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◆京都生まれの気ままな遁世僧、今様つれづれ草◆ 別館。 【ランダム更新】

2009 【月のことば】

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12月のことば。

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いつものことではあるが、今年も残すところ1ヶ月になった。
昨年1年間以上に、今年の時の流れ方が早く感じてならない日暮らしだった。

思えば、月に数回帰省を兼ねての京都行きを数えていると、
毎月が早く感じられてならないことに気付くのである…。
次は来月…と思っていると、もうその月が巡ってくる…そんな感じである。

今の私にとって、それはそのまま自身の中の「無常観」へと裏打ちされて行くのである。



法然の80歳、親鸞の90歳…当時としては相当な長寿であるとはいわれる。
しかし我が人生を思う時、彼ら偉大な“業績”を残した人々の、
既に半分の寿命にさしかかっているにもかかわらず、
全く「いたずらに明かし、いたずらに年月を送るばかり」に恥じ入るばかりである。

例えば法然は、43歳で他力本願の真理を大悟するまで、一切経を数度読破したといわれている。
黒谷青龍寺での日々はまさしく経論読破の日々であったというが、
木曽義仲が上洛して洛中が騒然としたその日は、
ただ一度だけ、経論のページをめくらなかったと伝えられている。

翻って親鸞は、関東に滞在していた壮年期から晩年にかけて、旺盛な執筆意欲をみせる。
親鸞が執筆した著作のほとんどが、関東滞在〜帰洛後に書かれたものである。
特に、主著『顕浄土真実教行証文類(教行信証)』は、
親鸞のあらん限りの学術的知識と信仰心が書かしめた大作である。
あの時代にあって、あれだけの参考文献を踏襲して書かれた“論文”は稀有な存在である。



二人の浄土門の祖師の事績を思う時、
私は一体何をして生きているのだろうと、ただ猛省するばかりである。
否、猛省などとはいうまい。
些末的な日常に翻弄され、最も学ばねばならぬ宗祖の撰述すらまともに読み切れない、
全く体たらくな坊主人生が続いている…。

果たして、湯水の如く過ぎ去っていく年月に、
ただただ陳腐な「無常観」に苛まれながら呆然と立ち尽くすだけの日暮らし…。




必死に生きるということは、必死に学ぶことなのだと思う…。
今年最後の1ヶ月、少しは精神的に充実させたいと思う今日この頃である。

11月のことば。

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今、ずっと「声明懺法・律様(しょうみょうせんぼう・りつよう)」の各声明曲を学んでいる。
宮中で勤められた『御懺法講』3種の内の一つで「法華懺法」のことである。
先般手ほどきを受けた「声明例時」という、
『仏説阿弥陀経』を中心に編まれた声明作法もその一つである。

天台宗では「朝法華、夕例時」といわれるが如く、
『阿弥陀経』と『法華経』の読誦は最も基本的な勤行である。

この両経典に美しい旋律を付けて唱えられるのが、「御懺法講」である。
思えば、梵唄声明を学ぶ過程に於いて『法華経』を読むことは、
浄土真宗の門侶としては稀有この上ないことであろう。

いわんや、同門でもタチの悪い者からすれば、
『法華経』を学び、経文を唱えるなどとは“異端”と罵られるかも知れない。



自らが属する宗派の学問である「宗乗(しゅうじょう)」に対して、
他宗派のものを「余乗(よじょう)」と呼ぶ。
僧侶が教養を深める手段として自ら属する「宗乗」はいうまでもなく、
「余乗」を学ぶこともまた不可欠である。

しかし、こと「法儀(ほうぎ・法要儀式)」に関しては、
厳格に自ら属する宗派の在り方を堅持せねばなるまいし、
他宗派の法儀に乗ずることなど、極めて由々しきことと見られるかも知れない…。

「声明懺法」を学び得た暁には、この法儀を用いる法会に出仕させて頂くこととなろう…。
その前哨として11月に入ってすぐ、京都のホールで「声明懺法」を学んだ成果が披露される。
私もその末席に加えて頂けることとなった。
出仕者は天台宗の他に、我が浄土真宗本願寺派、西山浄土宗、浄土宗の僧侶が参加する。
こうして宗派名を書き並べてみれば、ほとんどが浄土門諸宗であることは何とも面白い。

