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			<title>【折々のことば】－TOP INDEX巻頭言－</title>
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◆京都より……、気ままな遁世僧の今様つれづれ草◆「TOP INDEX」の巻頭言コーナーです。
本年より、季節毎の折々にふれての更新で書き付けて参ります……m(_ _)m。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/namoamidabutsu17</link>
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			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>【折々のことば】－TOP INDEX巻頭言－</title>
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◆京都より……、気ままな遁世僧の今様つれづれ草◆「TOP INDEX」の巻頭言コーナーです。
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		<item>
			<title>折々のことば・春。</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-90-26/namoamidabutsu17/folder/466939/22/36879322/img_0_m?1551897466&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_1024_576&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;■写真■　京阪電鉄石坂線・南滋賀駅にて、2018年3月30日撮影。&lt;br /&gt;
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&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
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また春が巡って来た……。
今年は暖冬だったようで、確かに雪が少なかった。

さて、15年近く愛用して来たヤブログであるが、
今年の暮れにサービス提供を終えることが決まった。
駄文の収蔵庫でもあるので、そのまま引っ越せる別なる収蔵庫を探さねばなるまい。

思えばこの《別館》は、《本館》開設から２年遅れての開設だった。
初めは月１回に更新していたが、ここ数年は倦怠感に苛まれて、
季節ごとの更新に激減させてしまった。
《本館》の更新も月によっては波があり、全体的に更新頻度は少なくなった。
要するに、万事においてモチベーションが低下したからなのだが、
拙ブログの目的も年数を重ねる内に変化して来たのは確かである。

拙ブログを始めた頃は、写真を載せるのが主目的だった。
その後、おこがましくも仏教のことどもを発信しようと思い立つようになり、
ブログ内にさまざまな書庫に分類して、仏教や浄土真宗について書き付けるようになった。
しかしながら、自身の身辺に起こりうる悲喜交々が混じり合い、
ともすれば感傷的な内容のものも少なくなくなった。
まさに無常のなせることではある。

結局、公開備忘録とばかり、心の内側の一端を披見する場となって、
そこにスタンスが落ち着いているような感覚である。
それがまた、この私が娑婆に生きているということの証しのようでもある。

近時、ＳＮＳがブログを席巻することとなり、
ヤブログもその波間に消えていくのであろう。
果たして、ＳＮＳをして思うのは、ブログなんかよりもかなり下品なように思えてならない。
私の生業上、ＳＮＳで繋がる僧侶が多い訳だが、何某か品位を損なう書き込みばかりが目立つ。
社会問題となっているコンビニや外食チェーンのアルバイトたちが、
職場で下劣な動画を撮影して投稿する行為にも似ているような気がする。




ややもすれば愚痴になってしまった……。



もうすぐ桜が咲き始める。
その美しさ故の儚さを思い知るのが桜の花である。


　　明日ありと思ふこころのあだざくら
　　夜半（よわ）に嵐の吹かぬものかは……


桜が咲くたびに脳裏をよぎる、
宗祖親鸞が９歳の時、得度式に臨んで師匠慈円僧正の前でそらんじた古謡を思う……。


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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/namoamidabutsu17/36879322.html</link>
			<pubDate>Tue, 05 Mar 2019 23:12:06 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>平成31（2019）年正月のことば。</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h1&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;頌　春　　佛教暦　2562（平成31）年　元旦&lt;/h1&gt;
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&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;■写真■　滋賀県高島市の白鬚浜にて。2005年1月18日撮影。&lt;br /&gt;
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&lt;pre class=&#039;wiki&#039;&gt;
最近、とかく「平成最後の……」という枕詞をここかしこで耳にする。
この度の正月もまた、平成最後の年明けとなった。

今年85歳になんなんとする父親は、
１日１回は河原町の空気を吸わないとおかしくなると言ってはばからない(笑)。
三賀日が明けた昨日、父親を連れて三条河原町にある六曜社コーヒー店へ行った。

この喫茶店は、父親が高校生時分からある店で、父親は通いつめて60年以上が経つ。
今は亡き母親も、娘時代にここでウェイトレスをやっていた。
先代オーナーは面倒見の良い人で、
新聞社に就職していた母親を、新聞社よりも高額支給するからと言って引き抜いた。

