なまずの尾っぽ

富山県内、北陸各地の旧街道を歩いています。今も残る歴史風景とともに郷土史・国内外の歴史話など。

梅花の頃を想ふ [歴史]

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歴史の話題について。北陸や富山県の話、前田家関連を中心に。その他、戦国時代のお話も。まあ日本史カテゴリーです。
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10日ほど前に地元ラジオやテレビでローカルニュースになっていたものが、日曜日の地元紙でやっと掲載されていたので紹介します。
 
イメージ 1
 
 
立山の女人禁制が解かれた翌年の1873(明治6)に、女性2人が立山登山を行ったとみられる記録が、当時の宿坊宿帳に残っていることを立山博物館が確認した。同館によると、現存する女性の立山登山の記録としては最も古く、明治に入り女性の登山への意識が変化したことを示す。
・・・(中略)・・・
確認された文書は、現在の立山町芦峅寺にあった宿坊のひとつ、宝泉坊の宿にあたる「立山禅定人止宿覚帳」(芦峅寺大仙坊文書)。1873年7月27日、現在の広島県から訪れた瀧兵衛という人物と妻のとみ、娘のさきが宿泊したことが記されている。覚帳にはこの前後も実際に登拝した人物をつづっており、一行は立山登山を行ったと考えられる。夫婦、家族による登山記録としても最も古いと説明されています。
 
(北日本新聞2014年10月5日朝刊23面より)
 
立山登山は極楽と地獄を疑似体験でき身の穢れを落とす宗教体験でしたが、それは男性限定のもので長く女人禁制の聖地でした。
記事にもあるように、江戸時代には夫が立山に登っても妻は麓にとどまり、別行動を余儀なくされました。
また本ブログでも紹介してきたように、そうした女性用の救済行事として「布橋灌頂会」というイベントもありました。
 
 (過去記事) 芦峅寺で3年ぶりの布橋灌頂会開催 (9/23)
 
 
記事のまとめにもあるように、、「禁制が解かれてからも依然として女性の登山への抵抗は強かったとされてきたが」、「禁制が解かれて人々の意識が変化したことを裏付ける」史料として面白いと思います。
 
また記事には、これまで立山温泉の経営に従事した利田村の深見チエが同年に女性初登山を行ったされてきたものの、これは伝承であり何月に登ったかも不明のため、今回の覚帳が記録として最古のものになることが説明されています。
 
 
 
 
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一昨日の9月21日、立山町の芦峅寺(富山県下新川郡)で立山信仰の儀式「布橋灌頂会」(ぬのばしかんじょうえ)が3年ぶりに開催されました。
 
翌日にあたる地元紙の昨日朝刊から引用させていただきます。
 江戸時代に霊山・立山に登ることを許されなかった女性たちが極楽往生を願った儀式「布橋灌頂会」が21日、立山町芦峅寺で3年ぶりに開催された。白装束姿の女人衆が朱塗りの布橋を渡って心を新たにし、立山信仰の世界に浸った。
 布橋灌頂会は、あの世とこの世の境界とされた布橋を渡ることで生まれ変わるとされた女人救済儀式。1614(慶長19)年に同様の儀式が行われた記録が残り、江戸後期には全国に知れ渡った。明治初期の廃仏毀釈で廃れたが、1996年の国民文化祭で約130年ぶりに再現されて以来、癒しの行事として定着した。
                                              (北日本新聞 9月22日朝刊1面)
 
イメージ 1
 
 
 今回は公募により県の内外から85人が参加されたそうで、また今年のサントリー地域文化賞の受賞が決定しているということもあって3年前の前回を上回る約3,800人が見学に訪れたと記事にはあります。
 北日本新聞が実行委員会を主催していることもあって、特集記事がいくつもありました。「無心になれた」「周囲への感謝を思った」という参加者の感想とともに、原発事故で避難生活をされている福島県の方の故郷への想いが記されていたのが印象的でした。(11面、30面)
 
 富山県内の諸街道を歩いている私も、もちろん過去何度も立山道の諸ルートを歩いています。そのうち過去の立山信仰にすごく興味関心をもつようになりました。
 富山市内・富山県内各地から宗教集落である岩峅寺・芦峅寺へつながる様々なルートと、道標や地蔵など旅人を導く石造物、その途中に発展した町々。
そのどれも「歴史を歩く人間」にとっては魅力ですが、やはりひとつの終着地点である芦峅寺とそこにあるいくつもの宗教施設、そしてこの「布橋灌頂会」というイベントは特筆すべきものかと思います。
 
