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ここ最近は仕事中心の日々だったので休日に歩くのは久々。 溜まってたわけでないが長距離歩きたい衝動にかられ、 土曜日に富山の新庄から岩峅寺まで歩きました。 この区間地鉄のルートからはずれるからやる気と天候など条件がそろわないと。 今回のルートはこんな感じ。 ここ最近何度かに分けてトライしている「立山道」の諸道ですが、 今回は富山市中心部の東部に位置する「新庄」の町から南へ、 現在の立山町の中心部である「五百石」の町を目指すようにして途中で常願寺川を渡り 「日置」集落に出て(ここまでを五百石往来といい、幕府巡察使節が通った道でもあるので“巡見上使往来”とも)そこから南下、「西大森」を経て岩峅寺へ、という常願寺川東側をたどるルート。 地鉄の岩峅寺駅へ行き車を停めおき、 電車で東新庄駅へ。 資料にあるスタート地点がわからず、新庄の町並みをしばらく散策。 この日は晴れという予想だったのですがずっと曇りでした。 体が温まらず上下長袖だったのに寒かったくらい。 今回のコースは期待してたのですがぜんぜん道標や石仏など古いものがなくて 一部を除いて風景もさほど。期待はずれな道でした。 安政の大地震によって引き起こされた大洪水が諸集落を飲み込んだという被害が語り継がれる地区ですのでその関係でしょうかね。 代わりにその大水で上流から流れてきたという巨石を見れたのは有意義でした。 ≪今回のau Smart Sports Run&Walk≫ ■スタート時間 10:25 ■走行距離 23.6km ■走行時間 284:05 ■平均速度 4.9km/h ■平均ペース 12’02”/km ■消費カロリー 1034kcal 終了は15:30頃。 久々のウォークなので準備体操を十分にしたこと、 終了後にお風呂屋さんのジェットバスやら水風呂やらでアフターケアをしたことで ぜんぜん筋肉痛にはなりませんでした。 目標体重にのせてダイエット達成、と思っていたのに 最近また増加気味の体重を大幅に減らすには至りませんでした。 ≪今回の万歩計≫ ●一日の歩数 30,688歩 ●運動に役立った歩数 24,926歩 ●歩行距離 15.9キロ ●消費カロリー 1,189kcal ●燃焼脂肪量 74,1g 地鉄東新庄駅からスタート。道の始まりがわからず新庄の町をウロチョロ。 新庄は今年の歩き始めでまだ北陸街道をウォークしたときに訪れた町。 その際に「初詣」した新川神社に再訪。 資料によればこの新川神社は、立山参詣者が必ず立ち寄るという。 新庄は「新川の庄」の略なんだとか。 旧北陸街道で越後方面、浜の東岩瀬への道、上市の町に向かう道、 そしてここから立山に向かう道、 新庄はやはり交通の要所だったんですね。 有名な薬種商・金岡邸もこの町にあります。 道を西に戻り、 ここがスタート(分岐地点)だったんだ! 盛田自転車店の前です。たまに通るときに見かける分岐でした。 左が旧道です。資料に「スカイタウン」が載っていて助かった。 ずーと行きます。 「新庄の赤門」。 用水を右手にみて南下してきたんですがこの地点に大きな水門。 案内看板があるくらいですから重要なよう。 これら用水もK先生お気に入り(?)の明治のお雇い外国人技師デレーケからみ。 さらにまっすぐ。金代、開、藤の木などを通って南下。 写真には撮らなかったけど、天正寺、町村から来た県道56号線とぶつかってから左折(東進)。 ここをまっすぐ南下する道も立山道のルートのひとつです。 その場合「流杉」あたりで常願寺川を渡って「西大森」で合流するみたい。 左折後もひたすら道に沿って。旧道チックなのは「大島」あたりに少しだけ残っていました。 少し新道からは逸れていますけど。 常願寺川の渡河地点は不明だけれども「日置」に渡る以上、 大日橋を渡ることになります。これがまた長い橋です。 橋を渡りきった対岸に大きな石碑が見えたので寄ってみました。 昭和32年に建てられた安政大地震の百年記念碑でした。 常願寺川沿いの集落の人々にとってこの災害と同川治水は大事な記憶なんですね。 資料が間違いか日置に入ってからは県道68号ではなく 1本西の裏道を歩きました。 日置神社。 由緒ある神社らしい。 昭和50年代の資料によれば江戸中期の建築なのだという。 県道68号線に沿っていくと徳成寺。 安政の大水のとき上流から流れてきたという南無阿弥陀仏の名号塔がある。 道はもう秋の景色。晴れていれば立山連峰も綺麗なんでしょう。 道からは逸れるけど若干旧道の風景を残す箇所も。 そしてこのルートでは絶対欠かせない目標。 「西大森の大石」。平成19年に立山町指定天然記念物になってます。 安政五年(1858年)の立山での大地震。 それにより鉄砲水が発生し、常願寺川流域一体で大被害をもたらした。 