座って見入ってしまいました。もっと

見ていたかったのですが、親に急かされてしまいましたね。

 
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 さて天守閣より松山市内を見渡していましてね、少し気になったことがありました。それは、遠くが多

少ですね、かすんでいるのですよ。都会なのだなと思ったのですが、ふと遠くを見るとですね、煙突から

煙をもくもくと出している工場がありましてね、その煙が原因で空がかすんでいるのかなと思い、次郎に

聞いてみますと、

 「そんなことはないでしょう!」と言っていました。

 でもですね、どうもその工場からの排気ガスが風に乗って松山市内の上空を覆っているように見えたの

ですよね。

 
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 ということで天守閣を下りまして、天守閣周辺を一周しました。この一周しているときに、外国人の女

性の方が一人おられまして熱心に写真を撮っておられたのですが、まあ、何と言いましょうか11月も終

わろうかという時期なのですが、やたらと露出が多かったのを覚えております。

 さて、松山と言いますと、正岡子規さんも有名でして、城内には、松山城を詠んだ俳句として、

 
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 「松山や 秋より高き 天守閣」と刻んであります。

 
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 俳句ポストというのもありまして、どうやら2ヶ月に一度俳句を回収して特選や入賞作品を選句してる

ようですね。

 折角の機会ですので、僕も一句詠んでみましょうかね。

 「松山の 伊予柑ソフト 食べたいな」(たか)

 
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 ということで、伊予柑ソフトを食べました。味はですね、ヨーグルトの味がしましたよ。


 さてその後、またしてもロープウェイかリフトに乗って下りるのですが、親父は勿論ロープウェイに乗

る気でしてね、ここで次郎が親父にリフトに乗るように説得をしていました。結局、説得に折れた親父も

リフトに乗りました。

 
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 さて帰りにですね、僕の前にはおかんが乗っていたのですが、突然僕の方を向きまして、

 
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 「見て見てぇ〜蜜柑よぉ〜誰も獲らないのかしら?勿体ないわねぇ、お母さん欲しいわぁ〜。」と言っ

ていました。その後も車内でですね、蜜柑農家の人と結婚しても良かったと話していましたね。

 まあ、どうなのでしょうかね。リンゴや蜜柑が好きだからと言って、結婚までもしなくてもいいのでは

ないかとも思いますし、きっと収穫期には働くことなくずっと作ったリンゴや蜜柑を食べているつもりな

のでしょうね。

 おかんには、

 「いや、箱で好きなだけ買った方がいいと思うな。」と言いましたら、納得されましたね。

 さて、話は変わりますが、「だるま」というのがありますね。だるまの性別はと聞かれるとまあ、男性

だと思うのですが、世の中には女性のだるまあります。

 僕が今までに知っていたのは「姫だるま」というだるまでしたがここ愛媛県にも「媛だるま」(ひめだ

るま)というのが、

 
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 ありましたよ。若干ですかね、眉毛が太いかなと思いました。もう少し何とかなりそうな気もします

が、実は実家にあるのだそうです。

 
 さてこの後ですね、もう一箇所くらいどこかに行きましょうかと思っておりまして、ガイドブックを見

ていまして次郎に聞きますと、

 「special nothing.」と言いまして、時刻は午後12時を過ぎておりましたので、お昼御飯を食べるこ

とにしました。松山はですね、鍋焼きうどんが美味しいようでして、お店を探したのですが、

 
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 なかなか見つかりませんでしたね。3人で手分けをして探しまして、アーケード内ではなく一本道を入

った場所で、

 
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 鍋焼きうどん専門店の「ことり」さんを見つけました。

 余談ですが、カーナビは目的地近くになりますと、

 「目的地周辺です。音声案内を終了します。」と言って勝手に案内を終えてしまうのですよね。分かり

やすい場所に目的地があると助かるのですが、なかなか目的地が見つからないこともありますね。

 
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 鍋焼きうどんは美味しく頂きました。それにしても注文してからテーブルに運ばれてくるまで異常に早