 

■ 布橋灌頂会とは

 このブログでも何度か取り上げている芦峅寺集落と「布橋灌頂会」ですが、改めてまとめてみます。
(過去写真も利用)
 
 場所はこのあたりのお話です ↓
 
 
 江戸時代、立山は地獄や極楽が広がる「あの世」とされ、男性は山中を巡って疑似「あの世」体験をすることで罪や穢れを落としました。江戸時代には全国各地に立山信仰が広がり、多くの旅人が立山を登ります。
 一方で多くの聖地・霊山がそうであったように、立山は明治までの女人禁制でした。
女人禁制の理由はいろんな説があるそうですが、例えば山中で修験修行をしているお坊さんに煩悩を持たせないため、とかの話も聞きます。
 そんな女性たちに用意された宗教体験イベントが「布橋灌頂会」で、男性たちの登山と同様の意味を持つ
とされたそうです。
 
 白装束を来た女性たちの一団は、まず閻魔堂に入ります。ここには現在も南北朝期に作られた閻魔像がありますが、(おそらく)薄暗い堂の中で閻魔様に手を合わせ日々の罪や煩悩について懺悔し、正しい行いをすることを誓います。
イメージ 2
 ※写真)現在の閻魔堂は昭和になって再建されたもので、当時からのものは明治の廃仏毀釈で取り壊されており、規模や形などは?
 
 その後、堂の横から続く石段(明念坂)を僧侶ら(引導師)に率いられて目かくしして下り、その先の布橋へと進みます。
イメージ 3
 
イメージ 4
 
 
 橋には3本の白布が敷かれており、その布の上をゆっくりと歩きます。
橋の中央まで来ると、橋のあちら側(=あの世、じっさいに古来から墓地ともなっている)からやってきた僧侶(来迎師)にバトンタッチされて、そのまま「姥堂」(おんばどう、おんばは「女」に「田」みっつ)に入ります。ここにはグロテスクで奇妙な顔の姥像が108体おり、周囲は締め切られて真っ暗な状況で祈祷などされ、女人衆はお祈りを捧げます。
 すべてが終わると女人衆の目隠しがとられ、締め切られていた建物の覆いが上がり、明るい光の中に雄大な立山連峰の姿を間近で見ることになります。
 
イメージ 5
 
 

■ 大事にしたいイベント

 明治の廃仏毀釈の際に姥堂は取り壊されたとか、現在はその基台のみ残っています。
その代わりにすぐ横に「遥望館」という建物があり、普段はここで立山の自然や歴史、立山信仰のことを映像で紹介しています。
 映像視聴なので当然真っ暗くして観るわけですが、それが終わると…、わかりますね。
前面の大スクリーンが上がって正面に雄大な立山を見るようになります。
ちゃんと理解されてて、よくできた装置ですよね。
 
 復活した現代の布橋灌頂会は、姥堂の変わりにこの「遥望館」を使って雅楽や声明が行われたそうです。
 
江戸時代から多くの信仰者を集めた霊山・立山。
信仰対象としての立山のアピールは、現在「立山博物館」が発信者として頑張ってらっしゃると思います。私も何度か訪れています。
今後もこうした地元が誇るべき史跡やイベントを理解して、大事にしていきたいものです。
 
 
 
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今回は完全な地元ネタです。

『高岡歴史の道を歩く』(高岡市教育委員会、平成10年発行)という簡易資料を読んでいたところ、高岡市牧野地区(上牧野、下牧野、中曽根)、松木(旧新湊市)、能町(高岡市)、六渡寺(旧新湊市)、伏木(高岡市)、三ケ新(旧新湊市)といった庄川下流域から河口にかけて広がる両岸地区の諸集落と、明治末から行われた庄川河口付け替えの工事のことが出ていました。
 
↓ 場所はこのあたりのお話です。

 

現在の庄川の姿は明治33年から大正元年まで行われた改修工事によってできたものです。
それまで庄川と小矢部川は能町(高岡市)で合流し、伏木港へと注いでいました。庄川のほうは大変な暴れ川でこの合流地点あたりで堤防決壊などの水害が頻発し、そのうえ大雨のたびに莫大な土砂が流れ出して港を浅くしていました。
イメージ 1
 
