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◆京都生まれの気ままな遁世僧、今様つれづれ草◆ 別館。 【ランダム更新】

2014 【月のことば】

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12月のことば。

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■写真■
大津市におの浜の琵琶湖岸にて、南湖の眺望。2011年12月20日撮影。



また1年が暮れようとしている…。
私にとって出口が見えないトンネルはまだ続いている。
立ち止まりたくもなるが、それでもと思い、歩き続けるしかない。

それはまるで、善導大師の「二河白道(にがびゃくどう)」の譬えの如しである。
細く白い1本の道を、私は独りで歩いている。

道の傍らを見れば火炎の平原、もう片方の傍らは冷たい水の濁流である。
後戻りはできない。
後方からは釈尊が私の背中を押したもう。
前を見ればひたすら阿弥陀仏が道を照らして手招きをしておられる…。
煩悩の石につまずきながらも、ただ歩くしかない。
その先は極楽浄土であることは解っている。

それが私のメンタルな部分での日常である。
阿弥陀仏の手招きは、まさに私にとっては妙音声(みょうおんじょう)か…。

先日、魚山の師僧の御自坊へ参内した折、
師僧は図らずも私に、
「云何唄(うんがばい)」という長大な旋律の付いた音曲を唱えよと仰せになった。

日頃の勉強不足を痛感する一瞬だった。
春にこの音曲を唱えることを許可する、唄伝(ばいでん)を受けたばかりである。
とても恥ずかしい思いをしたけれども、決してイヤになる思いをした訳ではなかった。
それはむしろ、自身が学ぶべき方向を確認した一瞬でもあった。

自業自得とはいえ、苦悩が連続する日常ではあるが、
唯一無二な「白道」のただ中にあるのだと実感している。
声明道、まだまだ道半ばにも達していない私である。




この道に間違いはないと信じて、苦悩の日常を生きていこう…。





11月のことば。

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■写真■
3年前、東本願寺「親鸞聖人七百五十回御遠忌・御正当報恩講」にて。2011年11月23日撮影。



残すところ、あと2ヶ月となった。
悲喜交々の内に今年も極まりつつある…。

我々は阿弥陀如来のことを、「大悲の親さま」と親しみを込めて呼んでいる。
それは阿弥陀仏の大慈悲心をして、「子を思う親心」になぞらえて表現した尊称である。

親子とは一体、どういうことを言うのだろう。
今を生きる私の、根本的命題となっている。

正直なところ、子育てほど面倒なことはない。
もっとも私は、当世流行りの“イクメン”などではない。
母親の如く、四六時中手を掛けて…というような親父ではない。

以て、親とてただの人間である。
「育児ノイローゼ」ということをして、まさしくそうであろう。
さらに酷くなれば、それはネグレクトへと進行してしまう。

そんな私は、恐らくはそれに近い状態に陥っているのだと思う。
“心の風邪”をひいてしまったとはいえ、我が子らには全く落ち度はない。
むしろ我が子らは、寂しい思いをしてくれているのだと思う。
ならば私にとっては、子らが仏にすら見える。

しかし自身のエゴが引き起こす、因果業報が今の私の状況である。
敢えて開き直った物言いをするならば、それは私が凡夫であったからに他ならない。

私を親にしてくれているのは、我が子らである。
そして私を一凡夫と知らしめてくれたのも、我が子らなのだった。

そのように考えてみる時、
いよいよ阿弥陀如来が「大悲の親さま」たることが私の中で顕かとなる。

一凡夫の私は、我が子らのことを片時も忘れたことはない。
ふと、今子どもたちは何をしているのだろう…と思ったりする。
娘は今頃、保育園の園庭で走り回っているのだろうか…、
あるいは2歳になったばかりの下の息子は、昼寝をしている頃だろうか…、
そんなことが折に触れ常に脳裏をよぎる。

そうした凡夫である親の思いが阿弥陀如来という仏に投影される時、
阿弥陀如来が阿弥陀如来たらしめるのは、その眼前に凡夫が存在するからなのである。

阿弥陀如来という仏は、何処へ行こうとも私をほってはおかれない。
私が仏のことを思わずとも、阿弥陀如来は私のことを我が子の如く思い続けておられるのである。
それが「大悲の親さま」と尊称する所以ではなかろうか…。

