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■写真■ 滋賀県大津市の三井寺にて、2016年4月5日撮影。 ◆京都生まれの気ままな遁世僧、今様つれづれ草◆ ←本館はこちらです(クリック) ようやく春らしくなってきた。 「春眠、暁を覚えず」とはいうけれども、どうも私は慢性的に寝付きが悪い。 「抑鬱性不眠症」と診断されたが故なるか…。 これも我が身をして、付き合わねばならぬことである。 寝付きが悪い分、目覚めると夢の記憶が甦って来る。 それにしても夢とは不思議なものである。 まさしく脳内のバーチャルな空間が現実世界の中で展開される。 中世の人々が夢を通してこの世とあの世(仏の世界)とのツールと考えた所以か。 宗祖親鸞が若き日に、洛中の六角堂に100日間参籠したのは、 ひたすら六角堂の本尊・如意輪観音の夢告(むごう)を待つためであった。 中世の六角堂は、本尊から夢のお告げを頂くという信仰が大流行していて、 多くの人々が日没とともにやって来て、明け方まで堂内で眠りに就いた。 毎晩通い詰めて繰り返すことを、「参籠」というのである。 しかして95日目の未明、白い法衣に白袈裟を着けた僧侶姿の如意輪観音が夢に現れた。 親鸞にとって、自身の一大転機ともいえる宗教体験なのだった。 現代に生きる私には、そんな「夢告」に出会える道理はなさそうだが、 ともすれば夢うつつの状態が楽しかったりする。 今朝に見た夢もまた、母親のものだった。 やはり50代の若かった頃の母親である。 2階へ上がる階段を私は人の気配を感じて、下を見下ろした。 すると母親が「今帰ってきたえ」と言いながら、階段をゆっくり上がって来た。 何故か母親は洋服の上に、略袈裟を首からぶら下げていた。 私は階段を駆け下り「やっと帰って来てくれた」と言って、 まるで幼な子のように抱きついて泣きじゃくっていた。 母親はそんな私に、「はいはいわかった、わかった……」と笑っていた。 そんな遣り取りの中で、いつしか微睡んでいた。 目覚めると「夢だったか……」と、ややもすれば切なくはなるが、 それでも不快な気持ちにはならない。 あるいは略袈裟などかけている母親は、やはりめでたく往生の素懐を遂げたのであろう。 そういえば、間もなく明後日には母親の誕生日が巡って来る。 母親は77歳の誕生日を迎えて、1ヶ月を過ぎた後に逝った。 母親は往生を以て、苦悩に満ち満ちた娑婆から逃れられたのだとつくづく思う。 夢の中での私は、至って素直な子供である。 母親が生きていた頃は、無愛想な息子であったが……。 |
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http://blogs.yahoo.co.jp/nopapariku/20557297.html
命日が近づくと、平静では居られません💧
ハッキリと分からずモガイてしまいます…
2017/3/28(火) 午後 7:14 [ 竹光侍2008 ]
> 竹光侍2008さん
またまたすっかり御無沙汰しております…(汗)。
誰しも慌てふためくのが人情でしょうね。
それの予防線が宗教なのかも知れませんねェ…。
2017/4/25(火) 午後 6:08