※工事前の庄川の流れが分かる古地図。小矢部川と庄川が合流して一つの河口に注いでいる。
 
 
 
イメージ 2
※現在の地図。両河川は分断され別の河口に注いでいる。


そこで水害と港湾維持のため川筋を変え河口を2つに分けるという大工事が実施されることになります。

工事は新庄川を新たに作り、新河口を六渡寺町と三ヶ新町(旧新湊市)の間に直流して日本海に注ぐようにして、それまで能町で小矢部川と合流していたのを全く別の川として切り離すというものでした。

この工事で収容された土地は238ヘクタール、移転した民家は8町村299戸、総工費297万円(当時)、労働延べ人員200万人余とのこと。


さてこの工事の結果、川に沈んだ集落があっただけでなく、それまで地続きで往来できていたルートが分断されたのだろうことがイメージできます。

高岡市牧野地区は、大門と新湊(放生津)を結ぶ街道(大門側からは放生津道、新湊側からは大門往来と呼ばれる。現在の県道新湊庄川線に相当)の途中にあります。
たとえば同地区の中曽根で上牧野へ向かいそのまま、あるいは下牧野を経由して現在は庄川を挟んで対岸に当たる吉久へ、という人の往来もあったはずですし、古い地図をみると確かにこれらの集落が繋がっています。

また、牧野地区より南に位置する宮袋や川口といった集落(旧新湊市)は現在庄川右岸堤防の際(きわ)に位置して、街道、旧道的には少し理解しにくい位置関係ですが、宮袋と吉久もかつては地続きで往来できたこともわかります。


こうした大規模工事の結果、地理関係がガラッと変わってしまうと少し上のレベルの「歴史的想像力」が必要になるかもしれませんね。

特に庄川河口に近い上記の地区にとって、この工事のことを念頭におかずして旧道の往来をイメージすることは意味がないというか片手落ちになってしまうかもしれません。
 

 
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藩コレ

仕事や観光や読書に関連して全国の都市について知りたいと思うとき、江戸時代は何藩だったのかな?というマニアックな切り口で調べたりします。
その町その町で歴史や伝統文化、あるいは住民性みたいなものがあると思うのですが、歴史って重要な気がしてます。
いままで何となく調べてきましたが、せっかくだから簡易的な記録を作ってみようかと思い立った次第です。
ネットとか探してみればこの手のまとめサイトは充実したものがありそうですが、自分の知識に定着させる作業でもあるので、ところどころ間違いなんかもあろうかと思いますが、随時書き込みしてバージョンアップしてみます。
とりあえず、記憶にある範囲で今までご縁があった町を挙げました。
 
いろんなツッコミどころはあると思うのですが、一応統一的なルールを。
たくさん情報を載せたいけどキリがないので以下の記載方法で情報に絞ります。
 
・地区名(所属自治体名): 藩名[藩庁]
   初代藩主[その時の石高] 幕府成立より立藩が後の場合に年号記載
   幕末の藩主家[その時の石高]
 
もちろん江戸時代のあいだに、改易、転封など、何度も藩主が変わったところもあるでしょうが、キリがないので最初と最後だけピックアップします。
幕末時点で何代か続いていた藩政であれば、住民にもその大名の領地だったという意識が多少あるのかな、と。
 
“初代藩主”ってのは定義が曖昧ですが、ここでは幕府成立時の存命現役藩主ということにします。
たとえば100万石の加賀藩(石川県)の初代は前田利家のイメージが強くありますが、利家は関ヶ原直前に没しています。
関ヶ原の時代は息子の利長ですし、幕府成立時も彼が藩主でした。
(ちなみに利家時代は100万石ですらない)
今年的な話をすると、福岡藩も黒田長政が中津から福岡に移ってきたのであって、父の官兵衛孝高は隠居の身でした。
というわけで、創業者だからとかこだわらず切り捨てます。
 
そんなわけで、自分用として今後気が向いたら更新していく所存です。
 
 
 
*************
     藩コレ
*************
 
 
<青森県>
 ・弘前(弘前市)
 
 
<秋田県>
 ・秋田(秋田市)
 
 
<宮城県>
 ・仙台(仙台市)
 
 
<山形県>
 ・天童(天童市): 天童藩[天童陣屋]
   織田信美[2万石] 1830年
   織田氏[1万8,000石]
 
 ・米沢(米沢市): 米沢藩[米沢城]
   上杉景勝[30万石]
   上杉氏[14万7000石]
 