かったですね。


 余談なのですが、この市内周辺はなかなか駐車場が見つかりませんで苦労しましたね。少し探してコイ

ンパーキングを見つけたのですが、これがまた駐車しにくくて困りました。何が困ったかと言いますと

ね、隣に駐車していた車なのですよ。

 この車、ベンツだったのですが、ちゃんとですね、車止めまで下がってくれていませんでね、その分で

すね、車が前に出ている状態なのですよね。

 つまり、今回のレンタカーも小回りが利かない車でしたので、本当に駐車しにくかったです。

 次郎も僕が苦労しながら駐車する様子を見ていまして、

 「大丈夫?入る?」と聞いて来ましてね、

 「隣のベンツがねぇ。」と言っていますとですね、運悪くそのベンツの運転手さんが戻って来られまし

てね、少し苦情を聞かれたかもしれないなと思い、焦りましたね。

 皆さんね、車止めは、車の後部が壁にぶつからないような場所に設置されていますので、そこにタイヤ

が当たるまで下がって駐車して下さいね。


 ということで、お昼も食べましたので、最終目的地である岡山へ向けて出発することにしました。余談

ですが、今回はレンタカーの乗り捨ての契約をしておりませんで、借りた場所である岡山の営業所まで車

を返さないといけませんでした。
 
 岡山の営業所を目的地にセットしますと、推奨ルートは松山自動車道から高松自動車道を経由して、瀬

戸大橋経由でした。距離にしますと、瀬戸大橋経由が約180kmでして、しまなみ海道経由が約210

kmでした。

 勿論ですね、しまなみ海道経由で岡山を目指します。

 この時の岡山到着予定時刻は午後4時頃だったと思います。

 さて今回はこの辺までにしましょう。


 続きます。
 
 前回の続きです。

 家族5人で旅行に行き、男3兄弟を見られると、大抵の方は、

 「あらまぁ、(頼もしくて)いいですわねぇ。」とか「(子育て)大変だったでしょう。」と言われま

す。今回の仲居さんもそのような話をされました。 


 その後、仲居さんは自分のことを話し始められまして、その仲居さんは長男・長女の2人のお子さんが

おられるということでした。長女さんはご結婚後、旦那さんを交通事故で亡くされたようで、今は長女さ

んと高校生のお孫さんと一緒に暮らしておられるそうです。

 そんな話の中で、何かの話をきっかけに、仲居さんは、

 「長男の方が可愛いねぇ!」と言われました。

 その瞬間、僕たちは凍り付くと言いますかね、箸を持つ手が一瞬止まりました。おかんの様子を見る

と、そこまでの衝撃は受けていませんでしたが、まあ、衝撃的な話でしたね。


 今回の旅行は、おかんが言い始めたものでした。

 去年も今年も家族内、家族内と言いますか親戚関係と色々とありまして、一番参っていたのはおかんで

した。去年も今年も徐々に立ち直ってきたおかんが元気になるためと言いますか、元気になったことを確

認する為に旅行をしたという部分もあります。

 狭い車内での移動中も、その関係の話には極力触れないようにしていました。

 とは言うものの、次郎だけは空気が読めないようで、旅行の初めの日などは、

 「お母さん、そう言えば最近はおばあちゃん(おかん方)とどうなの?連絡は取っているの?」と普通

に聞いていましたが、その後は空気を読み始めたらしく何も聞かない、触れないようにしていました。

 仲居さんの言葉は衝撃的でしたね。


 さて食事も終わりに近づいた頃、仲居さんが、色々と町の説明をしてくれました。仲居さんが言います

には、男性にとっては遊ぶお店が温泉街にはあるそうなのですが、女性にとってはすることのない町だと

言っておられましたね。

 ということで、少し外を散歩してみることにしました。外出用の羽織を羽織って出掛けましたが、旅館

毎にその羽織は色やデザインが異なっていましてね、見ているだけでも賑やかでしたね。

 
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 まずは道後温泉本館ですね。

 旅館に、この道後温泉本館の割引券がありまして、神の湯というお風呂に入り桟敷で休憩し、皇族専用

の又新殿(ゆうしんでん)を見学出来るチケットが通常1200円のところを800円で販売していると

のことでして、翌日の朝に来ようと思いました。

 でも、僕の他は誰も乗り気ではありませんで、唯一おかんは「皇族」という言葉に反応をしていまし

た。

 
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 温泉街の中を歩いていますと、遠目に男性が喜ぶようなお店も見えましたが、左に曲がりまして、その