「法華懺法」もまた、我が宗門の法式作法の故実を知る者ならば、
今更いうまでもないことではあるが、大きな影響を及ぼしている法儀である。

『仏説無量寿経』の「四十八願文」を中心に編まれた「無量寿経作法」は、
「法華懺法」の構成をそのまま転用したものであり、各声明曲の配列もそのまま踏襲している。

もっとも「無量寿経作法」の音曲は「切音(きりごえ)」といわれる、
極めて簡単な旋律で、天台宗では朝暮の勤行に用いられるものなので、
ここに記している「御懺法講」のそれとはかなり異なる。

以て、私は梵唄声明を学ぶ過程の中に「声明懺法」が存在すると考えている。
そして何よりもこの法儀にある各声明曲の美しい旋律には、ただただ魅せられるばかりだ。
それ故に、この音曲を自らのものにするのは、大変至難である…。



ふと思うのは、天台宗の朝の勤行を日蓮が世に流布させ、
夕事の『阿弥陀経』を法然以下浄土門下が流布させたか。

深く思いを巡らせてみれば、我が宗祖・親鸞も比叡山に在った頃は、
日々「声明懺法」の旋律を耳にしていたであろうし、
その音曲を体得していたであろうことは想像に難くない。
また、『法華経』の教えにも通じていたことであろう。

親鸞は多くの経論に精通していたし、
主著『教行信証』は膨大な量の経論を引用して完成させている。
しかし…、何故か『法華経』のみは全く引用していないのは不思議である。
非常に意図的なものを感じずにはおれないのだが、浅学なるが故にその理由は知る由もない…。




ここしばらく音曲の習得に必死だったので、 
秋の夜長とばかりにしばし「法華懺法」で唱えられる、
『法華経』「安楽行品(あんらくぎょうぼん)」を味読してみようと思う…。

10月のことば。

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小学生の頃、私は宇治にある黄檗山万福寺に行くのが好きだった。
エキゾチックな中国風の伽藍に加えて、
本尊である釈尊を安置する大雄宝殿(本堂)などは立ち入り自由で、
間近に仏像を眺めることができたからである。

特に大雄宝殿内陣の両側に安置されてある、十八羅漢像は圧巻だった。
それらの中でも、釈尊の実子である羅怙羅(らごら・羅睺羅とも)尊者の座像は凄まじかった。

自らの腹を両手で裂いて中を見せている姿で、裂かれた腹の中からは釈尊が顔を覗かせている。
これは父を慕って出家した羅怙羅尊者だったが、修行によって得た仏性(真実の覚り)を見んと、
自らの手で腹を開いた姿なのだという。
“羅怙羅”とはサンスクリット語“ラーフラ”を音写した言葉で、“束縛”を意味する言葉である。
釈尊は我が子の出家を許したが、最早親子の絆を断っていた。
それ故、羅怙羅尊者は他の仏弟子たち以上に修行に打ち込んだと伝えられる…。

私は、中央に安置されてある釈尊像よりも、
手で触れられるくらいの間近な位置で眺めることができる羅漢像に親しみを抱いていた。
そして、少年の目を釘付けにしたのがこの像なのだった…。

そんな万福寺の拝観券には、確か、「無常迅速 生死事大…」と印刷されてあった。
書き下しなどはなく、黄檗宗が伝承する明代の発音のルビが付されていた。

なんか、“餃子の王将”とかへ行った時の、店員が客から注文を取って厨房に伝える時、
料理名と個数を中国語風に発音して伝えたりしているが、
私はそれと重なったりして、意味も解らず口に出して読んだりしていたものである…(笑)。




