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2017【折々のことば】

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折々のことば・秋。

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■写真■ 洛北大原に咲く彼岸花。京都市左京区大原にて、2010年10月5日撮影。


暑さ寒さも彼岸まで……とは、良く言ったものである。
朝夕がとても過ごしやすくなった。
日が暮れるのも早く感ずるようになって来た。
吉田兼好は四季の移ろいの中で、秋が最も趣が深いと言っている。
確かに、私も四季の中で秋が好きである。

ところで法要儀式の時、導師が本尊に対して法要の趣旨を述べるところがある。
これを「表白(ひょうびゃく)」とか「法則(ほっそく)」という。
我々浄土真宗の法要儀式は、天台宗を範とするから、
「表白」も天台宗の在り方に倣って作成するのを本義とすべきと私は考えている。
近時、宗門の僧侶向けに「表白」の文例集がいろいろ出版されいるが、
どれも手本としたいものが皆無である。
そうした思いが増長して、私は表白を常に自作することにしている。
当然、師僧の指南に従い、天台宗のものを手本としているのはいうまでもない。
それは伝統的な構成方法があり、そこから外れないようにして、
かつ、私なりに浄土真宗の法義に矛盾なきように作成している。

過去に作成した「表白」の中で、自身で気に入っている言い回しがある。



 彌陀世尊 慈悲護念の春の庭には
 超世の本願を建立して
 念佛一行を与へて現生正定聚の利益を施し
 臨終の秋の窓には卽得往生の妙果を證したまはん

 梁塵秘抄に曰く
 極樂淨土のめでたさは
 一つもあだなることぞなき
 吹く風立つ浪鳥も皆
 妙なる法とぞ唱ふなる と

 之(こ)れ依りて
 吉祥隨喜の花を散じて 極樂の聖衆に供へ
 如意解脱の香を焚きて 自有の信心に薫ぜん



「梁塵秘抄……」以下の文言は、天台宗の『法則集』に文例があり、
それをそのまま転用している。
また、「春の庭」と「秋の窓」という言い回しも天台宗のものにあり、
内容を浄土真宗の法義に書き改めた。

「春の庭」「秋の窓」という言い回しをして、日本人の季節感が見事に反映されている。
日本的仏教観が天台宗には息づいているのだと思うのだ。
そのように思う時、今時の浄土真宗が奨励している「表白」の文体は、
ことさらに教義の説明ばかりに向いていて、情緒がない。
そして、「表白」の本来的な意味も失われている。
「表白」は何も参詣者に聞かせるものではない。
あくまで仏祖に対して申し上げるものである。
そこが完全に忘却されている。


ややもすれば愚痴になってしまった……。
私がここで言いたいのは、「表白」に述べられる季節感と仏教の関連である。
春にまいた種は秋に結実する。
これから寒い季節へと向かっては行くが、実れる季節が秋である。
暑さも一段落ついて、心落ち着く季節なのかも知れない。


我が苦悩が尽きぬのは、最早いうまでもないが……。


折々のことば・夏。

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■写真■ 仰木の里山と棚田。滋賀県大津市仰木にて、2011年6月28日撮影。


拙ブログ12年目の夏である。
果たして、今年も半分が流れつつある。
齢五十路を経たれば、是くも時間の流れの早きことをいよいよ痛感する。

1年前の自身はどんなであったか、
2年前の自身は何をしていただろうか、
3年前は……と、過去のことを思い出してみるが、
懐かしさは時として胸を締め付けたりする。

時間の流れの早きことをして、いつも思い出す言葉がある。
それは黄檗山万福寺伽藍内の5ヶ所に吊り下げられている、
「巡照板」と呼ばれる板に刻まれた文言である。
「巡照板」は、起床と開枕(かいちん・消灯)の合図に打ち鳴らされる。




   謹白大衆
   生死事大
   無常迅速
   各宜醒覚
   慎勿放逸……… 


   謹んで大衆(修行僧ら)に申し上げる。
   生死(しょうじ)は重大で、無常は迅速である。
   各々よろしく覚醒して、
   慎み放逸するなかれ………。




まことに禅門の文言は重く、我が身の放逸ぶりを痛感せずにはおれない。
およそ覚醒することなど、到底、至難である。
禅門の対極に位置するといえる我が浄土門は、
「念仏一つでこの身このまま仏と成らしむる」と説く。
ならばこの状態のまま、往生する日を待つのみしかできぬ我が身ではある。