戦後の混乱期がようやく落ち着いた1950年代中頃のことだが、
あの頃はまだまだウェイトレスという職業には偏見が強かった。
生粋の京女という誇りだけで生きていた母親だったが、
高禄を以て正規採用するならばと、親類たちの反対もものとはせず、
母親は結婚までの数年をここで過ごした。

先代オーナーは接客には厳しい人柄のようだったが、その辺は母親も抜かりなかったようだ。
オーナー夫妻は、母親が病気で入院した時も医療費を全部見てくれたりと、
退職後も何かと生活を支えてくれていたようだ。
そこには雇用関係を超えた、信頼関係が出来上がっていたのだろう。
自画自賛のようで僭越だが、母親が築く人間関係は息子の私も真似できぬものがある。

ところで店内を飾る絵画作品は、全て父親の手によるものである。
父親もまた、ここで受けた恩は絶大といえる。
私が大学４回生だった年末のある日、
店内に飾る作品を取り付けるのを手伝いに行ったことが、懐かしく思い出される。

「カネの切れ目が縁の切れ目」などとはいうけれど、
人を育ててやったとか、面倒を見てやったから恩を感じなければならないとかということは、
ともに意識的に思うことではない。
気がつけば実はそうであった………と、自然に芽生える感覚であろう。
人を育てたと自ら考えてしまうものなら、最早それは傲慢の世界である。
結局それは、恩を求める発想でしかない。
またそこからは、恩も生まれる道理はない。
そこには、仏教でいう「布施行」が成立せぬ所以である。

ふと、今時珍しくタバコがOKな上に（私は吸わない・笑）、
混めば相席が当たり前の六曜社の店内で、煙にいぶされながら思い至りし、年始の午後………。 


いつも御高覧頂き、重ね重ね有難うございます…。
年頭に当たり、早速駄文を一筆啓上m(_ _)m

&lt;/pre&gt;

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&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/namoamidabutsu17/36834141.html</link>
			<pubDate>Sat, 05 Jan 2019 18:10:55 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>折々のことば・秋。</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-90-26/namoamidabutsu17/folder/1036964/45/36753345/img_0_m?1546679511&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_1024_753&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;■写真■　大津市伊香立にて、2017年9月21日撮影。&lt;br /&gt;
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彼岸花が美しく咲いている。
稲刈りも始まった。
彼岸中日、京都市内の大谷派寺院で勤まる秋季彼岸会に招かれて、法話をさせて頂いた。

宗祖親鸞が詠んだ、『正信念仏偈』の一節を引いて話させて頂く。


　　能発一念喜愛心　　　能(よ)く一念喜愛の心を発すれば
　　不断煩悩得涅槃　　　煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり
　　凡聖逆謗斉廻入　　　凡聖逆謗 斉(ひと)しく廻入すれば
　　如衆水入海一味　　　衆水、海に入りて一味なるが如し


　　凡愚低下の身であっても、阿弥陀仏が何故救うのかといういわれを聞き、
　　そこに喜びの心を感じ信を得たならば、
　　煩悩を断たずして涅槃の境地に入ることが可能である。
　　凡夫も聖者も、重い罪を犯し仏法を誹る悪人であっても、
　　阿弥陀仏の本願に帰入すれば、
　　衆生という“水”が本願という“海”へ流入して一味になるようなものである…。


凡夫という“汚れた水”も、本願という広大な海に流れれば、
海に浄化されるが如く１つになることができる。


　　渋柿の渋がそのまま甘さかな


私がまだ駆け出しの僧侶だった頃、
明治大正生まれの御老僧たちからよく聞かされた俳句である。
甘い干し柿は、渋柿を干して作られる。
何も、人工的に甘く加工されるものではない。
皮をむいて、天日にさらしておくだけである。それは、我々が救われて行くプロセスと似ている。
煩悩という《渋》いっぱいの渋柿は、阿弥陀仏の慈悲という《天日》にさらされて、
やがて甘い干し柿という《仏》につくりかえられて行くのである。

そんな俳句を紹介して、拙き法話を閉じた次第である……。


&lt;/pre&gt;