 
<福島県>
 ・会津若松(会津若松市)
 
 
<栃木県>
 ・喜連川(さくら市): 喜連川藩[喜連川陣屋]
    喜連川頼氏[4,500石]
    足利氏(喜連川より復姓)
 
 
<新潟県>
 ・新発田(新発田市)
 
 ・長岡(長岡市)
 
 ・越後高田(上越市)
 
 
<長野県>
 ・松代(長野市)
 
 ・上田(上田市)
 
 ・小諸(小諸市)
 
 ・松本(松本市)
 
 
<富山県>
 ・富山(富山市)
 
 
<石川県>
 ・金沢(金沢市)
 
 ・大聖寺(加賀市)
 
 
<福井県>
 ・福井(福井市)
 
 ・小浜(小浜市)
 
 
<岐阜県>
 ・高山(高山市)
 
 
<三重県>
 ・松阪(松阪市)
 
 ・鳥羽(鳥羽市): 鳥羽藩[鳥羽城]
   九鬼守隆[5万5000石]
   稲垣氏[3万石]
 
 
<滋賀県>
 ・彦根(彦根市)
 
 
<兵庫県>
 ・出石(豊岡市)
 
 ・姫路(姫路市)
 
 
<島根県>
 ・松江(松江市)
 
 
<岡山県>
 ・岡山(岡山市)
 
 
<広島県>
 ・福山(福山市): 福山藩[福山城]
    水野勝成[10万石] 1619年
    阿部氏[11万石]
 
 ・広島(広島市)
 
 
<山口県>
 ・岩国(岩国市) :岩国藩[岩国陣屋]
    吉川広家[3万石]
    吉川氏[6万石]
   
 
<香川県>
 ・高松(高松市)
 
 
<愛媛県>
 ・松山(松山市)
 
 ・大洲(大洲市)
 
 
<福岡県>
 ・福岡(福岡市)
 
 ・柳川(柳川市)
 
 
<佐賀県>
 ・佐賀(佐賀市)
 
 ・唐津(唐津市)
 
 
<長崎県>
 ・平戸(平戸市): 平戸藩(平戸城)
    松浦鎮信[63,200石]
     松浦氏[61,700石]
 
 ・島原(島原市)
 
 ・福江(五島市)
 
 
<大分県>
 ・中津(中津市)
 
 ・日田(日田市)
 
 
<宮崎県>
 ・飫肥(日南市)
    伊東祐慶[5万7000石] 1617年
    伊東氏[5万1000石]
 
<熊本県>
 ・熊本(熊本市)
 
 
剣豪小説、伝奇小説作家の荒山徹さんが毎週木曜日に北日本新聞で歴史エッセーを連載することになりました。
先週はその案内で、今日が第1回。
今回はそれほど大した内容ではありませんでしたが、今後楽しみにしたいです。
イメージ 1
 
 
荒山さんは柳生ものの剣豪小説や、
日朝関係歴史にお詳しいのでそれを絡めた作品など
厳密な史実をたどる歴史小説というより、エンタメ作品の作家さんです。
私も柳生もので1、2作読みましたがテンポがよくすごく面白かった記憶がありますが、
朝鮮からみになるとちょっと引けてしまい、読んでいません。
(『徳川家康』とかね)
 
荒山さんが高岡出身ということが縁になってなのか、
2010年から北日本新聞で『砕かれざるもの』という小説が連載されていました。(全200回)
最近単行本化されて出版されたはずで、私はまだ読んでいないのですが、
これは剣豪小説で徳川VS前田、柳生剣士VS宇喜多剣豪という構図と聞いています。
(前田側の剣士が、縁戚関係にあり関ヶ原後に八丈島でに流された宇喜多の一族)
そして主な対決舞台が越中(富山県)らしいんですね。(さすがにすごい設定だ・・)
 
その準備のために富山の郷土史を勉強して知識を蓄積したのをベースに
今回のエッセー連載をやるんだとか。
 
高岡築城やキリシタンの話などもからめての物語らしいので
ぜひ上掲小説を読んでおきたいのですが、
それにしてもこのエッセーも楽しみです。
 
実は私も、郷土の歴史素材を使って
何か物語が組み立てられたらなあ、と思っている人間の一人なので。
(少し「先を越された!」感もあるし、「お手並み拝見」感もあるし)
 
とりあえず『砕かれざるもの』、近いうちに読もう。
 
 
 
 

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