南原充士の 『越落の園』

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「価値観の研究」第一部

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 人間関係の基本は、親子であり、家庭だろう。

 だれも、「生まれる」のであって、選択権はない。芥川の「河童」
とはちがうのである。
 
 気がつけば「この世にいた」のだ。

 幼児体験はどう見ても人格形成に大きな影響を与える。

 きちんとした親がいてきちんとした家庭があって、きちんとした育てられ方をすればかなりの割合で
きちんとした子供が育つ。やがてきちんとしたおとなになる。

 きちんとした子供や大人の割合が少ないということは、とりあえず家庭に問題があると疑うことができる。

 ある程度の収入、栄養を考えた食生活や、清潔な部屋、明るい会話、両親の信頼関係などがあれば、基本的には問題ない。

 もちろん、先天的な資質ややむをえない病気や事故や離婚等の事情できちんと自立できる人間になれないことはありうる。

 家庭内のしつけがきちんとできていないとあいさつもできないこどもがふえる。思いやりのない子供が増える。エチケットやマナーをわきまえないこどもがふえる。

 逆に、成人した人間は、自分の両親や家庭環境を振り返ってみるといいかもしれない。自分の価値観に及ぼしたであろう親の価値観!それを冷静に客観的にレビューするのは無駄ではないと思う。

 

 人間関係にはいろいろある。前回は{恋愛関係」をとりあげた。

 今回は、職場での人間関係をとりあげたい。

 国や地方公共団体と公益法人と営利企業では人間関係がかなり異なる。

 公益を目的にする組織では、人事評価は、売り上げや利益への貢献度というような客観的な評価指標はない。

 政策立案能力、交渉力、リーダーシップ、協調性、行動力、説明能力などによって、制度をきちんと維持し、自分の組織の権限や予算、職員数、組織力の拡大に貢献した者が評価される。もちろん、上司への印象付けもたいせつかもしれない。

 営利企業では、もうけに貢献することが手っ取り早い。文句を言うひとが出にくいからだ。

 社内では、上司、同期、後輩、部門間の関係者とのじょうずな連携が求められる。

 対外的には、取引先の開発、取引先の維持拡大、企画力、プレゼンテーション能力、もうかる仕事の獲得などが求めらる。

 なんといっても、利益の追求が最優先。国民全体のために貢献する、などと考える余裕はなかなかない。

 自営業や個人事業者以外は、勤務先での仕事や地位、収入がすべてだ。やりがいのある仕事と十分な収入。それが両立できたら理想だ。

 社長やトップの地位に就けば、考えるべきことや行動するべきことが、一般の社員とは自ずから異なってくる。結局、組織人は、組織の目的にそったかたちで行動すことが求められる。

 個人は、組織の中で、なにを求めるかを自覚し、立身出世、高収入、仕事のやりがい、などのなにを優先したいかを明確に意識していかに振舞うべきかを決めるべきだろう。

 結果的に成功するかどうかはわからない。ただ、目的意識を持つか持たないかで先行きに差が出てくることは容易に想像できる。

 大学や研究所などは教育や研究機関として、存在理由があるので、そういう観点からの評価が優先するだろう。経営的な要素もあるが、自分がそこでどういう地位にあり今後どんな地位を目指しうるかをきちんと踏まえておくことはムダではない。研究部門でいい結果を出すか?それとも、事務局のなかで生きていくか、など。


 繰り返すが、組織の中での人間関係は、基本的には、組織の存在理由にそってどれだけ成果を出せるかどうか、成果を上げたらそれをどうアピールするかが重要だ。その際、自分が正しいと思ったことは勇気を持って主張し、説得に努めるが、うまくいかないときは辛抱して次の機会をうかがうことが賢明だろう。上司には敬意を表し、同僚にはできるだけ、にこやかに接し、マナーをたいせつにすることも大切だと思う。

 自分でできるだけのことをして、あとは人事権を持つものの判断待ちということだろう。

 基本的には、人間関係は重要だが、成功や栄達には、運任せという部分もけっこう大きいかもしれない。



 

 

 人間の数だけ「価値観」があるわけだから、現実には、価値観は人間関係の中に現れてくる。
したがって、次のステップは人間関係、さらには社会関係、職場関係、国際関係などさまざまな関係をどうとらえたらいいかということが重要なテーマになる。

 まず人間関係から考えていこう。

 「人間がどんな存在であるか?」ということからはじめるべきかもしれないが、それではあまりに大きすぎるので、いくつかの典型的なパターンを想定して考えていきたい。

 ちなみに、人間の存在をとらえようとすれば、医学的なアプローチ、進化論的アプローチ、遺伝子的アプローチ、脳科学的アプローチ、心理学的アプローチなど、個々の人間についての科学的なアプローチがある。また、人間社会という集団的なとらえ方もあるだろう。ある時代の雰囲気や行動規範、政治や治安情勢や経済状態や生活水準など、人間とそれをとりまく環境を全体としてとらえる方法論もあるだろう。歴史的な推移、民族的な違い、宗教的な違い、政治体制のちがい、気候や地理的なちがい、など複雑な関係が存在する。

 民俗学的なアプローチでは、過去のさまざまな社会慣習や地域の特性など、さまざまな分野の歴史についての資料やヒアリング、現地調査等を通じてひとつのレポートをまとめる。できるだけ客観的に歴史をとらえようとする。

 社会科学は、本来科学的なアプローチが困難な分野に科学的な手法を導入しようとした。そのこころみは画期的なことだっただろう。マルクスもウェーバーもそういう意味での先駆者だったと言えるだろう。

 本来複雑な人間関係というものを、単純化して述べようとするのが、ここでの狙いである。

 だれでもわかりやすい例は、「恋愛」だろう。

 相手を好きになるとはどういうことか?