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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/namoamidabutsu17/36753345.html</link>
			<pubDate>Tue, 25 Sep 2018 10:15:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>折々のことば・夏。</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-90-26/namoamidabutsu17/folder/1036964/19/36661619/img_0_m?1537810378&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_1024_576&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;■写真■　京都市左京区大原の寂光院にて、2017年7月22日撮影。&lt;br /&gt;
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過日、京都市内の中心部に位置する、真宗佛光派本山の門前辺りを歩いた。
佛光寺伽藍の南側、高辻通に面して、大きな伝道掲示板が設えられてある。
この掲示板には「佛光寺８行標語」と称して、８行の言葉が毎月更新されて掲示される。
私はこれを見るのを、とても楽しみにしている。
モンテーニュの『エセー』の如く、
あるいはゲーテの『格言集』のように明快な言葉が、
そこには散りばめられているのだ。

この日に書かれていた言葉は………、

　　

　　　となりの
　　　芝生を
　　　青いと
　　　見るか
　　　枯れたと
　　　見るか
　　　うらやんだり
　　　さげすんだり



とあった。

これを読んでいて、ふと、思い当たることがある。
以前、「ちょっとできるからと、いい気になるな」となじられたことがあった。
別に自慢している訳でもなく、当たり前にやっていたことにおいてである。
やっかみとは、是くも浅ましきものかと、腹が立つより落胆した。

妬みややっかみといった貧しい発想に基づく発言というのは、
その言葉尻からすぐに発した者の真意が見えてくる。
そこには相手を貶める思いだけが込められている。
だから余計にその人となりが見えてしまい、反論する気すら失せてしまう。
ある種の、ショック状態に陥るのだろう。

思うに私は歳を喰った分、それなりに理屈っぽくはなっているが、
メンタル的に弱くなったのであろう、
こうした悪口雑言や誹り、罵り、嫉妬の言葉を聞いたりすると思考停止してしまう。
そもそも自身の中にない発想の言葉に対しての、強烈な拒否反応が作用するのだと思う。

我が人生、足らないものだらけである。
羨ましいという思いは、常に頭から離れるものではない。
しかしそうした感情を、なりふり構わず人にぶつけたことはない。
それは品格の問題でもあろう………。




&lt;/pre&gt;

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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/namoamidabutsu17/36661619.html</link>
			<pubDate>Thu, 07 Jun 2018 17:50:01 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>折々のことば・春。</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-90-26/namoamidabutsu17/folder/1036964/69/36574969/img_0_m?1528361534&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_1024_697&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;■写真■　滋賀県大津市三井寺の琵琶湖疏水にて、2017年4月14日撮影。&lt;br /&gt;
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梅の花が咲き始めている。
１ヶ月も経たない内に、桜もほころび始めることだろう。

先日、母校の本館講堂で、大学時代の恩師の追悼法要が有志主催で執り行われた。
恩師は一昨年の夏、80歳を一期として往生された。
恩師と最後に会ったのは、大学を定年退職された時の謝恩会以来で、
かれこれ15年以上も前のことである。

恩師の専門分野はインド仏教学で、西北インドの仏教文化の研究者として知られる人だった。
特にガンダーラ地方の仏教遺跡の発掘調査研究に功があった人で、
昭和40年代に２体の大仏で有名な、
アフガニスタン・バーミヤーンの仏教遺跡の調査研究で知られる。

そういえば恩師の僧侶としての姿はついぞ見たことがなかった。
いつもラフな恰好で、酒を飲むととても楽しい先生だった。
追悼法要の折、講堂本尊の傍らに置かれた遺影は、孫にも恵まれた好々爺の僧侶姿だった。

大学を卒業してからの30年間で、恩師とは数えるほどしか出会えなかったが、
改めて「師恩」の深さを読経しつつ思いを致した。
遠い過去のようにも、つい昨日のことのようにも思われる学生時代であるが、
いつまでも恩師と学生という立場は変わるものではない。

追悼法要では、勤行に引き続き学長による法話があった。
学長もまた私にとっては恩師の１人である。
私が学生だった頃、学長は博士課程を修了されて間もない頃で、
恩師の研究を引き継ぐ若き学者だったが、今は大学のトップとなられている。

果たして法話の中で、亡き恩師は新たな学説を提示されていたことをここで知った。
サンスクリット語《sat-puru&amp;#7779;a》とは「善き人」と訳される言葉で、
漢訳経典に見える「善男子善女人」に通ずる言葉であるのに想像は難くない。
しばしばインドの碑文などに「善き人○○の舎利」と刻まれたものがあり、
必ずしもストゥーパは仏舎利のみを納めたものばかりではなく、
こうした在家信者の遺骨も安置していたことが考えられるのだという。