まま進み、時刻が午後9時近くでしたので、

 
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 坊ちゃんカラクリ時計を見ました。この時間帯は他の宿泊客の方も夕飯を終え町に出て来られたよう

で、多くの人が見物されていましたね。ゆっくりゆっくりと時計が上に伸びまして、左右の扉が開いたり

ですね、カラクリ時計でした。面白かったのは、当たり前なのかもしれませんが、カラクリの開いた順番

に閉じていくのですよね。徐々に元の形に戻っていくカラクリ時計を見ながら、次はあの扉が閉じるよね

と思いながら眺めました。

 
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 (親父とおかんがここに顔を入れて記念撮影をしていました)

 その後、町中をブラブラして旅館へ戻りました。

 たまに松江温泉街周辺でも浴衣を着て歩いている方を見かけますが、なんとなくいいですね。日本人だ

なと感じますね。

 その後は各自が旅館内を探検することになりました。旅館の客室は3階から8階までありまして、7階

と8階は特別室というのでしょうか、立派なお部屋でしたね。因みに僕たちは4階でした。

 
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 さて旅館の1階にはソファーが置いてありまして、そこに灰皿がありますので煙草を吸いながら庭を眺

めたりしました。

 その後、部屋に戻りまして、次郎や三郎を、道後温泉本館に誘ったのですが、あることを発見して拒否

されました。まずはですね、道後温泉本館の関係者の皆様方にこの場を借りて深くお詫び申し上げます。

次郎と三郎が不謹慎なことを言いました、と。

 パンフレットを見てですね、どうやら道後温泉本館の1日の利用者が約3000人だと書いてあったの

を見て、

 「お兄さん、これは建物も古いし、利用者も多いし、水虫になるかもよ。」と言うのですよ。

 実は次郎も三郎も共同浴場や共同スリッパ等を利用したことがきっかけで水虫になったことがありまし

て、かなり恐れているようでした。話を続けますと、

 「1日に3000人だよ!これはやばいよぉ〜。」と脅すのですよ。

 ということで、翌日の朝は僕一人で温泉に行くことを決意し、眠ることにしました。

 かなりの余談ですが、この日はさすがにいい(羽毛)布団だと家族が満足しておりました。


 こうして3日目が終わりました。

 ということで、松山で一泊。

 この日のレンタカーの走行距離は183キロ(通算629キロ)でした。


 11月26日、4日目(最終日)を迎えました。

 この日も朝早くから親父が起き始め、みんなが起きました。前日はみんながさほど飲まなかった(特に

親父は3日連続になるということで1杯しか飲みませんでした)のでイビキも少なく快適な夜だったよう

です。

 親父とおかんと三郎は外に散歩へ、次郎は旅館の温泉に朝風呂に入りに行きました。僕は勿論、道後温

泉本館(朝6時から営業と書いてあったような気がします)に行こうと思っておりましたが、気付くと旅

館の温泉に入っておりました。

 その後、次郎は散歩へ、親と三郎はお風呂へ行きましたね。僕はのんびりと庭を眺めておりました。


 朝食は8時からということにしておりまして、場所を移動して食べました。勿論、前日同様ですね仲居

さんのえりこさんでした。こうして見ますと、仲居さんというのも大変なお仕事ですよね、という話をし

ておりますと、今日は僕たちの朝食が午前8時からだったのでのんびりと朝を迎えることが出来たと言わ

れました。朝7時から朝食を取る方の場合は、午前4時起きだと言われましたね。

 
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 この日も朝から豪華な食事でした。御飯の進むおかずでしたが、海苔が美味しかったですね。朝食には

