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私がもしも、このまま、と、言いかけて、私はシーツに包まった。
真新しいぴんと張るシーツの上で彼と触れ合ったのは昨日の夜の出来事だった。
といっても、それは数時間前という、昨日と言うにはあまりにも大袈裟なのだけれど。
ベッドに備え付けられているやや厚手の羽毛の掛け布団はあまり好きじゃなかった。寒ければ被るけれど、男と寝た後使うには、少々熱い。
相手の汗と熱が篭り、鼻腔を溶かす匂いが溜まるのは好きだけれど、時にそれが切なくさせる。
低く唸る声と共に、男が寝返りを打ち、無防備な背中を向けてくる。
筋肉がとりわけついているわけでもなく、細身で長身なわけでもないこの男と何故私は一緒にいるのだろう。
ふと、気になったことだった。
白髪が混じる硬くて短い髪の毛を撫でる。素肌に手を沿わせ、私の素肌を合わせた。
物足りなくなった私は、更にわき腹から腕を回して力を込めた。男の厚みを感じたが、嫌ではなかった。
眼を瞑り、足を絡めてみる。私にはない剛毛に触れる。それも、嫌ではなかった。
乳房を男の背に押し付けてみる。起きないなぁ、と心の中でつぶやき、諦めつつ再び眼を閉じる。
漆黒に犯されていた空に赤みが差し掛かる。カーテンを汚して私を照らすのも時間の問題だ。閉じた瞼をこじ開けて入ってくる光が、時たま憎たらしくなる。私はシンデレラみたいな綺麗な女の子じゃないけれど、魔法が解けたような喪失感は、耐え難い。きっと、御伽噺の彼女は、灰を頭から被っても、屈託なく笑えるのだろう。私には、それが出来ないくらいに薄汚れている。綺麗なものが幾ら他人から汚されたとしても、所詮綺麗なままで、そのまま迷わず汚れを落とせる。
けれど、私はそれとは異なっている。
自ら灰より厄介なもので汚れきり、自嘲し、次第に笑い方を忘れていく。今だって男に触れて、温かいはずなのに、少しでも心地のいい表情できているのかしら。そして、また性懲りもなく自嘲する。
私には、その繰り返しの中で生きてきた。けれど。
「ねぇ、隆之、起きてる」
眼を閉じたまま、背中に語りかけた。
「ねぇーってば。そろそろ起きてよ」
気だるい調子を崩さずに、気持ち良さそうに寝息を立てていた男を身体全身で揺さぶった。
未だに夢うつつなのか、はっきりした返答は返ってこない。でも、それはいつもの事。私は慣れていた。
「いいの。そろそろ奥さんから連絡来るんじゃないの」
癪に障ることが、隆之を起こせるキーワードが奥さんなのだ。
それもいつものこと。しかし、これだけは心に痛みを残す。慣れたいけれど、慣れてはくれない。
「あ、ぁ。そうだな、そろそろ、起きる、か」
途切れ途切れに言うと、ふぁっと欠伸をした。隆之の頭上でマナーになったまま、着信を知らせるランプだけがちかちかしている。
きっと、隆之は気づいていたのだろうけれど。連絡来る頃とわかっていても、一向に携帯電話を開く気配も無い。
「たまには隆之から連絡すれば」
「何で」
「何でって、そりゃぁ」
言葉に詰まる私と向き合うように、隆之は寝なおす。年よりも若干彼は幼く見えてしまうのは、どうしてだろう。
「いいじゃん。向こうは、お前と一緒なの知ってるんだし」
「そうだけどさ」
隆之はいつもこうだ。深く考えているのかぱっと見ただけでは分別つかない。彼は2年前に結婚して、本来ならば、まだ新婚を少し明けた程度の熱が残っている時期だとも思ったのだが、半年前、喫茶店でひとり読書をしていた時に声をかけられた。
彼はもう既にスーツを着こなし、一般的に言うサラリーマンで働いているのだが、当時学生だった私は一抹の警戒心を抱きながらも雰囲気に飲み込まれ話し込んでしまった。その喫茶店でのデートが週末の日課になり、その時間帯が深夜近くということもあって、隆之の仕事にも差し支えない時間でお互いを深めていった。
そして、三ヶ月前に、彼は既に結婚している事を知ったのだ。半分醒めた頭とは裏腹に、心臓をえぐられた痛みで悶えてしまいそうな衝動に駆られた。貴方は何を、言っているの。そう問うたとき、彼は平然と「あれ、言ってなかったっけ」と、言ってのけたのだった。勿論、私はまだ男性とお付き合い類の経験はなく、日常の些細で大切な時間と共に積み上げてきた想いまでも無下にされた気持ちだった。
何故、何故私に声をかけたの。震える声を絞り出すのに精一杯だった。彼はどれだけ私が激情を露にしようとしても、一定の温度を保つ人だった。それは今も変わらないけれど。声をかけたかったからだけなのか、ただ閉店間際の喫茶店にひとりでいる女子高生に興味本位だったのか。様々な憶測を裏切り彼は「後悔すると思ったから。声かけないで帰ったら」と言った。奥さんいるじゃん。何を言っているんだ。けれど、悪びれない隆之には、それ以上何も言えずに、黙り込むしかなかった。
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う〜む。。。
許せん男だ!
おっと続きを。。。
2012/2/5(日) 午後 9:49
男の人ってずるい・・って私も思いました!
2012/2/14(火) 午後 9:27