ところで最近、暇に任せて曹洞宗の宗祖・道元禅師の語録である、
『正法眼蔵随聞記(しょうぼうげんぞうずいもんき)』を読んでいる。

禅門の聖教(しょうぎょう)は、書き下し文であっても難解すぎる。
もっとも我が浄土門には、馴染みの薄い仏教語が多いためだと思われる。

宗派が異なると、同じ宗教でも是くも趣が変わるのか…と、
今更ながら驚きをもってページをめくっている。

道元禅師は出家主義に徹していたようだが、
出家以外に対しては大乗仏教らしいソフトな面も持っていたようだ。

そしてしばしば、我が宗祖・親鸞と対比される禅僧が道元禅師である。
浅学なるが故に私は、まだその共通点をしっかり理解するには至っていない。

読み進める中で、万福寺の拝観券に印刷された文言と同じものがあるのを発見した。


   示云(じにいわく)、無常迅速也。生死事大也。
   暫(しばらく)、存命の間、業を修し、学を好には、只、仏道を行し、仏法を学すべき也。


改めて味読するに、大変厳しい言葉である。
訳注をそのままここに掲げるならば……、


   教えていわれた。
   「無常迅速」。人事、世間、一切の事象は、すみやかに、うつろいゆく、過ぎ去りゆく。
   「生死事大」。人間の生と死の真相を明らかにするには、人間の生涯における最も重大な事。
   しばらくの命のある間に、何か業(わざ)を身につけて学ぼうとするならば、
   なによりも、さとりの道(仏道)を行じ、さとりの真理(仏法)を学ぶべきである…


冒頭のこの一節に続いて道元禅師は、
文章を書いたり詩歌に興じたりすることも無益であると断ずる。
そして、顕教(明らかに開示された仏教教義)や密教なども学ぶ必要はない。
諸仏・祖師たちの教えも学ぶ必要はない。
たった一つのことに専念することすら、生まれつき「鈍根劣器」の者には至難であるのに、
ましてや、あれこれと色んなジャンルに手広く学んでいては、
心のはたらきを静かにととのえることなど、できなくなってしまうではないか…、
道元禅師はそのように弟子に説くのである。

「只管打坐」ということなのだろうか…。

以て私は禅門の在り方には暗く、自ら仏道を修することなど到底能わぬ愚鈍の身である。
愚鈍ながら、ふと直感したことは、親鸞も同じようなことを言っているではないか…。



   親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまゐらすべしと、
   よきひと(法然)の仰せをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。
                           
                          『歎異抄』第2条


9月のことば。

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いつも思うのは、意外に8月というのはあっという間に過ぎてしまう…。
ことに今夏ばかりは梅雨明けが8月初旬にずれ込み、
盆明け辺りから朝夕が涼しくなったことが、余計にそのように思わせる。

思えば盂蘭盆会の多忙さを、猛暑にかまけてボヤく発言を繰り返してきたような気がする(汗)。
今更ながら反省モードなのではあるが、同じことを繰り返すのが凡夫の哀しさ、
来年の夏も同じようなことを言うに違いない。

9月になれば一晩毎に清涼感がまして来るのだろうが、
過ごしやすい季節というのは、本当に少なくなったように思う。



ところで、ついこないだ水が張られたと思っていた田園も、今は黄金色の稲穂が垂れ始めている。
人間が開発した、人工的な“自然の風景”が田園風景である。
それは三河平野に広がるような穀倉地帯の風景であったり、
或いは、山の斜面に造成された棚田であったりと、その姿はまちまちである。
それぞれが見慣れた風景であり、また、懐かしい気持ちへといざなってくれる。
しかし、最近は休耕田が目立つようになったのでは…と思う。
日本政府の食糧政策を、いつも休耕田を眺めるたびに懐疑的になる。
この度発足しつつある新政権の手腕を、とくと拝見したいものだ…。

日本列島に稲作が伝来したのは縄文後期乃至弥生時代頃と聞いている。
稲の原産はネパールのダージリンとも、中国の雲南省ともいわれる。
ともに高原地帯で、湿度が高く昼夜の気温差に開きがある地域と聞く。
この国に最初に稲を伝えたのは、どんな人々なのだったのだろう…。
空想することが面白い。



