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6月9日の日経新聞朝刊一面のコラム春秋から...
日本の電信柱の話を往年のフォークに結びつけたエッセイで
「雨が空から降れば」という曲の中で
街の様々なものがしとしと降る雨に溶け込んでいく様子を描いて
美しいと。「...電信柱もポストもふるさとも雨の中....」
電信柱とポストは昔から日本のどこにでもある。
日本には電信柱が35000万本あるという。
日本の無電柱化推進法の施行や東京都の電柱新設原則禁止の
条例など電信柱のある風景も変わっていく方向に動き出して
いるようだが現実なかなか莫大なコストがかかり難しいのが
現状のようである--との内容で
そこに「大阪で生まれた女」の歌も紹介されており
こんな一節があったと....。
「..踊り疲れたディスコの帰り電信柱にしみついた夜.....」
そして今日---午後にカラオケにオットと行ったときに
「大阪で生まれた女」を歌った♪
今まで何気なく聞いていたこの曲が新聞のコラムを読んでから
電信柱という単語が気になっていたのか
歌ってみたくなった♪
しんみりとした気分で
歌い終わって....
さぁ気分をよくしていたら
![]() オットが
電信柱にしがみついた夜---と歌っていたよ♪
と言われた。
えっ????
本当は何??
電信柱にしみついた夜だよ......
途端に爆笑ーーーおかしくておかしくて..
![]() しがみついた.....って。
可笑しすぎるーー
![]() 昔むかし....学生だった頃、ディスコの帰りではないけれど
コンパの帰りに電信柱に抱きついていた男子がいたっけ..
![]() ![]() ![]() ![]() パッフェルベルのメロディー
に乗って 電信柱に哀愁(笑)を感じて歌い終わったのですが
途端に笑い話に化けた....ということで
くだらないオチで失礼しました。。
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新聞記事から
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昨日は寒い寒い1日になりました。
この時期には珍しい大雨大風で冬の嵐という感じでした。
仕事始めかと思いきや
うれしい三連休はのんびりと過ごしました。
今年初めての暖炉遊び
外は嵐。家の中は暖炉の火が赤々と...
まきのパチパチと燃える音を聞きながら
同時にエアコンもつけていましたが。
燃える火を見つめていると飽きません。。
時間の経つのも忘れーーまた夜更かしになりました。
今朝はゆっくり起きて
新聞も久々にゆっくり読みました。
今日の朝日朝刊の
Re ライフという欄に
住まいを整える...よい品どんどん使って。という記事に
目がとまりました。
断捨離がはやり、物を持たない方がいいという風潮もありますが
良質の物を持つのはいいこと。熟練した技術から生まれた芸術と
生活用品の間のような物は性能も良く長く使うと経年変化が
味わいになります、とりあえず好みではないものに囲まれて
暮らすのではなく好きな工芸品を買いしまってあったよい道具
器を出して暮らしに取りいれていきましょう.....
どの部屋に何があるかを書き出すことから始めて
一覧にして使う捨てる買い替える物が整理できてどこに
収納するかが把握できます。
という内容でした。
今日が1回目ですので全4回あるというので
楽しみです。
この数年台所用品や食器の見直しをしています。
今までとりあえずで使っていた物を見直して
好きな材質の物で揃えたり
少し値が張っても長く使えるような食器や漆器にしたりと
例えば竹ざるとか琺瑯とかにしたり好みの漆器にしたりです。
数年前には鍋類を全部取り替えました。
最初は重さが気になりましたが収納がすっきりとしたのも
うれしいです。
生活のシンプルを図って
やはり好きな物はこれからも買うことはあると思いますが
その時はしっかり吟味をして
お掃除は好きではないので
お掃除をさぼれるように物を少なくが私のやり方です。
衣類も母がいた頃には新しい物を買っては
母に見せて一緒に喜んでいましたが
これから衣類を購入する時は
衝動買いはまず避けたいです。。
この年齢になりますと
大体の色やデザインは一応着て楽しんだので
ファッションもひと周りもふた周りもすると見えて
それほど欲しい物は無くなってきています。
といってもみたら欲しくなるでしょうね
身の回りをすっきりとシンプルにしておきたいーーこれが
目標です。。
昨年の冬場は膨大な写真の整理をして冬を過ごしましたが
今年は年賀状や印刷物や手紙類を整理したいと思っています。
整理は捨てることではなくて分類したり見やすくするということかな。
また今朝の日経新聞朝刊に「池上彰の大岡山通信、若者たちへ」という
コラムがあります。
その中で苦悩や葛藤それが青春、
人生への恐れ忘れずに.....との表題の記事です。
今日が成人式ということもあっての記事でしょうか。
社会に出て人間関係に揉まれていったり仕事などで難題を
切り抜けていくうちに人は理性を失い感性を摩滅させ恐れを
知らなくなっていきます。それが年をとるということでしょう。
これは怖いこと、恐れを知らなくなることを恐れよ、と言いたいという
内容です。人生への恐れを持つことは若さの特権です。それがあれば
自分の行動や思想に自省的になり大きな過ちをしなくなるのだと思うとの
ことでした。
「青春とは人生のある期間をいうのではなくて心の様相をいうのだ(中略)
年を重ねただけでは人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる」
とサミュエル・ウルマンという人の文章を引用していましたが
この文章にも目がとまりました。
年齢を重ねても気持ちは若くいたいーー。。