烏賊のお造りがあったのですが、お造りは湿った紙?で覆われていましてね、心配りを感じました。

 さて一つだけ書いておきますと、ポンジュースがありましたよ。今年ですね、青森に行った際には、朝

食にはリンゴジュースがありましたが、さすがは愛媛県ですね、ポンジュースでした。

 さて三郎がですね、どうしてポンジュースというのかという問題を出しまして、誰も分かりませんでし

たね。三郎が言いますには、「日本(にっぽん)一のジュース」ということで略して「ポンジュース」と

いうのだそうです。でもですね、この「ポン」は「PON」ではなく「POM」と書くのですが、三郎に

突っ込みましたが謎は謎のままでした。


 さて仲居さんとの会話でですね、この旅館には設計者である故黒川紀章さんが泊まりに来られたことが

ありますか、と聞きますと、何度か来られたことがあるとのことでした。少し話を聞きますと、どうやら

旅館との契約で、オープンから5年間は何もかも変えてはいけないという内容の契約だったそうです。故

黒川さんは細部に至るまで設計と言いますかデザインをされたようで、仲居さんの着る服もデザインされ

たそうなのですが、当時の服は動きにくかったそうで、かといって5年間は服を変えることも出来ず、苦

労したと言っておられましたね。その他には、背の小さな方でした、奥さんはとてもお綺麗でしたと言っ

ておられましたね。


 この他にもこの旅館には有名な方が多く泊まりに来られるようで、故小淵首相さんとか、長渕剛さんは

家族連れで必ず利用されるそうです。長渕さんはワンフロアー全てを借りられるそうですよ。首相さん等

が泊まりにこられると、身分照会から何からが面倒だとも言われていました。

 
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 (2階から撮影しました)

 
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 さて、朝食もしっかり食べまして、珈琲を飲むことにしました。旅館にサービス券がありまして、その

券は、夜のラウンジでドリンク一杯無料か、朝の珈琲が一杯無料となるという券でして、僕たちは朝の珈

琲を飲みました。

 
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 この珈琲は美味しかったですね。珈琲の横に小さな花があったのですが、この花は各自が違う花でした

よ。

 この時ですね、三郎だけは忙しそうにしていました。

 どうやらクリーニング屋さんと話をしていまして、聞きますと、簡単に言えば服の話なのですが、僕が

理解したところによると、三郎はつぎはぎだらけの服(今はそれがおしゃれなのだそうです)を持ってお

り、その服をクリーニングに出したところ、もしかしたら縫い目がほどけるかもしれないということだっ

たようです。色々な素材の布(生地)が合わさった服なのでそのようなことになるそうですね。


 さてその後、午前10時過ぎにチェックアウトしたのですが、最後ですね、仲居のえりこさんがどこか

で待機しておられまして、わざわざ見送りに来て下さいました。

 そんな姿を見まして、凄い旅館だったなと言いますか、細やかな心配りもされていまして、プロだなと

家族中で感心しました。

 実は次郎は事前にこの旅館について少し調べたそうです。最近はインターネットの掲示板などにその旅

館の感想を書く掲示板などがあるようでして、道後温泉の中にはこの旅館の他にかつて皇族御用達(指

名)の旅館もあるのですが、その旅館には多少評価は劣るものの高評価の旅館だということでした。

 因みになのですが、そのかつての皇族御用達の旅館については不満を書き込んでいる方は誰もいなかっ

たとのことでした。

 そして道後温泉を後にしまして、観光に出掛けました。

 さて今回はこの辺までにしましょう。


 続きます。
 
 前回の続きです。

 高知市内から桂浜まではそう遠い距離ではありませんで、すぐに着いた記憶があります。その頃車内で

は、親が日曜市で買ってきた名物の田舎寿司を食べていました。田舎寿司は、椎茸や玉子、こんにゃくが

ネタとなっている高知の郷土料理の一つなのだそうで、少し甘めの味付けでした。僕は信号待ちをしてい

るときに食べましたね。

 さて、

 
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 桂浜に到着しますと、まず目に留まった建物は、闘犬センター?でした。

 
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 さて少し歩きますと、

 
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 お目当ての坂本龍馬像が見えました。高さは台座を含めて13.4mなのだそうですよ。多くの人がお

おられて記念写真を撮っていましたね。この龍馬像の横に、龍馬像をもっとよく見る為に作られた建物、

建物と言いますか、建設現場等で使われている足場と言いますかね、そういう建物の階段を上りまして、

 
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 龍馬像をより近くで見ることが出来ました。この建物はなんだか作りが不安定で、風が吹いたりすると

揺れましてね、他の皆さんも風が吹く度にドキドキされていたようです。


 親父は早く浜の方へ行きたいらしく一人で浜の方へ行きまして勝手にスタスタと浜の方へ行っていまし

た。

 
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 (海を眺める次郎ですね)

 
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 海は本当に綺麗でしたね。おかんは綺麗な石があったとかで喜んでいましたし、次郎と三郎は小さな岩