我々仏教徒は朝の勤行時や法要時に「御仏飯(おぶっぱん)」を上供する。
決して「米」の段階で供えるのではなく、炊いた“ご飯”を山のような形に盛って供える。
何故、他の食べ物ではなく、“炊いたご飯”を供えるのかというと、
理由は至って簡単、それは我々日本民族の「主食」であるからだ。

「米」なくして、我々の食文化は成立しないといっても過言ではない。
そして我が生命を繋ぐための、最も大切な“いのち”の代表が「主食」たる米であろう…。



食事に臨んで、目の前に出された膳を前に手を合わす所以である。
飽食の時代といわれて久しい今、「実りの秋」を前に思う…。

8月のことば。

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暑中御見舞申し上げます・・・m(_ _)m。

【8月のことば】 は、「リンク特集」の下に表示しております…♪♪

【「リンク特集 ・ 盂蘭盆の季節」−8月に想う…−】

戦争
◆祖父・文徳院釋大圓法師。−戦後60年に想う−
↑↑ (赴任地・中国広東で客死した、忘れまじある真宗僧侶の記憶…)





【8月のことば】
今年の梅雨は、ことのほか長引いている。
東海地方の梅雨明けは8月初旬にずれ込むという。 
また、ひとたび大雨が降れば、被害は甚大である。
まるで東南アジアの亜熱帯のような気候ではないか…。

8月に梅雨明けとはいうけれども、
7月の1ヶ月間をみても、猛暑であることは感じても、それほど雨が降った記憶がない。
全く以て、我々が幼少の頃に経験した気象条件とは異なってきたような気がする。

故郷京都では、7月の晦日を以て「祇園祭」が終わり、ほどなく盆の入りとなる。
8月16日の「五山送り火」が済めば、
いよいよ秋の様相となるはずなのだが…、現実はそうでもない。

まさにこの暑さは、
「盂蘭盆」という言葉の意味である“逆さ吊り”のような苦しみ以外の、
何ものでもないではないか…。

“地球温暖化”“エコロジー”“クールビズ”…、色んな言葉が世間を飛び交っている。
環境を意識する言葉を冠すれば、大衆はそこに群がる。

以て、私はといえば、開き直りと非難されそうだが、何を今更…と思わずにはおれない。
こんな状況に陥るまで、野放し状態だった事実の結果である。
そこが全く問われていないのである。
「京都議定書」も、「今は昔」ではないか…。




暑さなるが故の愚痴とばかり、今しばらく、蘊蓄にお付き合い頂きたい…。

12年前に我が本山で勤まった「蓮如上人五百回遠忌法要」のテーマが、
“いのち”“家族”“環境”という三本柱なのだった。

世情に迎合するのが大好きな我が宗門ならではのテーマであるが、
今、取り沙汰されている諸問題は、既に10年以上前から言われ出していたことが、
改めてこの3つのテーマに見て取れる。

“いのち”は軽んぜられ、“家族”は崩壊しつつあり、“環境”は悪化の一途をたどっている…。
何やら、マイナスイメージなことばかり言っているが、
“環境”に優しい宗門を目指してのテーマだったのだろうが、
果たしてその内実はお粗末極まりないものだった。

遠忌法要が執行される御影堂では、畳を全て取り除いてパイプ椅子が設えられた。
法要終了後、余剰となったパイプ椅子は希望寺院に払い下げられたという。

或いは、境内地の此処かしこに色んな施設が仮設された。
法要が終われば全て“産業廃棄物”になりそうな物ばかりだった。
私は法要に対する随喜もよそに、何やらこの“華々しい宴の後”を想像しては、
とても空虚な気持ちに陥ったものである…。

念仏によって「不断煩悩得涅槃」を説く浄土真宗ではあるが、
我が宗祖、自らが説いた教えを奉ずる末代の弟子たちの姿を見て、
浄土からどのように御覧になっているのだろう…。




拙寺境内の巨大な楠が、いつまでも青々と茂っていて欲しいと、ただそう願うだけである…。




否、全く人のことを言えた義理ではな私の、愚痴である…。
「不肖の念仏、両三遍称えおはりぬ…」m(_ _)m。

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