この巨石もかなり上流から流れてきたんだけれどこの地点にとどまったおかげで 水の流れが変わり西大森より下流右岸の諸村を救ったとして祭られたとのこと。 県道から少し西に移動した常願寺川堤防の淵にそれはあります。 資料によれば、しめ縄を張った「水神」と彫った石碑の下がそれ、とある。 ↓ こんな程度かと思ったら、、、 実は横に説明板があって、さらにその下なのだという。 堤防下におりてみました。これが全貌。 確かにデカい! さて本道に戻り三ツ塚集落。 ちょい行くとバスの終着地点だったという広いスペースが。 このあたりの地名「一夜泊」って珍しい。 ↓この先には「成正大明神」の石碑がある一夜泊稲荷社があります。 佐伯有頼の立山開山伝説で、白い鷹を追って山に入る際にこの地で一夜を明かしたのだという。 なるほど、そんな意味で「一夜泊」の地名か。 戦国時代には佐々成政の信仰も厚かったらしく、 家康に会いに行ったあのザラ峠越えの前にもこの地に立ち寄ったとか。 後の時代には前田家の保護もあったけど、 地元の人々は佐々への親しみがあったらしく、一字変えて「成正稲荷」といわれているとか。 さっきの石碑はそういうことね。 県道は清照寺のところで野村、釜ヶ淵のほうへ東に直角に曲がります。 旧道はそのまま南へ進んだよう。 道は昭和50年頃に区画整理で消失したという。 少し残る旧道。 その後は田んぼのあぜ道を歩きました。 実際は「常東用水の東100mのあたり」らしい。 遠くに雄山神社前立社壇の大きな鳥居が見えてきた時にはホッとしました。
神社でお参りし岩峅寺集落を抜けて、地鉄駅に停めた車を拾って終了。 |
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凄いですね〜15.9キロですか〜@@
長距離を歩きたい衝動・・なかなか言えません。
私も今日は歩きましたよ、でも京都の街中ですけどね。
もうすぐ紅葉の最高の歩き日和になりますね。
2009/10/25(日) 午後 7:27
こんばんは。私のよく知っている道です!いつもとかわらぬ空の色ですね。いつも車でしか通らない道です
安政の大水では私の家でも亡くなった方がいると聞いています。
2009/10/25(日) 午後 8:56 [ doukan ]
miyakoさん
お久しぶりです。
コメント後に追記しました。
今回も長文にお付き合いありがとうございます。
>長距離を歩きたい衝動・
ここ最近歩いてなかったので…
これからの時期、歩くにはいい季節ですね。
>私も今日は歩きましたよ、でも京都の街中ですけどね。
私も京の町を歩いてみたい〜
京都の町の郊外にも惹かれますね。
電車やバスが便利な都会がうらやましい。
2009/10/25(日) 午後 10:53 [ なまずお ]
doukanさん
こんばんわ。今回もコメントありがとうございます。
このあたりに縁のある方でしたか。
それは嬉しいです。
安政の大水のお話もよくご存知のようで、高岡の私はその存在すら営業まわりで石類をみかける最近まで知りませんでした。
先日立山博物館に行き、ようやく概要を理解した次第です。
またお立ち寄りください。
2009/10/25(日) 午後 10:56 [ なまずお ]
判りやすくて素敵な写真ばかりですね。大島の舗装されてない道と西大森の大石が気にいりました。
安政の大水ですか・・・。現代も引き摺ってますよね。今でも毎年30億円以上はその関連の工事してる筈です。以前、2年1度、立山砂防ダムのある水谷に行ってましたが、山崩れと洪水の威力をまざまざと見てきました。
2009/10/27(火) 午前 2:37 [ 高岡浪子(ろうし) ]
おはようございます。
西大森の大石、すごいな〜!是非実物見に行きたいですね。
2009/10/27(火) 午前 7:59
高岡浪子さんは石とか地層とかお詳しそうですよね。
>今でも毎年30億円以上はその関連の工事してる筈です。
そうだったんですか(驚)。富山には庄川、神通川、常願寺川、黒部川…いろいろ大河ありますが、いずれもかなり手が加えられて「治水」されてますもんね。。。
2009/10/27(火) 午後 10:48 [ なまずお ]
ママゾーさん
西大森の大石、資料に載る古老の話では子供の頃は滑り台にして遊んでいたそうですが、昔はもっとむき出しで「すべり台」部分が長かったようです。
堤防も昔に比べて高くなり以前よりずいぶん埋もれてしまったようです。
2009/10/27(火) 午後 10:51 [ なまずお ]
おばんでございます。
埋もれてこの大きさですか!やっぱり、ビックリです。
2009/10/27(火) 午後 10:55
ママゾーさん
ぜひ見てほしいなw
ちょっと治水についても考えた日でしたわ
2009/10/28(水) 午後 10:28 [ なまずお ]