阿弥陀如来はこの世に私が生まれる遙か以前から、
私が生まれてくることをわかっていて下さり、生まれた私のことを思っていて下さる。

それは我が子という“存在”から、図らずも教えられたことである。
以て私はそのようにしてでしか、阿弥陀如来の理を頂けない悪凡夫なのである…。



10月のことば。

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■写真■
赤い電車が往来するたびに秋桜が揺れる…。名鉄三河線・竹村−土橋間にて、2011年10月24日撮影。


いよいよ秋深まる…。
日が暮れるのが、すっかり早くなった。

先月の続きのような話ではあるが、
心の病=脳の病というのは、本当に厄介である。
よく人の道を説くのが僧侶と、“枕詞”のように言う人がいるが、
僧侶とて、この忍土たる娑婆世界に在る限りは、一凡夫に過ぎないのである。

そんな私は、努めて歩くことを始めた。
実家に帰省してきて、間もなく1ヶ月が過ぎようとしている。
ダイエットも目的の一つではあるが、
私にとって歩くことは、思索の場である。

1人で歩くことがほとんどであるが、
先日は尾張から友人が京都へ来てくれて、洛中散策を楽しんだ。
色んな他愛ない話をしながら、路傍に咲く花や行き着いた寺院などに立ち寄りつつ、
洛中から今度は鴨川沿いを南下したのだった。

メンタルクリニックの医師が、こんなことを言っていた。
恐ろしいことではあるが、この病気の患者の4分の1は自殺するのだという。
もっともなことだと思った。
正直に言うと、私もそういう状況に陥りかけたからである。

死のうと思うのではない。
この場から消えてなくなりたくなるのである。

なんとも危ういことを書き付けてはいるが、
私はこの病気になってみて、「ああ、こういうことだったのか」…と、
痛感することが多いのである。

「されど悩むなかれ…」と言う自身も存在していたのは、幸いなことである。
それこそは仏の大慈悲心が、私に働きかけていることに他ならないと頂くばかりである。

そのように思う時、つくづく諸仏諸菩薩の「妙音声」を聞き続けてことに、
一筋の道を感じるのである。
そのことこそが、「信仰」を持っているかいないかの、大きな分かれ目ではないのだろうか…。

私のこの状況もまた、逆縁と頂く…。

9月のことば。

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■写真■ 彼岸花が美しい洛北大原にて、2010年10月5日撮影。


またしても月末の更新を、迂闊にも忘却していた。
ここしばらく、まさしく体調不良から来る健忘症というべきか…。

盆にあえぐ8月も、あっという間に過ぎ去った感がある。
気が付けば9月となり、のんびり更新している拙ブログ別館も、
7年を経て延べ訪問者総数が10000アクセスを越えることができた。
これもまた、本館の50万アクセス同様、有難いことである。
この場をお借りして、訪問者諸賢に対して御礼申し上げるばかりである。

もともと拙ブログ「本館」のトップページに、
一言付け加えるような形で書き付けていた「月のことば」であったが、
だんだん長文化してきて“別館”を設けることにした。
結局、その時に感じたり頭に浮かんだことを支離滅裂に書き付けているたげに過ぎないが、
たまに過去に書いたものを読み返してみると、
その時の自身の感情がリアルに甦ってくるものである。

さて…そんな私ではあるが、
恥ずかしながら…という表現を最初に持ってくるのは、
やはり憚るべき表現なのではあるが、
自身が僧籍の端くれにあるという吹けば飛ぶようなくだらない“プライド”が、
そのように言わしめるのである。

そんな前置きはさておき7月以来私は、メンタルクリニックの世話になっている。
診断書を書いてもらったのであるが、それには「抑うつ状態・不眠症」とある。
人間だれしも、自身の思いが通らない時や、人間関係の中で抑うつ状態になる。
これが進行すると、「鬱病」を発症するというのである。

鬱病は“心の病気”のように思われているが、
決してそうではなくして、“体の病気”なのであるという。
即ち、脳という器官の病気に過ぎない…という。

私が恥ずかしながら…などと言ってしまうのは、
自身への反省を込めて言うと、「精神病」という言葉を想起させるからである。
この言葉は旧時代の差別語と言っても、あながち過言ではなかろう。

確かに、精神を病んでいるから鬱病になる訳であるが、
私はメンタルクリニックへ通院するようになって痛感したのは、
この病気こそは実際になってみないとその苦しみを理解することは、
非常に至難であるということなのだった。

