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■写真■ 梅雨空の琵琶湖柳が崎。 滋賀県大津市柳が崎にて、2006年7月1日撮影。 本館はこちらです(クリック→) ◆京都生まれの気ままな遁世僧、今様つれづれ草◆
今年はことのほか早く、6月を待たずに入梅となった。 また蒸し暑い季節の到来である…。 4月から有志を募って、浄土真宗の教えを学ぶ勉強会を始めた。 自身を含め、何か学びを深める場を始められたら…と思っていた矢先のことだった。 たまたまfacebook繋がりの友人が賛同してくれたのと、 拙ブログが縁となって拙寺門徒衆に加わってくれた人が学ぶ機会がほしい…、 という思いが相乗効果をなして始めることとなった。 当初は2人くらいからボツボツかな…と思いきや、 それぞれ仲間が集まって、9人でスタートすることとなった。 その勉強会の名を「真宗考座」と命名した。 “講座”ではなく、“考座”である。 私が一方的に講ずるには、あまりにも浅学すぎる。 だから“共に考えていこう…”という願いによるものである。 取っ掛かりは私が話を始めるが、あとは座談会のようなものだ。 テーマから脱線するのも、“また楽しからずや…”だ。 仏教を考え、真宗を考える時間を共有できれば、これにすぐることはない。 今時の宗門が奨励する、「話し合い法座」のパターンとも一線を画したい。 そう…私が京都の師僧のもとへ参じて梵唄声明を学ぶ時の、 あの楽しさが再現できれば素晴らしい。 以前、たまたま師僧の御自坊での勉強会に同席された方が、 「まるでサンギーティーですね…」と評されたことがあった。 ただ師僧がお唱えされる音曲をまねるだけではなく、 いにしえはどんな唱え方をしていたのだろう…と、 実唱しては立ち止まって“あーでもない、こーでもない…”と議論に花が咲く。 そしてまた実唱…そうした繰り返しの様子が、 原始仏教時代の「結集(けつじゅう)」と呼ばれる“経典編纂”の情景と重なり合ったようだ。 いわずもがな経典の冒頭は、“如是我聞”というフレーズから始まる。 “このように私は聞きました…”という出だしである。 同じ一つの事柄でも、聞いた人間によっても聞き方によっても変化する。 それらを寄せ集めて再確認すれば、多面的にその事柄を把握することができる。 独りよがりの世界からの解放である。 「真宗考座」というネーミングに込めた、拙き我が思いである…。 |
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