仏教伝播には僧侶以上に在家信者たちの力なくしては伝わらなかったという、
恩師は強い確信をお持ちだったというのである。
それは、在家仏教の見直しを提言するものでもあったという。
ふと私は、学長を通して恩師からの、
「浄土真宗がいう僧籍とは何か」という問いに映ったような気がしたのだった……。


&lt;/pre&gt;

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&lt;br /&gt;
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&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/namoamidabutsu17/36574969.html</link>
			<pubDate>Fri, 02 Mar 2018 11:34:30 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>平成30年正月のことば。</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h1&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;頌　春　　佛教暦　2561（平成30）年　元旦&lt;/h1&gt;
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平成の御代（みよ）も今年が最後となった。
是く書き方をすると、まるで国粋主義者のように思われてしまうが、
私は決して偏向的な思想の持ち主でもなんでもない。
今や元号は日本固有の文化となってしまった。
天皇制と連動するのが元号なるが故に、元号を用いないと自負する人も多いようだ。

かれこれ30年前、私が大学生だった頃のことである。
宗門立の大学に学んでいた私は、ややもすれば違和感を禁じ得ない出来事に遭遇した。
ちょうど昭和天皇が崩御し、元号が昭和から平成に改められた。
そんな折も折、社会主義的な思想に傾倒していた学生たちが、
本館講堂の前で改元および天皇制反対の座り込みを始めた。
彼らの主張は、卒業証書には元号を用いず西暦だけを銘記すべきだという。
そして学長からも、その承認は得ているというものだった。

果たして、卒業証書を見るとそこには、改元された元号と西暦が併記されていて、
私は座り込みを思い出して失笑してしまったのをよく覚えている。
記憶違いであれば申し訳ないことと先に謝罪しておくが、
座り込みをしていた学生たちというのは、真宗学を学ぶ寺院子弟たちだった。

浄土真宗というのは、阿弥陀仏の本願の下に衆生は平等に救われるという、
親鸞が説いた仏教思想である。
それがどうやら社会主義と結び付くようだ。
しかし宗門の現実はそんな生やさしい社会主義的発想など皆無である。
座り込みをする学生たちは、長ずれば親の跡を継いで住職になるであろう、
世襲制の子供たちである。
全く天皇制と同じではないか。
生意気盛りの私は、そんな彼らの行動にいよいよ幻滅したものである。

学内でそんな光景を眺めていた私は、ふと、恩師に感じていたことを話した。
恩師から返ってきた言葉は明快であった。

「真宗の坊主はな、寺を出て初めて出家といえるんや……」

私はこの言葉に、妙に納得したものである。
元号というと、いつもこの顛末を思い出す。

詰まるところ、信仰とは大義ではない。
あくまで自身の全てを賭して、仏祖と対峙することである。
従って、政治とも一線を画するのはいうまでもない。
しかし身にこびり付いた《心垢》に、うなだれるはかりの自分ではある……。




いつも御高覧頂き、重ね重ね有難うございます…。
年頭に当たり、早速駄文を一筆啓上m(_ _)m

&lt;/pre&gt;

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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/namoamidabutsu17/36524950.html</link>
			<pubDate>Mon, 01 Jan 2018 08:00:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>折々のことば・秋。</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-90-26/namoamidabutsu17/folder/1029077/29/36435329/img_0_m?1514968229&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_683_1024&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;■写真■　洛北大原に咲く彼岸花。京都市左京区大原にて、2010年10月5日撮影。&lt;br /&gt;
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暑さ寒さも彼岸まで……とは、良く言ったものである。
朝夕がとても過ごしやすくなった。
日が暮れるのも早く感ずるようになって来た。
吉田兼好は四季の移ろいの中で、秋が最も趣が深いと言っている。
確かに、私も四季の中で秋が好きである。