メンタルクリニックの世話にならずに済めば、別にそれに越したことはない。
しかし軽度とはいえ、発症しているのが自身の現実である。

そんな私は、ここに至ってようやく「仏」の存在が明らかになったような気がしている。
ただそのような気がしているというだけに過ぎないことではあるが、
こんな“病気”になりながら医療の限界の先にある宗教の役割を考えてみる時、
そういう自身を何も恥ずかしく思う必要はないと、
いつも寄り添う存在が必ずあると信知することではなかろうか。

私自身がずっと言い続けて来た「自受法楽」が、本領を発揮する時でもあると思う…。
やはり支離滅裂な駄文である…。

8月のことば。

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■写真■ 京都の行く夏を彩る、五山送り火…。京都市北区加茂街道紫明にて、2005年8月16日撮影。

暑中御見舞申し上げます・・・m(_ _)m。

【8月のことば】 は、「リンク特集」の下に表示しております…♪♪

【リンク特集 ・ 盂蘭盆の季節 ―8月に想う…―】

戦争
◆祖父・文徳院釋大圓法師。−戦後60年に想う−
↑↑ (赴任地・中国広東で客死した、忘れまじある真宗僧侶の記憶…)
◆政教分離、ヤスクニ、追悼施設…。
◆ヤスクニをめぐる夏。
◆ヤスクニをめぐる夏。−補遺−
◆『平和の発見』。




【8月のことば】
今年もあっという間に過ぎ去っていく感がある。
炎暑が続くとはいえ、夏至から1ヶ月以上が経過すると、
いささか日が沈むのが早く感じるようになってきたような気がする…。

私にとって8月は、盂蘭盆会のことよりも平和について考えてみる時間なのである。
大東亜戦争終結の日が、盂蘭盆会と重なっているというのも、
何やら浅からざるものを感じする。

蛇足ではあるが、かつての“敵国”の人々の大半が信ずる宗教も然り、
8月15日は「聖母被昇天」の祝日である。


さて…
今、我が国は右傾化内閣の閣議決定によって、
「集団的自衛権」行使を容認する憲法解釈がなされた。

最後まで抵抗を見せていた政権与党の一役を担う公明党も、
相棒の自民党に弱みを突かれたか、すんなりと容認してしまった。
もし公明党自らが「仏教徒の端くれ」のつもりでおったとするならば、
まさに愚行に手を貸したことになる。
恥を知るべきである。
彼らが祖師と仰いでいるであろう日蓮上人は、どのようにお考えであろうか…。

『法華経』の“地湧菩薩”たらしめる行者たちよ、この愚行をどのように見るか。
しかし彼ら公明党とその母体団体だけが、何も『法華経』の行者ではない。
心ある『法華経』の行者たちと、念仏を標榜する私も心を一にしたいと思う…。

あるいは、自民党の支持者たちは諸手を挙げてこの愚行を称讃しているようだが、
もし我が国が他国の戦争に巻き込まれたならば、その責任は一体誰に所在するのか問いたい。

そして今在る日本国民の大半が、
先の大戦の犠牲者を身内に持っていることちを忘却してはならないのである。

元自衛官が、こんな警告を発していた。
最も耳を傾けるべき現実的な話しである。

軍隊(=自衛隊)はもし国内にテロが発生した場合、
それを未然に防ぐことは100%不可能であるということだ。
アメリカに荷担したヨーロッパ諸国で、
例外なくテロが起きていることを見れば全く道理なことである。
平和ボケした日本人がおかしな閣議決定した結果をして、
日本もまたテロの恐怖に晒されるのは火を見るよりも明らかであろう。
それがテロの恐怖なのである。


8月は更に想起することがある。
父方の祖父の死についてである。
祖父は戦争が終結した1ヶ月後に、暴漢に襲われて殺害された。
1945年9月12日のことである。

祖父は真宗大谷派広東別院(当時)輪番兼南方南支開教監督部長という、
東本願寺を本山とする真宗大谷派の要職に在った。
祖父は軍部と大変通じていた人物らしく、
反日レジスタンスのターゲットになっていたようだった。



もし戦争さえなければ…と、歴史にはあり得ない“もし”を思う炎暑の今日この頃である。
「天下和順 兵戈無用」は、仏教徒の仏教徒たる所以と心得たい…。




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