 これも、脳が感じているのだろう。

 はじめに好意を持つ。次に、それを態度に表す。相手が自分に好意を持ってくれれば関係は発展する。
そして、愛情を感じるようになれば、さらに関係は深まり、通常は肉体関係に進む。

 そのあと関係が熟成すれば同棲や結婚への道が開ける。もし、話し続けるうちに、相手の考え方に自分と違う部分が見つかり、それが重要な相違であると関係の進展はむずかしいかもしれない。また、ともに行動しているときに、そこに否定的なものを見出せば同様に危機が訪れる。たとえば、食事をするときのマナーが下品で気に入らないと気づけば幻滅するかもしれない。あるいは、約束を破ってばかりいるとか、他人に接する態度にいやな部分を見てしまうとか、さまざまな幻滅の機会はあるだろう。

 このように、ひとりの人間と接することは、心身全体で接することである。ひとつの「価値観」をもった人間が刻々と変わる現実の局面に応じてなにかを感じ判断し、行動する。それが他者とかかわる過程でさまざまな理解、好悪、快不快、利害、愛憎、別離などの感情や成り行きに結びつく。

 ひとりの人間を観察するだけでも、多くの時間と労力を要する。ましてや正確にとらえようとすればさらにエネルギーが必要だ。ここでもまた、ひとは人間関係の取捨選択を迫られる。人間関係の優先順位というものが重要なテーマとなってくる。

 きょうはここまで。

 きょうの朝日新聞の朝刊に心理学者岸田秀氏が、安倍内閣の憲法改正について、論評している記事がある。

 その論旨は、次のとおり。

「日本の歴史を、{外的自己}と{内的自己}との葛藤、交代、妥協などの歴史ととらえる。
外的自己は、外国を崇拝する自己。
内的自己は、外国を憎悪し軽蔑する誇大妄想的な自己。

戦後の日米関係は、まさに、外的自己が前面に出て、内的自己は抑圧されている。
ときどき内的自己がはけ口を求めるが、大勢に影響はない。(たとえば、牛肉問題など)

いまのような従属的な日米関係では、たとえ憲法を改正してもアメリカに都合のいい改正内容にあるおそれが強い。いまは、臥薪嘗胆に耐えるしかない。

自己欺瞞に陥ることなく、隷属的な状況から目をすらすことなく、やがてそこから抜け出すための道筋を見出すべきである。」

 以上であるが、なかなかユニークな見方だと思う。

 ぼく個人としては、賛同しかねるが、そういう見方もあるものかと思ったしだいである。

 わが国にとっていま最も重要で難しい問題のひとつが憲法改正問題であることは異論がないだろう。

 賛否両論がある。無関心なひともいるかもしれない。

 賛成派の論拠は、「敗戦直後ならともかく、戦後60数年経った今日、独立国として、自国の防衛を自国の軍隊が責任をもって担うのは当然だということだろう。北朝鮮の脅威に見られるように、国家間の関係は予測できない不確実さがある。こちらが攻撃しなくても相手が攻撃してくる可能性もある。安心して暮らすためには、しっかりした国防力が必要だ。日本の防衛は、アメリカまかせではなく、まず日本の軍隊が中心の役割をにない、そのうえで、補完的に同盟関係を築くべきだ。そのためには、憲法9条を改正する必要がある。」

 反対論の根拠は、いくつかの意見にわかれるかもしれないが、「今の憲法を改正すれば、平和国家が維持しにくくなる。戦争を放棄するからこそ、日本は国際社会から信頼をえることができた。太平洋戦争の経験に照らせば、日本人は、軍事力を持てばなにをしでかすかわからない。まだまだ、成熟した国家国民ではないのだ。だから、今は現行憲法を維持して、平和国家として内外に平和を訴えていくべきだ。」
反対派の中でも、たぶん、日米安保条約については意見がわかれるだろう。「日本の安全を守るためには、日本が自衛隊以上の武力をもたない以上、アメリカの軍事力によってカバーされる必要がある。」とか、「日米安保条約があるからかえって日本は攻撃されるおそれがある。条約を破棄して、非武装中立路線で言ったほうが、むしろ安全度はますはずだ。」とか意見はわかれそうだ。

 そのほか、すこしづつ意見の細部にはバリエーションがありうるだろう。

 自分が賛成だろうと反対だろうと、影響力はほとんどないからといって、真剣に考えない人もいるだろう。

 そもそも、政治問題に関心のないひともいるかもしれない。

 いろいろな意見をもったひとが日本人のなかにもいるだろう。

 自分がどういう意見をもつかは、慎重に考えなければならない。

 こういう問題はえてして、感情的になったり、対立的になったり、誹謗中傷しあったりしやすい。

自分の家族や地域の戦争とのかかわり具合によっても、見方や立場が異なるだろう。

 みな複雑な過去をひきずり、複雑な利害関係の中で生きている。

 それだけに、この問題については、簡単な結論はでないと思われるが、政治家だけにまかせることなく、国民ひとりひとりが自分の意見をきちんともつことが大切だと思う。


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