ところで法要儀式の時、導師が本尊に対して法要の趣旨を述べるところがある。
これを「表白（ひょうびゃく）」とか「法則（ほっそく）」という。
我々浄土真宗の法要儀式は、天台宗を範とするから、
「表白」も天台宗の在り方に倣って作成するのを本義とすべきと私は考えている。
近時、宗門の僧侶向けに「表白」の文例集がいろいろ出版されいるが、
どれも手本としたいものが皆無である。
そうした思いが増長して、私は表白を常に自作することにしている。
当然、師僧の指南に従い、天台宗のものを手本としているのはいうまでもない。
それは伝統的な構成方法があり、そこから外れないようにして、
かつ、私なりに浄土真宗の法義に矛盾なきように作成している。

過去に作成した「表白」の中で、自身で気に入っている言い回しがある。



　彌陀世尊　慈悲護念の春の庭には
　超世の本願を建立して
　念佛一行を与へて現生正定聚の利益を施し
　臨終の秋の窓には&amp;#21373;得往生の妙果を證したまはん

　梁塵秘抄に曰く
　極樂淨土のめでたさは
　一つもあだなることぞなき
　吹く風立つ浪鳥も皆
　妙なる法とぞ唱ふなる　と

　之（こ）れ依りて
　吉祥隨喜の花を散じて　極樂の聖衆に供へ
　如意解脱の香を焚きて　自有の信心に薫ぜん



「梁塵秘抄……」以下の文言は、天台宗の『法則集』に文例があり、
それをそのまま転用している。
また、「春の庭」と「秋の窓」という言い回しも天台宗のものにあり、
内容を浄土真宗の法義に書き改めた。

「春の庭」「秋の窓」という言い回しをして、日本人の季節感が見事に反映されている。
日本的仏教観が天台宗には息づいているのだと思うのだ。
そのように思う時、今時の浄土真宗が奨励している「表白」の文体は、
ことさらに教義の説明ばかりに向いていて、情緒がない。
そして、「表白」の本来的な意味も失われている。
「表白」は何も参詣者に聞かせるものではない。
あくまで仏祖に対して申し上げるものである。
そこが完全に忘却されている。


ややもすれば愚痴になってしまった……。
私がここで言いたいのは、「表白」に述べられる季節感と仏教の関連である。
春にまいた種は秋に結実する。
これから寒い季節へと向かっては行くが、実れる季節が秋である。
暑さも一段落ついて、心落ち着く季節なのかも知れない。


我が苦悩が尽きぬのは、最早いうまでもないが……。

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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/namoamidabutsu17/36435329.html</link>
			<pubDate>Mon, 02 Oct 2017 19:37:11 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>折々のことば・夏。</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-90-26/namoamidabutsu17/folder/1029077/30/36319530/img_0_m?1506940685&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_1024_683&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;■写真■　仰木の里山と棚田。滋賀県大津市仰木にて、2011年6月28日撮影。&lt;br /&gt;
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拙ブログ12年目の夏である。
果たして、今年も半分が流れつつある。
齢五十路を経たれば、是くも時間の流れの早きことをいよいよ痛感する。

１年前の自身はどんなであったか、
２年前の自身は何をしていただろうか、
３年前は……と、過去のことを思い出してみるが、
懐かしさは時として胸を締め付けたりする。

時間の流れの早きことをして、いつも思い出す言葉がある。
それは黄檗山万福寺伽藍内の５ヶ所に吊り下げられている、
「巡照板」と呼ばれる板に刻まれた文言である。
「巡照板」は、起床と開枕（かいちん・消灯）の合図に打ち鳴らされる。




   謹白大衆
   生死事大
   無常迅速
   各宜醒覚
   慎勿放逸……… 


   謹んで大衆（修行僧ら）に申し上げる。
   生死（しょうじ）は重大で、無常は迅速である。
   各々よろしく覚醒して、
   慎み放逸するなかれ………。




まことに禅門の文言は重く、我が身の放逸ぶりを痛感せずにはおれない。
およそ覚醒することなど、到底、至難である。
禅門の対極に位置するといえる我が浄土門は、
「念仏一つでこの身このまま仏と成らしむる」と説く。
ならばこの状態のまま、往生する日を待つのみしかできぬ我が身ではある。

日々の生業の中で、袈裟など着ければそれなりに僧侶たらしむる。
しかし「無常迅速」の中で、ただ佇むことしか能わない。
いつまでも元気で生きていたいかと問われれば、
生きていたくなどはないと即答する。
そのような自己矛盾に満ち満ちた日常にありながら、
何を伝えねばならないか……ということだけは考えては生きている。

&lt;/pre&gt;