の上に乗って、大きな波が来ると逃げたりですね、思い思いに遊んでいましたね。僕も海辺に来たのは久

し振りなのですが、ここで走ってトレーニングをしたら鍛えられるだろうなと思っていました。

 さて、ふと見ますと、石がありましたので、

 
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 記念?に文字を書いてみました。きっともう残っていないでしょうね。

 
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 その後、お土産屋さんに寄りまして暫く色々な物を見ていましたが、ここのお土産屋さんは試食に力を

入れておられまして、沢山食べました。殆どのお菓子が試食出来まして、美味しかったです。

 さて時刻はお昼過ぎになっていまして、そろそろお昼を食べようということになりました。


 次郎がガイドブックを見ていまして、どうやら高知県は鍋焼きラーメンが有名らしいと言いまして、そ

のお店をカーナビで調べたところ、須崎市という市で高知市からは少し離れていることが分かりまして、

まあ、夜はいい物を食べるので、ファミレスでも行きましょうということでファミレスに行きました。

 ファミレスに行きますと、次郎は注文する物が決まっているようでして、次郎は目玉焼きの乗ったハン

バーグ、親は十穀米の和風定食、僕と三郎は鶏肉系の物を頼みました。


 ファミレスと言いますと少し思い出がありまして、あれは平成18年1月28日の夜でしたが、おばあ

ちゃん(親父方)が亡くなる日の前夜、僕たち家族とおじさん(親父の弟さん)家族は交代で夕食を取り

ました。

 僕たちはファミレスに行きまして、夕食を食べたのですが、その日次郎は東京から駆けつけていまして

疲れたようで、ビールを注文しようとして不謹慎だと親に怒られまして、親父は親父で憔悴しきってお

り、サラダだけでいいと言っていました。

 その後、夜食用にスーパーでおにぎり等を買ったのですが、適当に買っていますと、そのおにぎりの中

に受験の合格を祈願した赤飯のおにぎりがありましてね、そんな赤飯のおにぎりなど食べられる訳もなく

ですね、誰も食べませんで、おばあちゃんが亡くなり、病院を後にするときに、そのおにぎりをゴミ箱に

捨ててから帰りました。

 そんな話をしながら昼食を食べました。


 さて、家族で一番食べるのに時間の掛かるのは三郎なのですが、三郎の注文したものが一番後に来まし

たので、昼食にはかなりの時間が掛かりましたね。

 余談なのですが、親はドリンクバーは要らないと言ったので、ドリンクバーを3つ注文したのですが、

帰る際にはドリンクバーのカップがテーブルに5つあったのは秘密にしておきます。


 さてその後どこかに寄ってから愛媛県入りをしようかと話していたのですが、次郎が、温泉に行くのだ

から旅館には4時か5時には入ってのんびりしたいと言いまして、昼食後は愛媛県を目指しました。

 当初の予定では国道33号線を通って松山市を目指す予定でしたが、カーナビを見ますと到着予定時刻

が午後6時を過ぎていまして、高速を使うと午後4時過ぎには到着するとのことで、結局高速を使いまし

た。

 この日のお昼は兎に角眠かったですね。

 昼食後ということで家族全員眠りに入りましてね、僕もやたらと眠かったです。まあ、家族全員が眠っ

たということで時速140kmで快適に高速を走っていましたがね。

 さて、やはり高速で走っていますといい車かどうか分かりますね。普段乗っている車は時速130km

にもなりますと少しハンドルがぶれてくるのですが、このレンタカーはハンドルがぶれることもなく、快

適でした。途中、パトカーに捕まっている車がいましたので、その後は多少減速をして走りました。

 さて、

 
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 途中のサービスエリアで次郎に運転を代わったのですが、今確認しますと、かなりの距離を運転してい

たのだなと思いましたね。

 このサービスエリアには、何故か、

 
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 鉄棒がありましてね、不思議に思いました。次郎と三郎は懸垂にチャレンジしていましたね。