日々の生業の中で、袈裟など着ければそれなりに僧侶たらしむる。
しかし「無常迅速」の中で、ただ佇むことしか能わない。
いつまでも元気で生きていたいかと問われれば、
生きていたくなどはないと即答する。
そのような自己矛盾に満ち満ちた日常にありながら、
何を伝えねばならないか……ということだけは考えては生きている。


折々のことば・春。

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■写真■ 滋賀県大津市の三井寺にて、2016年4月5日撮影。


ようやく春らしくなってきた。
「春眠、暁を覚えず」とはいうけれども、どうも私は慢性的に寝付きが悪い。
「抑鬱性不眠症」と診断されたが故なるか…。
これも我が身をして、付き合わねばならぬことである。
寝付きが悪い分、目覚めると夢の記憶が甦って来る。

それにしても夢とは不思議なものである。
まさしく脳内のバーチャルな空間が現実世界の中で展開される。
中世の人々が夢を通してこの世とあの世(仏の世界)とのツールと考えた所以か。

宗祖親鸞が若き日に、洛中の六角堂に100日間参籠したのは、
ひたすら六角堂の本尊・如意輪観音の夢告(むごう)を待つためであった。
中世の六角堂は、本尊から夢のお告げを頂くという信仰が大流行していて、
多くの人々が日没とともにやって来て、明け方まで堂内で眠りに就いた。
毎晩通い詰めて繰り返すことを、「参籠」というのである。
しかして95日目の未明、白い法衣に白袈裟を着けた僧侶姿の如意輪観音が夢に現れた。
親鸞にとって、自身の一大転機ともいえる宗教体験なのだった。

現代に生きる私には、そんな「夢告」に出会える道理はなさそうだが、
ともすれば夢うつつの状態が楽しかったりする。
今朝に見た夢もまた、母親のものだった。
やはり50代の若かった頃の母親である。
2階へ上がる階段を私は人の気配を感じて、下を見下ろした。
すると母親が「今帰ってきたえ」と言いながら、階段をゆっくり上がって来た。
何故か母親は洋服の上に、略袈裟を首からぶら下げていた。
私は階段を駆け下り「やっと帰って来てくれた」と言って、
まるで幼な子のように抱きついて泣きじゃくっていた。
母親はそんな私に、「はいはいわかった、わかった……」と笑っていた。

そんな遣り取りの中で、いつしか微睡んでいた。
目覚めると「夢だったか……」と、ややもすれば切なくはなるが、
それでも不快な気持ちにはならない。
あるいは略袈裟などかけている母親は、やはりめでたく往生の素懐を遂げたのであろう。
そういえば、間もなく明後日には母親の誕生日が巡って来る。
母親は77歳の誕生日を迎えて、1ヶ月を過ぎた後に逝った。

母親は往生を以て、苦悩に満ち満ちた娑婆から逃れられたのだとつくづく思う。
夢の中での私は、至って素直な子供である。
母親が生きていた頃は、無愛想な息子であったが……。




2017年正月のことば。

頌 春  佛教暦 2560(平成29)年 元旦


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■写真■ 滋賀県守山市、琵琶湖大橋東詰からの比良山遠望。2005年1月1日撮影。


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拙ブログ別館も、開設10年目となった。
10年ひと昔とはいうけれども、本当にあっという間である。

つくづく、自身をして言わしめることなのであるが、
“それでも人間は生きている……”ということである。
この数年、自身の身辺は激変だった。
自業自得と言われればそれまでの話なのであるが、
ただ一本調子には生きられぬジレンマ、
信仰への不信感(相矛盾する言い回しであるが…)、
我が病める心との対峙、そして母親の死……。
だから“それでも人間は生きている……”と、思わずにはおれない。

しかしながら、私をなんとか生かすのもまた、信仰があればこそとも言える。
多分それが皮一枚でつなぎ止めていることなのだろう…。

ところですっかり更新頻度が低下してしまった。
加えて頂いたコメントへの返信も滞っている状態である。
まことに申し訳ない限りであるが、
本当にぼつぼつではあるが、返信の書き込みはして行く所存である。

いつも御高覧頂き、重ね重ね有難うございます…。
年頭に当たり、早速駄文を一筆啓上m(_ _)m


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