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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/namoamidabutsu17/36319530.html</link>
			<pubDate>Fri, 02 Jun 2017 16:52:33 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>折々のことば・春。</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-90-26/namoamidabutsu17/folder/1029077/63/36252563/img_0_m?1496390032&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_1024_632&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;■写真■　滋賀県大津市の三井寺にて、2016年4月5日撮影。&lt;br /&gt;
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ようやく春らしくなってきた。
「春眠、暁を覚えず」とはいうけれども、どうも私は慢性的に寝付きが悪い。
「抑鬱性不眠症」と診断されたが故なるか…。
これも我が身をして、付き合わねばならぬことである。
寝付きが悪い分、目覚めると夢の記憶が甦って来る。

それにしても夢とは不思議なものである。
まさしく脳内のバーチャルな空間が現実世界の中で展開される。
中世の人々が夢を通してこの世とあの世（仏の世界）とのツールと考えた所以か。

宗祖親鸞が若き日に、洛中の六角堂に100日間参籠したのは、
ひたすら六角堂の本尊・如意輪観音の夢告（むごう）を待つためであった。
中世の六角堂は、本尊から夢のお告げを頂くという信仰が大流行していて、
多くの人々が日没とともにやって来て、明け方まで堂内で眠りに就いた。
毎晩通い詰めて繰り返すことを、「参籠」というのである。
しかして95日目の未明、白い法衣に白袈裟を着けた僧侶姿の如意輪観音が夢に現れた。
親鸞にとって、自身の一大転機ともいえる宗教体験なのだった。

現代に生きる私には、そんな「夢告」に出会える道理はなさそうだが、
ともすれば夢うつつの状態が楽しかったりする。
今朝に見た夢もまた、母親のものだった。
やはり50代の若かった頃の母親である。
２階へ上がる階段を私は人の気配を感じて、下を見下ろした。
すると母親が「今帰ってきたえ」と言いながら、階段をゆっくり上がって来た。
何故か母親は洋服の上に、略袈裟を首からぶら下げていた。
私は階段を駆け下り「やっと帰って来てくれた」と言って、
まるで幼な子のように抱きついて泣きじゃくっていた。
母親はそんな私に、「はいはいわかった、わかった……」と笑っていた。

そんな遣り取りの中で、いつしか微睡んでいた。
目覚めると「夢だったか……」と、ややもすれば切なくはなるが、
それでも不快な気持ちにはならない。
あるいは略袈裟などかけている母親は、やはりめでたく往生の素懐を遂げたのであろう。
そういえば、間もなく明後日には母親の誕生日が巡って来る。
母親は77歳の誕生日を迎えて、１ヶ月を過ぎた後に逝った。

母親は往生を以て、苦悩に満ち満ちた娑婆から逃れられたのだとつくづく思う。
夢の中での私は、至って素直な子供である。
母親が生きていた頃は、無愛想な息子であったが……。

&lt;/pre&gt;

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&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/namoamidabutsu17/36252563.html</link>
			<pubDate>Tue, 28 Mar 2017 18:57:05 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>2017年正月のことば。</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h1&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;頌　春　　佛教暦　2560（平成29）年　元旦&lt;/h1&gt;
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拙ブログ別館も、開設10年目となった。
10年ひと昔とはいうけれども、本当にあっという間である。

つくづく、自身をして言わしめることなのであるが、
“それでも人間は生きている……”ということである。
この数年、自身の身辺は激変だった。
自業自得と言われればそれまでの話なのであるが、
ただ一本調子には生きられぬジレンマ、
信仰への不信感（相矛盾する言い回しであるが…）、
我が病める心との対峙、そして母親の死……。
だから“それでも人間は生きている……”と、思わずにはおれない。

しかしながら、私をなんとか生かすのもまた、信仰があればこそとも言える。
多分それが皮一枚でつなぎ止めていることなのだろう…。

ところですっかり更新頻度が低下してしまった。
加えて頂いたコメントへの返信も滞っている状態である。
まことに申し訳ない限りであるが、
本当にぼつぼつではあるが、返信の書き込みはして行く所存である。

いつも御高覧頂き、重ね重ね有難うございます…。
年頭に当たり、早速駄文を一筆啓上m(_ _)m

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			<pubDate>Sun, 01 Jan 2017 00:00:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
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