クリアーな心でいたいーーそう願っています。
長くなりました。
読んでいただきありがとうございました
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お正月以来の新聞を
昨日やっとチェックして
ほっとしました
6年ものです。
日が燦々と入って気持ちの良い午前です。
元旦の新聞は力が入っているだろうと
あとからゆっくり読もうと
お正月が終わってからゆっくり読もうと♪
積んでおきましたが
それを読むことも出来ず
それから新しい新聞がどんどん積み上げられ
あとからゆっくり…・なんて思って
山積みの新聞が部屋の片隅に。
それを横目で見ながら時間だけが過ぎ去りました。
新聞二紙の朝刊と夕刊ですから
どんどん積み上がります。
日経朝刊の私の履歴書の紙面を別にして
夕刊の文化欄の紙面を別にて
朝日の特集記事や
土曜朝日のBEに目を通して
夕刊の一面の見出しに目を通して
広告の旅行案内や
コンサートの案内などにも目が行って
新刊書の紹介やら映画の予告やら…などなど
まったくもってキリがありません。
ためになる記事も興味のある記事も多いのですが
どっと疲れました
別にした記事も何時読めるやら=なんて
少し不安が。
結局ーーまとめてあとからゆっくり読むは
殆ど出来ない〜と思いました。
そんな反省から今日は二紙の朝刊を目を通しました。
時間があったので政治欄や経済欄も☆
読んで行くうちに暗い気持ちになってきましたが
一方では頭がスッキリもしてきました。
その日の新聞はその日のううちにーーーを
心がけたいです。
新聞に追いかけられるのではなくて
配達される新聞を待っているような
それは当分あり得ない
折角の新聞…
しっかり読もう〜なんて
思った次第でした。
読めないときは見出しだけでも…と。
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東関東大震災から二年経った今
「花は咲く」がひろく歌われている・・・・・から
始まる新聞記事(朝日夕刊・2013年3月12日)を
抜粋しました。
「花は咲く」の歌をこのように見るのかと印象に残り
もう一度じっくりききますと確かに・・・・そのように
思えてくるのです。
悲しみの中から希望が見えてくる気がしました。
何もなくなった被災地に
この歌がどこからともなく聞こえてきて
希望の花が咲いてくれたらと願います。
・・・・・・
はじめて心にとめたのは人っ子ひとり見えない海辺の被災地に
ポツリンと取り残されたように経っている小学校の前に佇んで
いた時であった・・・・
どこからか風にのってこの歌が聞こえてきた。
「花は花は花は咲く、わたしは何を残しただろう・・・・」
不思議な歌だと私は思った。
・・・・・・・・
後日DVDを入手して死と生に引き裂かれた愛し合うふたりの
噴きこぼれるような愛し合うふたりの歌であることをしった。
・・・・・・・・
「誰かの歌が聞こえる」という。
それが誰かを励ましている。笑顔も見える。
いったい励ましているのは誰なのか
歌い手は「花は花は花は咲く、わたしは何を残しただろう」と
繰り返し余韻を残して消えていく。
歌っているのは死者ではないか。
・・・・・・・・
平穏な社会秩序を脅かす呪いや亡霊の声とみなされて封印されてきた
「死者の語り」が再び「花は咲く」に顔を出しているのに驚いたという。
死者に対するイメージが変化しつつあるのか
死者と共に未来に向かって生きていく、そうした変化が起こりつつある
さなかに大震災が起きた。
・・・・・・・・・
被災地には人には明かしえない無念の思いが黒い海の記憶とひとつになって
忘却の時を待っている。生者も死者も待っている。言いたいことが山ほどある。
…助けてあげられなくてごめんね・・・母親達の声にならない声に
大丈夫だよ、ずっと見守っていくからね・・・と呼びかけに答えられるのは誰か。
こうした生者と死者の「語り」が「花は咲く」にはおおらかに
歌いあげられている。それが涙をさそうのだ。
だがそれは悲しみの涙ではない。
死者と未来へ向かう優しい希望の声のようなのだ。
そこにこの歌の不思議な魅力がある。
この文章は朝日夕刊「文芸・批評」欄に
仙台市在住の宗教学者山形孝夫さんが書かれたものです。
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アメ横で用事が終わった後に
上野公園の方に出てみました。
雨の上野。。
そのまま帰る気になれなくて
今日はどこかのカフェに入ろうかな〜と。。
閑散とした雨の上野公園をわけもなく歩いてみました。
冷たい雨でしたが冷たさが応えませんでした。
昨日のポカポカ陽気で体が温まっているからでしょうか
雨の冷たさを楽しめました
月曜日はどこもお休み。
美術館はお休み・・もちろん動物園も。
お気に入りのオープンカフェもお休み。
さてさて。。どうしようかと思っていましたら
開いていました。。いつも入りたいと思いながら満員だったり
お休みだったりでなかなか行けなかったカフェ。。。
「響
東京文化会館の横に併設されている
オープンカフェです。。こんなお天気ですから
ガ〜ラガラで好きな席を選べます。。
中はほんのりと暖かく
後ろの席からはフランス語が聞こえてきます(多分フランス語!!だと思います・笑)
お茶と・・パンダさん
可愛いパンダさんの中味は肉まんです。
これが美味しかったんです
ひとりカフェの時間。。
閑散としたカフェでしばらく外を眺めていますと
なんと雪が降ってきたではありませんか。。
暗い額にはまった絵画のように見えて
枯木立の中の雪は美しかったです。
<画像で雪が見えないのが残念です>
それはまるで冬へ別れを告げているような雪にも
見えました。。
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に乗って