 その後、松山市に入りましたが日曜日の夕方ということもあり少し市内は混んでいました。

 余談なのですが、四国で最も大きな都市はこの松山市なのだそうで、少し調べてみますと、松山市の人

口は約52万人、高松市は約43万人、高知市は約33万人、徳島市は約27万人ですかね(いずれも平

成19年12月1日か11月1日時点の人口、千人単位で四捨五入)。


 途中で、お酒を買って行こうということになりましてスーパーに寄ってお酒を調達しました。今回はビ

ールとワインを買いましたが、そのスーパーで「愛媛には『愛』がある」というポスターを見ましてなる

ほどなと思いましたよ。

 スーパーでは美味しそうなじゃこ天が売られていたのですが、夕飯も近いということで諦めました。


 道後温泉は市内からと言いますか殆ど市内にありまして、どんな山の中なのかなと想像をしていました

が市内の交差点を曲がるともうそこからはすぐに温泉街という感じで驚きました。

 ということで、本日のお宿である

 
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 道後館に到着しました。

 この宿は、故黒川紀章さんが設計をされた宿でしてね、おかんが是非にここがいいと言ったために泊ま

りました。どうやらこの宿を実際に予約したのは次郎のようですが、秋のフェアか何かで、先着5組に限

り少しお安く泊まれるというのがあったらしく、上手い具合にその5組に滑り込んだようでして、次郎

は、

 「はい、感謝して、お父さん、感謝の言葉は?」と言って絡んでいましたね。


 道後館に到着しますと、玄関先に係の方がおられまして、こんな経験は初めてなのですが、玄関先で車

を停めて、僕たちは車から降りまして、車は係の方が駐車場に入れてくれるようでした。ようでした、と

書きましたのは、玄関で係の方がこちらへどうぞというジェスチャーをしていたのですが、その手前に駐

車場がありまして、次郎は玄関へ行かないで駐車場に入ってしまったのですよ。

 少し貴重な経験をする機会を逃しましたね。

 
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 この旅館では、一部屋に一人の専属の仲居さんがつかれるようでして、僕たちの担当の仲居さんは「え

りこ」さんという方でした。

 次郎は、どんな(若い)方なのだろうかと思っていたようなのですが、やって来られましたのはおばあ

ちゃんでして、後から聞いたのですが御年は66歳のようで、今はもう退職をされているようですが、繁

忙期にだけ呼ばれて働かれているようでした。

 まあ気さくな方で良かったですね。


 仲居さんの説明が終わりまして、仲居さんが部屋を後にされると次郎は早速冷蔵庫から中の物を取り出

しまして、先ほど買ったビールを冷蔵庫に詰めていましたよ。


 さて食事は午後7時からということにしまして、まずはお風呂に入りに行くことにしました。

 
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 少しだけ触れましたが、前日ですね、家族は誰もお風呂に入っていませんでしたので、生き返りました

ね。約1時間、お風呂を楽しみました。

 ただですね、途中で係の方がお風呂に入ってこられて色々と動き回られていたのですが、その方が女性

の方でしてね、やはり抵抗がありましたね。

 お風呂から上がりますといよいよ、

 
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 楽しみにしていた食事となりました。

 料理の上に載せてある絵は、この旅館の社長さんが描かれた絵なのだそうです。

 さて、目の前には、

 
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 その日の献立がありました。

 折角ですので、紹介をしておきます。

 ・食前酒:梅酒

 ・先付:落花生豆腐黒胡麻掛け、太刀魚パイ包み他

 ・吸物:茶碗蒸し

 ・造里:鯛、烏賊、ボタン海老

 ・煮物:サヨリのつみれ鍋

 ・焼き物:牛ロース味噌風味

 ・替り鉢:鯵の菊花あん掛け

 ・蒸し物:地鶏のせいろ蒸し

 ・酢物:鰯の南蛮漬け

 ・御飯:しめじ御飯

 ・留椀:なめこしんじょう味噌仕立て 

 ・香の物:三種盛り

 ・水菓子:柿小豆寄せ

 これらのカロリーは1658キロカロリーなのだそうです。

 ということで、

 
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 美味しく頂きました。

 食事中、仲居さんがちょくちょくと顔を出されまして、次々に料理を運んで来られまして、余った物は

捨ててしまうので沢山食べて下さいと言われたのを覚えています。仲居さんはおかんと意気投合と言いま

すかね、話が合うようでして、その後、色々な話をされました。

 さて今回はこの辺までにしましょう。


 続きます。

 

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